Lilac Wine 5
ホテルの部屋で風呂敷を解くと、箱は頑丈な鉄製で、半田で厳重に封がされていた。
「…これ、開けられないよね。」
ユヅが目を丸くする。
さすがのユヅも、あまりに想定外の出来事に頭が追いついていないようだった。
もちろん俺だってそうだけど。
「……まぁ、俺たちなら可能だけどね。」
俺は、その箱の蓋の部分を握りしめて力を込めた。
ぐにゃりと、粘土のように箱が歪む。
中に入っていたのは、上質の和紙にしたためられた手紙だった。
「……こ、これ、ユヅ宛てだ!」
「ええっ?!」
ユヅがさらに目を見開いて、俺が広げた和紙を覗き込む。
そこには、確かに「結弦殿」と書かれていた。
『結弦殿
この手紙が貴方の元にいつ届くのか、分からないままに書いています。
わたくし達のすべてが変わってしまったあの日、捕らえられたお屋形さまを助けようとした異形の者がいたと聞き及びました。
わたくしは、それが貴方ではないかと思うのです。
そして、貴方と共にお屋形さまが生きているのではという幻想を、どうしても捨てきれないでいるのです。』
「御台さま……」
ユヅが唇を震わせる。
あのとき、浅田家は真緒の命だけは助けようと、幕府軍に間者を潜り込ませていた。
ユヅが地下牢に乗り込んできたときに、目撃者がいても不思議ではない。
そして、勘のいい真緒は、限られた情報をつなぎ合わせて、ダイスケサマを助けに来た者に当たりをつけたのだ。
ダイスケサマの遺体は、ユヅが持ち出したため、真緒の元に返されることはなかった。
「真緒は、ダイスケサマが生きているかもしれないって、一縷の望みを持ち続けていたんだな…」
胸が締めつけられるように痛い。
俺たちは、それきり黙って真緒の手紙を読み進めた。
『あれから幾年も月日が流れ、わたくしの寿命も残り僅かとなりました。
今でもわたくしの身辺を探る者は後を絶たず、もしお屋形さまが生きておられたとしても、今生でまみえることは叶いますまい。
たとえ儚い夢の中であっても、一目お屋形さまにお会いできればと、それだけを願って生きて参りました。
お屋形さまと過ごした日々は、今でも美しく、懐かしく思い出されます。
お屋形さまの御子さま達も、それぞれご立派に成長されました。
それを見守ることができたわたくしは、幸せでございました。
ただひとつ、心残りがあるとすれば、遠く陸奥の山寺に送るしかなかった吾子の行く末でございます。
お屋形さまの忘れ形見でありながら、それを公にすることは許されず、信の者に後を託しました。
非情な母とお思いでしょうが、ひとえに吾子の命を案ずるが故に為したことでございます。
もし、貴方が人智を超えたお力をお持ちであったなら、どうか時を超えて吾子の力になってくださるよう、伏してお願い申し上げます。
吾子には、お屋形さまから賜った笄を持たせております。
幾久しく吾子を見守り、わたくし亡き後も末代までお助けくださいませ。
どうか、心よりお願い申し上げます。
天真院 真緒 』
「……僕、何もできなかった……」
ユヅは、沈痛な表情で俯いた。
「自分のことで精一杯で…何も……」
「ユヅ、ユヅ…」
俺は肩を震わせるユヅを抱きしめた。
「生きていてくれた。俺にはそれで十分だよ。」
ユヅを抱きしめながら、俺は真緒も抱きしめられればいいのにと思った。
もう、この世にはいない真緒。
けれどその想いは残り、こうして俺の身体に受け継がれているのだから。
「…これ、開けられないよね。」
ユヅが目を丸くする。
さすがのユヅも、あまりに想定外の出来事に頭が追いついていないようだった。
もちろん俺だってそうだけど。
「……まぁ、俺たちなら可能だけどね。」
俺は、その箱の蓋の部分を握りしめて力を込めた。
ぐにゃりと、粘土のように箱が歪む。
中に入っていたのは、上質の和紙にしたためられた手紙だった。
「……こ、これ、ユヅ宛てだ!」
「ええっ?!」
ユヅがさらに目を見開いて、俺が広げた和紙を覗き込む。
そこには、確かに「結弦殿」と書かれていた。
『結弦殿
この手紙が貴方の元にいつ届くのか、分からないままに書いています。
わたくし達のすべてが変わってしまったあの日、捕らえられたお屋形さまを助けようとした異形の者がいたと聞き及びました。
わたくしは、それが貴方ではないかと思うのです。
そして、貴方と共にお屋形さまが生きているのではという幻想を、どうしても捨てきれないでいるのです。』
「御台さま……」
ユヅが唇を震わせる。
あのとき、浅田家は真緒の命だけは助けようと、幕府軍に間者を潜り込ませていた。
ユヅが地下牢に乗り込んできたときに、目撃者がいても不思議ではない。
そして、勘のいい真緒は、限られた情報をつなぎ合わせて、ダイスケサマを助けに来た者に当たりをつけたのだ。
ダイスケサマの遺体は、ユヅが持ち出したため、真緒の元に返されることはなかった。
「真緒は、ダイスケサマが生きているかもしれないって、一縷の望みを持ち続けていたんだな…」
胸が締めつけられるように痛い。
俺たちは、それきり黙って真緒の手紙を読み進めた。
『あれから幾年も月日が流れ、わたくしの寿命も残り僅かとなりました。
今でもわたくしの身辺を探る者は後を絶たず、もしお屋形さまが生きておられたとしても、今生でまみえることは叶いますまい。
たとえ儚い夢の中であっても、一目お屋形さまにお会いできればと、それだけを願って生きて参りました。
お屋形さまと過ごした日々は、今でも美しく、懐かしく思い出されます。
お屋形さまの御子さま達も、それぞれご立派に成長されました。
それを見守ることができたわたくしは、幸せでございました。
ただひとつ、心残りがあるとすれば、遠く陸奥の山寺に送るしかなかった吾子の行く末でございます。
お屋形さまの忘れ形見でありながら、それを公にすることは許されず、信の者に後を託しました。
非情な母とお思いでしょうが、ひとえに吾子の命を案ずるが故に為したことでございます。
もし、貴方が人智を超えたお力をお持ちであったなら、どうか時を超えて吾子の力になってくださるよう、伏してお願い申し上げます。
吾子には、お屋形さまから賜った笄を持たせております。
幾久しく吾子を見守り、わたくし亡き後も末代までお助けくださいませ。
どうか、心よりお願い申し上げます。
天真院 真緒 』
「……僕、何もできなかった……」
ユヅは、沈痛な表情で俯いた。
「自分のことで精一杯で…何も……」
「ユヅ、ユヅ…」
俺は肩を震わせるユヅを抱きしめた。
「生きていてくれた。俺にはそれで十分だよ。」
ユヅを抱きしめながら、俺は真緒も抱きしめられればいいのにと思った。
もう、この世にはいない真緒。
けれどその想いは残り、こうして俺の身体に受け継がれているのだから。