Lilac Wine 1

俺たちが母を訪ねたのは、日本にいる母の祖父(俺の曽祖父)が亡くなったという知らせが来たからだった。

俺は、数回しか会ったことがないけれど。

母の実家は、遡ればわりと由緒正しい武士の家系らしく、形見分けというのがあるらしい。

俺は、日本でのお葬式には仕事を理由に欠席したが、帰国していた母が俺の分まで持ち帰ってきたのだった。

「お祖父ちゃんね、私たちが遠く海を隔てているからって、すごく大事なものを遺してくれたんだって。ダイの気に入ったものをいくつでも持って行っていいって。」

「…ふうん。」

そんなことを言われても、正直困るんだけど。

ただ、大学に入り直して江戸時代を研究していたこともある俺にとっては、興味を惹かれるのもまた事実で。

母が大事そうに持ってきた漆塗りの箱を開けた俺は、その中に入っていた品々の一つを見て、凍り付いた。



『わたくしなら、お屋形様に万が一のことがあったとき、お子たちをお守りすることができます。』

そう言ったときの、彼女の凛とした真っ直ぐな眼差し。

『どうか最後まで、正室としてお役目を果たさせてください。高橋の血を、お屋形様のご意志を、この真緒まおが命に代えても、継いでみせまする。』

真緒……

感謝と、謝罪と、信頼と。

微かに震えていた彼女の手に、言葉にできないすべての想いを込めて、託したもの。

……なぜ、これが今ここにあるんだ?!



「…ダイ?」

いつの間にか、側に来ていたユヅが怪訝そうに俺の名前を呼ぶ声に、ハッと我に返った。

「どうかした?」

「…あぁ、いや……」

俺は、震える指先で、金細工に螺鈿の装飾が施されたそれに、そっと触れた。

遠い昔、元服の折に母上から賜った。

当時の造りとしては、とても豪奢なものだった。

「あら、それが気に入った? 」

母がのんびりと俺が手にした物を覗き込む。

「何かしら、これ……カンザシ?」

俺の祖父の代から渡米しているせいで、以前の俺よりはマシながら、母の日本の知識もそれほど深くない。

こうがいですね。」

ユヅが静かに答えた。

じっと俺を見つめているのが分かる。

「コウガイ?」

「ええ。刀の装具です。…とても古いものですが、大切に保管されてきたのですね。とても美しいです。」

ユヅが母に説明している声が遠ざかっていく。

俺は、確かに前世の俺が、今生の別れに御台に託した笄を握りしめて、立ち竦んでいた。



続く
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