Lilac Wine 5

翌朝、真緒からの手紙はテーブルの上で塵に変わっていた。

まるで、俺たちに真緒の想いを届けて、その役目を終えたように。

長い間密封されていたものが急に空気に触れたせいだろう、とユヅは言った。

少し残念そうに。

とても愛しそうに。



「僕、御台さまの気持ちが少し分かるかも。」

イギリスに帰る前に、一応俺の祖父に挨拶をしておこうと、オカヤマに向かう新幹線の中で、ユヅは車窓の景色を眺めながらぽつんと言った。

「幻でも夢でも、一瞬でもいいから逢いたいって。そうしたら、その人と一緒に生きていられる気がするんだ……」

長さは違っても、側にいない大切な人を想って過ごした時間の重みは、2人にしか分からないものなんだろう。

俺は真緒が詠んだ和歌を思い出した。


うつせみの 世は常なしと 知るものを
秋風寒み 偲ひつるかも


世の儚さに思いを馳せながら、亡き人を偲ぶ歌は、ダイスケサマを想ってのことだと考えていたけれど、二度と親子として過ごすことのできない我が子への想いもあったのかもしれない。


ユヅが、こてんと俺の肩に頭を預ける。

その唇がかすかに口ずさむメロディを聴きながら、俺は真緒が見上げていただろう秋の夜空を思い浮かべた。



Lilac wine
is sweet and heady,
like my love
Lilac wine,
I feel unsteady,
like my love...

Listen to me, I cannot see clearly
Isn't that he coming to me nearly here

Lilac wine
is sweet and heady
where's my love
Lilac wine,
I feel unsteady,
where's my love...

Listen to me, why is everything so hazy
Isn't that he, or am I just going crazy, dear

Lilac wine,
I feel unready for my love...




終わり


※作中の歌詞は Jeff Buckley の「Lilac Wine」よりお借りしました。また、和歌は大伴家持のものです。
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