Lilac Wine 5
「…御台さまは、僕がもう人ではないことに気づいておられたのかな。」
ベッドの中で、少し落ち着いたらしいユヅが俺の肩に頬を擦り付けるようにして囁く。
俺は、ユヅの髪を優しく梳いた。
「…かもね。真緒はなんていうか…、理屈じゃなく本質を見抜くところがあるから。」
「マオもそうだもんね。」
ユヅはくすっと笑った。
「よく知らないけど、きっと真桜さんもでしょ?」
「……そうだなぁ。」
真緒にも真桜にも、敵わないと思ったことが何度もあった。
「そうだ、言い忘れてたけど、西方院でブライアンから電話がかかってきて。」
「…うん?」
「寛永十五年の秋、半月くらい御台さまの居場所が分からなくなったときがあるって。」
「……きっと、そのとき出産してたんだな。」
「そうだね。」
「真緒の乳母と、田村家の岳斗さんに感謝しなきゃな。命がけで俺の…祖先を守ってくれた。」
「俺の子」と言いかけて、寸前で言い直す。
真緒の子は、俺の子なんだけど、俺の祖先でもある。
「いいよ、どっちでも。」
ユヅは、柔らかく微笑んだ。
「御台さまのお気持ちを知ってしまったら、そんなこと、もう……」
「……ダイ。」
しばらく抱き合って、優しいキスを交わした後、ユヅが少し沈んだ声を出した。
「僕、もしかしたら…見落としてたり、するのかな。大輔さまの転生……」
「……俺の魂には、ダイスケサマとキャプテンダイスケの記憶しかないけど。」
「でも……」
ユヅは納得していない様子だった。
「ずっと、気になってたことがあるんだ。」
「…なに?」
「どうして、大輔さまが大尉に転生するまであんなに時間がかかったのかって。もしかして、僕が知らなかっただけで、御台さまの血筋に転生していたのかもって…。今更なんだけど。」
「……うーん…」
ユヅの言っていることはよく分かったし、俺の記憶がすべてと言い切れないことも事実だったけど。
俺は、ダイスケサマの記憶を注意深く思い起こしながら、口を開いた。
「…うまく言えないけど……、ダイスケサマはとても傷ついていたんだ。」
「……大輔さまが?」
「うん…。ユヅも真緒も、自分に深く関わった人を誰も幸せにできなかったし、大勢の人を死なせてしまったから。自分には生きる価値がないと思っていた。」
「………」
「だから、ユヅには生きて幸せになってほしかったけど、それは自分とじゃないって…」
「…でも、来世で会おうって……」
「あのときは……」
ダイスケサマの慟哭が脳裏に蘇ってきて、俺は顔をしかめた。
「そうでも思わないと、俺もユヅと別れられなかった……」
大輔さま、とユヅが声にならない声で俺を呼ぶ。
俺は、力一杯ユヅを抱きしめた。
「…ダイは、大輔さまの魂の傷が癒えるまでの間、転生しなかったって思ってるの?」
「…うん、まぁ…そんな感じ。」
自分が実際に経験していない人生の記憶を、言葉で説明するのは難しい。
「…じゃあ、大尉は?」
「んーと……」
俺は、また膨大な記憶を探った。
「キャプテンダイスケは、時代が変わればユヅと幸せになれるって信じてた。ダイスケサマとは性格も違うんだろうけど…、わりと前向きに、今は祖国を守ろうって、そう思って逝ったかな…?」
…ユヅのことはすごく傷つけてしまったけど。
「……そっか。」
ユヅはふっと目を細めた。
「…なんか、ちょっと、安心したかも。」
「…そう?」
「うん。」
俺の腕の中で、ユヅは夢見るように目を閉じて微笑んだ。
「僕がダイと今こうしていられるのは、御台さまのおかげなんだね。ダイだけが僕に永遠をくれたのも、きっと偶然じゃないんだ。」
「ユヅ…」
「大輔さまと御台さまがくれた奇跡なんだ、きっと。」
「そうだね。」
俺はユヅに口付けた。
ユヅがそんなふうに思ってくれるのが嬉しかった。
ひょんなことから始まった不思議な旅だったけど、俺はユヅと一緒に日本に来てよかったと心から思った。
