花のもとにて

「…ここだよ。」

ユヅが連れてきてくれたのは、郊外の山の中腹だった。

「ずいぶん開発が進んでるけど。昔は奥深い山の中だったんだ。」

舗装された道路から外れて、少し山道を行った先に、崖のようになっている場所があった。

一本だけ立つ古い桜の大木が花びらを散らしていて、眼下には街並みが広がっている。

「…あそこ。」

ユヅが小高い丘の上に立つマンション群を指差した。

「あそこに、大輔さまの屋敷があった。」

「ダイスケ、サマ…?」

少し聞き慣れない日本語だ。

確か、尊敬を表す接尾語。

「僕の、主君だった。」

ユヅは、静かに話し始めた。

今まで断片的に聞いたことはあったけど、きちんと聞くのは初めてだった。

どうしてそこまで自分を抑えるんだ、とか、2人で逃げればいいのに、とか。

色々思ったけれど。

それは、現代のアメリカに生まれた俺の価値観でしかない。

俺は、話し終えたユヅを後ろから抱きしめた。

何もかも、言葉にならない。

ただ、哀しくて、愛しい。


「……ダイ……」

ユヅは、甘えるように俺の名を呼んで、両手をユヅの胸の前に組んだ俺の手に重ねた。

「僕ね、誰にも大輔さまを渡したくなくて、こっそりここに埋めたんだ。」

「……え…?」

ユヅの視線は、桜の大木の根元を見つめていた。

『ねがはくは 花のもとにて 春死なむ

その如月の 望月のころ』


「…ユヅ、何て言ったの?」

ユヅがつぶやいた言葉は、すべてを理解できなかった。

「一緒に、死にたかった……」

「…………」

「この桜の木の下に行きたいって、何度も……」

「……ユヅ…」

ユヅの唇が震える。

俺は抱きしめる力を強くした。

「だけど、大輔さまが生きてほしいって望んだから……」

「…………」

「また逢えるからって……」

振り向いて俺を見つめるユヅに、俺はそっと口付けた。

「ありがとう、ユヅ…」

死なないでくれて。

俺を待っていてくれて。

「ダイ……」

ユヅが体の向きを変えて、抱きついてくるのを、しっかり抱き返す。

「僕、生きててよかった……!」

「うん……」

俺は、もう一度力を込めてユヅを抱きしめると、ゆっくりと桜の大木の根元にユヅを押し倒した。

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