美しい人 中編
ダイから1日だけ1人で行動したいと言われたとき、僕は黙って頷くことしかできなかった。
昨夜、ショーマとの食事会に現れた彼女。
態度を一変させたダイを見て、僕は分かってしまった。
彼女がダイの運命の女性なんだって。
大輔さまとその正室だった御台さまの関係について、人間だった頃の僕はあまり考えたことがなかった。
大輔さまも詳しく話されることはなかったし。
僕は、大輔さまの側にいられればそれだけでよかったから。
けれど、大輔さまの死後、御台さまが大輔さまの遺児のために尽くされた献身は、御台さまが大輔さまを大切に想われていたことを示していた。
それこそ、自分の命を引き換えにすることも厭わないほどに。
僕には何もできなかった。
大輔さまをお守りすることも、一緒に死ぬことすら。
大輔さまのご遺族のことを見守るのは、自分の無力さを思い知らされるばかりで、身を切られるほど辛かった。
けれど、やめることはできなかった。
来世で会おう、と。
そう言った大輔さま。
もし、大輔さまの言葉が現実になるとしたら、大輔さまの血筋にしか、奇跡は起こらないと思えたから。
僕の精神状態を心配したブライアンが、知己の日本人ヴァンパイアのタカヒコにすべてを託そうと言った。
僕には少し大輔さまと距離を置いて、自分自身の生活を整える必要があると。
そのときの僕には、何か新しいことを考えたり決めたりするのは無理だった。
ただ生きる屍のように、大輔さまのご遺族に、あの優しい面影を追いかけているだけだったから。
ブライアンに言われるまま、海を渡った。
それから何度か、大輔さまの血族に同じ名前の男児が生まれたと聞き、様子を見に行った。
けれど、何も起きなかった。
大輔さまの不在はあまりに長くて、僕はほとんどもう諦めかけていた。
大尉のことを知ったのは、このままヴァンパイアとして生きる意味も失いそうになっていたときだ。
戦争が始まり、日本へは自由に渡航できなくなっていた。
僕が塞ぎ込んで引きこもりがちだったこともあり、タカヒコと連絡を取り合うのも難しくなっていて、大尉のことを知るのが遅くなった。
藁にもすがる思いで、鎖国時代にしていたように、急いで準備をして密かに海を渡り、日本にたどり着くと、大尉は既に出征した後だった。
大尉の配属先はすぐには分からなくて。
しばらくひっそりと誰にも見つからないように日本に滞在している間に、真桜さんの存在を知った。
大尉の幼馴染の許嫁。
明るく天真爛漫な性格と、ふんわりした雰囲気。
年老いた大尉の両親を安心させるために、そして大尉が心置きなく戦地で役目を果たせるようにと、結婚の約束は、真桜さんから言い出したらしいこと。
御台さまとあまりに符合する点が多すぎて。
もし、御台さまが大尉のそばに転生したのだとしたら。
僕は、大尉は大輔さまの生まれ変わりなのではないかと、居ても立っても居られなくなり、日本を後にした。
片っ端から日本軍の駐屯地を当たってみるつもりだった。
そして、ようやく大尉を見つけたとき。
僕は今まで生きていてよかったと初めて思った。
大尉の中にある大輔さまの魂。
僕は、今度こそ大輔さまを守ろうと誓った。
大輔さまを守って、真桜さんの下に帰す。
南の島の戦場で、大尉は僕に幾ばくかの心を傾けてくれた。
戦争が終わったら一緒に住もうと、そう約束してくれたときには、涙が出るほど嬉しかった。
けれど、僕の頭には、日本で待っている真桜さんの存在がずっとあった。
真桜さんに大尉を返さなければならない。
人間である大尉の幸せは、真桜さんと共にあることだと。
そう思えたから。
僕は、僕と一緒に生きようと言ってくれた大尉の気持ちだけで十分だった。
結局、それすら叶えることはできず、僕はまた大輔さまを失ってしまったのだけれど。
どうして、今になって……
どうして、初めてウェールズでマオに会った時に気づかなかったのか。
その女性 はいつの時代も大輔さまのそばにいたのに。
あのときは、ダイの命を守ることに集中しすぎていたとしか思えない。
僕がずっと恐れていたこと。
なくなったと思っていたそれが胸の中にふつふつと蘇ってくる。
ダイがヴァンパイアになったことを後悔すること。
ダイの相手が僕じゃないと気づくこと。
今となっては、ダイが前世の記憶を取り戻したことさえ、マオと出会うためだったんじゃないかと思えてくる。
自分自身すら気づかない、魂の記憶を引き出す皇帝の力。
ダイは、御台さま、真桜さんのことを思い出し、マオと出会った。
僕はどうしたらいいんだろう?