ベッドの中で、少し落ち着いたらしいユヅが俺の肩に頬を擦り付けるようにして囁く。
俺は、ユヅの髪を優しく梳いた。
「…かもね。真緒はなんていうか…、理屈じゃなく本質を見抜くところがあるから。」
「マオもそうだもんね。」
ユヅはくすっと笑った。
「よく知らないけど、きっと真桜さんもでしょ?」
「……そうだなぁ。」
真緒にも真桜にも、敵わないと思ったことが何度もあった。
「そうだ、言い忘れてたけど、西方院でブライアンから電話がかかってきて。」
「…うん?」
「寛永十五年の秋、半月くらい御台さまの居場所が分からなくなったときがあるって。」
「……きっと、そのとき出産してたんだな。」
「そうだね。」
「真緒の乳母と、田村家の岳斗さんに感謝しなきゃな。命がけで俺の…祖先を守ってくれた。」
「俺の子」と言いかけて、寸前で言い直す。
真緒の子は、俺の子なんだけど、俺の祖先でもある。
「いいよ、どっちでも。」
ユヅは、柔らかく微笑んだ。
「御台さまのお気持ちを知ってしまったら、そんなこと、もう……」
「……ダイ。」
しばらく抱き合って、優しいキスを交わした後、ユヅが少し沈んだ声を出した。
「僕、もしかしたら…見落としてたり、するのかな。大輔さまの転生……」
「……俺の魂には、ダイスケサマとキャプテンダイスケの記憶しかないけど。」
「でも……」
ユヅは納得していない様子だった。
「ずっと、気になってたことがあるんだ。」
「…なに?」
「どうして、大輔さまが大尉に転生するまであんなに時間がかかったのかって。もしかして、僕が知らなかっただけで、御台さまの血筋に転生していたのかもって…。今更なんだけど。」
「……うーん…」
ユヅの言っていることはよく分かったし、俺の記憶がすべてと言い切れないことも事実だったけど。
俺は、ダイスケサマの記憶を注意深く思い起こしながら、口を開いた。
「…うまく言えないけど……、ダイスケサマはとても傷ついていたんだ。」
「……大輔さまが?」
「うん…。ユヅも真緒も、自分に深く関わった人を誰も幸せにできなかったし、大勢の人を死なせてしまったから。自分には生きる価値がないと思っていた。」
「………」
「だから、ユヅには生きて幸せになってほしかったけど、それは自分とじゃないって…」
「…でも、来世で会おうって……」
「あのときは……」
ダイスケサマの慟哭が脳裏に蘇ってきて、俺は顔をしかめた。
「そうでも思わないと、俺もユヅと別れられなかった……」
大輔さま、とユヅが声にならない声で俺を呼ぶ。
俺は、力一杯ユヅを抱きしめた。
「…ダイは、大輔さまの魂の傷が癒えるまでの間、転生しなかったって思ってるの?」
「…うん、まぁ…そんな感じ。」
自分が実際に経験していない人生の記憶を、言葉で説明するのは難しい。
「…じゃあ、大尉は?」
「んーと……」
俺は、また膨大な記憶を探った。
「キャプテンダイスケは、時代が変わればユヅと幸せになれるって信じてた。ダイスケサマとは性格も違うんだろうけど…、わりと前向きに、今は祖国を守ろうって、そう思って逝ったかな…?」
…ユヅのことはすごく傷つけてしまったけど。
「……そっか。」
ユヅはふっと目を細めた。
「…なんか、ちょっと、安心したかも。」
「…そう?」
「うん。」
俺の腕の中で、ユヅは夢見るように目を閉じて微笑んだ。
「僕がダイと今こうしていられるのは、御台さまのおかげなんだね。ダイだけが僕に永遠をくれたのも、きっと偶然じゃないんだ。」
「ユヅ…」
「大輔さまと御台さまがくれた奇跡なんだ、きっと。」
「そうだね。」
俺はユヅに口付けた。
ユヅがそんなふうに思ってくれるのが嬉しかった。
ひょんなことから始まった不思議な旅だったけど、俺はユヅと一緒に日本に来てよかったと心から思った。