美しい人 中編

ブルル…、とテーブルの上のスマホが震えて僕ははっとした。

ホテルで物思いにふけっている間に、随分時間が経ったようだ。

ダイはまだ帰ってこない。

僕は、緩慢な仕草でスマホを取り上げた。

『もしもし、ユヅ?』

「……ソータ?」

懐かしい声だった。

『久しぶり。昨日、行けなかったからさ。もし時間が合えば、会いたいなって、思って。』

「………うん。」

『ユヅ、どうしたの? なんだか元気ないけど。』

「……なんでもないよ。」

ソータはそれ以上聞かず、簡単に待ち合わせ場所を相談して電話を切った。

ダイを待っていても苦しくなるだけだし、出かけてみるのもいいかもしれない。

僕は、ダイにソータと会うことをメールしようとして、やめた。

ダイの邪魔をしたくない。

ホテルに書き置きを残すことにして、外に出た。


外はすっかり夕刻になっていた。

まだまだ明るいし、暑いけど。

「ユヅ!」

ウェールズで一緒に過ごしたときより、随分大人っぽくなったソータだけれど、笑うと目が糸みたいに細くなるのは変わっていない。

確か、小学校の先生をしていると言っていたっけ。

優しいソータにぴったりの仕事だ。

「ユヅ、変わらないね。僕の方がすっかり年上だよ。」

「そうかな。ソータも学生みたいだよ?」

すんなりした体つきは、以前と変わらない。

「ソータ…。ありがとね。」

思わずお礼を言うと、ソータは一瞬目を見開いてから、苦笑した。

「…そっか、ユヅには分かっちゃうんだね。ごめん。」

ソータは、ショーマから昨晩のダイの様子を聞いて、心配してくれたらしかった。

「…あの、その……」

ソータが言いにくそうにしていることを読み取って、僕は驚いた。

「ショーマが……マオと?」

「あぁ…、うん、少し前からなんだけど。ショーマは真剣に結婚を考えてるみたいなんだ。」

「…そう、なんだ……」

あのときは、心が千々に乱れて、ショーマが何を考えているかまで気が回らなかった。

「昨日は、全然気づかなかった。」

「あはは、恋人より仲間としての時間の方が長かったから。しかも、相手はあのマオちゃんだし。」

「でも……、マオは……」

ダイの、運命の相手なのに。

「ユヅ。僕はよく事情が分からないけど。どうしてユヅは何も言わないの?ダイの恋人でしょう?」

「…………」

僕が望むのは、ダイの幸せだけ。

ダイは僕と一緒にいることだと言ってくれて、僕もそれを信じたけれど。

今となっては、幻みたいだ。

ソータの優しさに触れて、僕は思わず口を開いていた。



「ユヅ……君は……なんて……」

話し終えた僕に、ソータは言葉が見つからないようだった。

少し乱暴に目元を拭って、僕の手を取る。

「ユヅ、マオちゃんに、会いに行こう!」

「……え?」

ソータが僕をぐいと引っ張った。

温かいソータの手。

僕の方が力は強いはずなのに、僕はなぜか抵抗できず、ソータに手を引かれて立ち上がった。
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