いくら考えても答えは出なかった。
昨夜、ショーマとの食事会に現れた彼女。
態度を一変させたダイを見て、僕は分かってしまった。
彼女がダイの運命の女性なんだって。
大輔さまとその正室だった御台さまの関係について、人間だった頃の僕はあまり考えたことがなかった。
大輔さまも詳しく話されることはなかったし。
僕は、大輔さまの側にいられればそれだけでよかったから。
けれど、大輔さまの死後、御台さまが大輔さまの遺児のために尽くされた献身は、御台さまが大輔さまを大切に想われていたことを示していた。
それこそ、自分の命を引き換えにすることも厭わないほどに。
僕には何もできなかった。
大輔さまをお守りすることも、一緒に死ぬことすら。
大輔さまのご遺族のことを見守るのは、自分の無力さを思い知らされるばかりで、身を切られるほど辛かった。
けれど、やめることはできなかった。
来世で会おう、と。
そう言った大輔さま。
もし、大輔さまの言葉が現実になるとしたら、大輔さまの血筋にしか、奇跡は起こらないと思えたから。
僕の精神状態を心配したブライアンが、知己の日本人ヴァンパイアのタカヒコにすべてを託そうと言った。
僕には少し大輔さまと距離を置いて、自分自身の生活を整える必要があると。
そのときの僕には、何か新しいことを考えたり決めたりするのは無理だった。
ただ生きる屍のように、大輔さまのご遺族に、あの優しい面影を追いかけているだけだったから。
ブライアンに言われるまま、海を渡った。
それから何度か、大輔さまの血族に同じ名前の男児が生まれたと聞き、様子を見に行った。
けれど、何も起きなかった。
大輔さまの不在はあまりに長くて、僕はほとんどもう諦めかけていた。
大尉のことを知ったのは、このままヴァンパイアとして生きる意味も失いそうになっていたときだ。
戦争が始まり、日本へは自由に渡航できなくなっていた。
僕が塞ぎ込んで引きこもりがちだったこともあり、タカヒコと連絡を取り合うのも難しくなっていて、大尉のことを知るのが遅くなった。
藁にもすがる思いで、鎖国時代にしていたように、急いで準備をして密かに海を渡り、日本にたどり着くと、大尉は既に出征した後だった。
大尉の配属先はすぐには分からなくて。
しばらくひっそりと誰にも見つからないように日本に滞在している間に、真桜さんの存在を知った。
大尉の幼馴染の許嫁。
明るく天真爛漫な性格と、ふんわりした雰囲気。
年老いた大尉の両親を安心させるために、そして大尉が心置きなく戦地で役目を果たせるようにと、結婚の約束は、真桜さんから言い出したらしいこと。
御台さまとあまりに符合する点が多すぎて。
もし、御台さまが大尉のそばに転生したのだとしたら。
僕は、大尉は大輔さまの生まれ変わりなのではないかと、居ても立っても居られなくなり、日本を後にした。
片っ端から日本軍の駐屯地を当たってみるつもりだった。
そして、ようやく大尉を見つけたとき。
僕は今まで生きていてよかったと初めて思った。
大尉の中にある大輔さまの魂。
僕は、今度こそ大輔さまを守ろうと誓った。
大輔さまを守って、真桜さんの下に帰す。
南の島の戦場で、大尉は僕に幾ばくかの心を傾けてくれた。
戦争が終わったら一緒に住もうと、そう約束してくれたときには、涙が出るほど嬉しかった。
けれど、僕の頭には、日本で待っている真桜さんの存在がずっとあった。
真桜さんに大尉を返さなければならない。
人間である大尉の幸せは、真桜さんと共にあることだと。
そう思えたから。
僕は、僕と一緒に生きようと言ってくれた大尉の気持ちだけで十分だった。
結局、それすら叶えることはできず、僕はまた大輔さまを失ってしまったのだけれど。
どうして、今になって……
どうして、初めてウェールズでマオに会った時に気づかなかったのか。
その
あのときは、ダイの命を守ることに集中しすぎていたとしか思えない。
僕がずっと恐れていたこと。
なくなったと思っていたそれが胸の中にふつふつと蘇ってくる。
ダイがヴァンパイアになったことを後悔すること。
ダイの相手が僕じゃないと気づくこと。
今となっては、ダイが前世の記憶を取り戻したことさえ、マオと出会うためだったんじゃないかと思えてくる。
自分自身すら気づかない、魂の記憶を引き出す皇帝の力。
ダイは、御台さま、真桜さんのことを思い出し、マオと出会った。
僕はどうしたらいいんだろう?
いくら考えても答えは出なかった。