Voyager 中編

皇帝の能力については、事前に説明を受けていた。

手に触れた者の内面を読み取る。

最初に聞いたときは、ユヅの能力と同じだと思った。

むしろ、ユヅの方が手を触れずに読み取ることができる分、優れているって。

けれど、読み取れる情報の量と質が全く異なるのだとユヅは言った。

「僕は相手のそのときの思考を読むだけ。皇帝は、相手の全てを読み取る。過去も現在も全て。僕の力がマインドリーディングだとしたら、彼のそれは、ソウルリーディングと言っていい。」

俺は、ゆっくりと皇帝に近づいた。

ふと気がつくと、ユヅも俺の隣にぴったりくっつくようにして、ついて来ていた。

皇帝は微笑んだ。

「親愛なるユヅ。心配せずともよい。君が待ち焦がれた大切な人を害するようなことはしないよ。」

ユヅは黙ったまま首を垂れた。

俺は、差し出された皇帝の手を取った。

その瞬間、ざあっと何かが押し寄せてくる気配がした。

俺の魂の奥深く、俺すら知らないその深部めがけて。



「………?!」

泰然としていた皇帝の表情が驚愕に歪む。

俺は驚いてユヅの方を見た。

ユヅもびっくりしたように俺を見ていた。

……何だ??

皇帝は、何度も俺の手を握った。

「………何ということだ。信じられない……」

「ユヅ、いったい……」

どうしたんだ?

俺の疑問に答えようと口を開きかけたユヅの表情が強張る。

「…ダメだっっ!!」

「ユヅっ、ダメよ!!」

ユヅが皇帝の背後に控える人影に向かって鋭い声を放ち、飛びかかろうとするのと、ジェーニャの制止する声が響いたのがほぼ同時だった。

間髪おかずに、ユヅが苦悶に身体を痙攣させて、床に崩れ落ちる。

「ユヅ…っっ!!」

俺は、必死にユヅを抱え起こした。

フードを被った人影の一つが、ユヅをじっと凝視している。

「やめろっ、やめろっ!!」

俺は、ユヅを庇うように抱きしめて叫んだ。

手を触れずに筆舌に尽くしがたい苦痛を与える皇帝配下の能力者。

アリーナと呼ばれる少女の仕業に違いなかった。

「…やめなさい、アリーナ。」

皇帝の静かな声が響き、感電したように慄いていたユヅの身体が弛緩する。

けれど、ダメージが大きかったのか、目を閉じてぐったりしたままだった。

「…ユヅ、ユヅっ……」

「すまない、ダイ。」

皇帝の声には、かすかに面白がるような響きがこもっていた。

「私への忠義が過ぎたのだ。許してくれたまえ。」

……嘘だ。

俺は奥歯を噛み締めた。

湧き上がってくるのは、ユヅを傷つけられた怒りだ。

けれど、少し離れたところに控えているブライアンやジェーニャの表情を見て、懸命に心を鎮めた。

ここで逆らうのは、得策ではない。

ハビは、いざとなったら命を捨ててジェーニャを守るだろう。

そんなことは、させられない。



「…お試しになりたいのは分かりますが、皇帝陛下。」

ブライアンが静かに、けれど力を込めた声で口を挟んだ。

「一度きりにしていただきたい。これ以上、家族が苦しむのは見ていられません。」

「もちろんだとも。」

皇帝は上機嫌で頷いた。

「ダイに私の力のみ通じないのか、それとも他の力も同様なのか、知りたいのだ。」

俺は、皇帝が俺に触れても何も読み取れなかったことを悟った。

次にアリーナの力が俺に襲いかかるだろうことも。

ユヅは、それを止めようとしたのだ。

「…構いません。けど、ユヅにはもう手を出すな。」

ぐったりしたユヅを床に横たえて、俺は立ち上がった。

皇帝は、満面の笑みで頷くと、片手を上げてアリーナに合図をした。

小柄な人影が一人、進み出て、フードを取った。

可憐な少女は、真紅の瞳に残酷な光を宿して俺を見つめる。

俺は拳を握って正面からその視線を受け止めた。


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