Voyager 前編
俺たちを迎えに来たのは、驚いたことに人間の女性だった。
真夏のロシアで、真っ黒なスーツに身を包み、まったく表情を動かさないまま、丁寧に挨拶をした女性は、俺たちを皇帝の待つ部屋に案内する役割を与えられているらしかった。
マリアと名乗ったその女性は、俺たちを目立たないように聖ワシリイ大聖堂の地下深くに案内した。
「……ここ、こんな地下があったのか?」
赤の広場でも一、二を争う人気の観光名所は、冬に旅行したときも訪れたが、地下には入れなかった。
「…お静かに。」
冷やりと冷たいマリアの声に、俺は肩をすくめて口をつぐんだ。
…なんだか、さっきから彼女には俺への敵意みたいなのを感じる。
「嫉妬してるんだよ。」
隣を歩くユヅが、俺たちだけに聞こえるボリュームの声で素早く言った。
「…嫉妬?」
「君が望んで僕らの仲間に加わったからさ。彼女もそれを望んでる。」
「…………」
俺は、随分前にショーマが吐き捨てるように言った言葉を思い出した。
永遠の生命欲しさにヴァンパイアに取り入る人間がいること。
けれど、彼らはヴァンパイアが何を糧にしているのか、分かっているんだろうか。
「もちろんさ。」
ユヅは、俺の顔に浮かんだ疑問を正確に読み取った。
「けれど、自分が危険にさらされているとは思っていない。……愚かなことだ。」
「…………」
何て答えたらいいのか分からないまま、黙っていると、目的地に到着したようだった。
どれくらい地下に降りたのか、長い廊下の奥に、石造りの重厚な扉があった。
恭しくそれを開いたマリアに促されて、俺たちはその部屋に入った。
マリアは、中に入ることを許されていないのか、そのまま動かず、やがて静かに扉が閉められた。
「やぁ、我が同胞よ。お揃いでお出ましか。」
その部屋は、広間といった方が相応しいほどの広さで、天井がどこにあるか分からないほど高く、吹き抜けになっているようだった。
真紅の絨毯が敷かれたその先に、玉座とでもいうべき、時代がかった大理石の大きな椅子があり、皇帝はそこに悠然と座っていた。
玉座の後ろには、黒いマントにフードを被った何人かの人影が付き従っている。
「お招きいただき、ありがとうございます。新たなファミリーの一員を、皇帝陛下に直接ご紹介できる幸運を嬉しく思います。」
ブライアンが丁寧に挨拶をして、深々と頭を下げた。
皇帝の真紅の瞳が俺に向けられるのを察して、俺も慌ててブライアンに倣い、頭を下げた。
「こちらはダイスケと申します。どうかダイとお呼びください。」
「よ、よろしくお願いします。」
ブライアンに促されて、俺は皇帝に挨拶をした。
「顔を見せておくれ、ダイ。」
顔を上げた俺を、皇帝は、じっと見た。
千年以上生きているという皇帝は、外見は30代くらいで若々しく、ロシア人特有の大きな鼻と黄金の髪を持ち、がっしりとした体格だった。
「…こちらへ。」
皇帝が優雅な仕草で手を差し出す。
俺は、一歩足を踏み出した。
真夏のロシアで、真っ黒なスーツに身を包み、まったく表情を動かさないまま、丁寧に挨拶をした女性は、俺たちを皇帝の待つ部屋に案内する役割を与えられているらしかった。
マリアと名乗ったその女性は、俺たちを目立たないように聖ワシリイ大聖堂の地下深くに案内した。
「……ここ、こんな地下があったのか?」
赤の広場でも一、二を争う人気の観光名所は、冬に旅行したときも訪れたが、地下には入れなかった。
「…お静かに。」
冷やりと冷たいマリアの声に、俺は肩をすくめて口をつぐんだ。
…なんだか、さっきから彼女には俺への敵意みたいなのを感じる。
「嫉妬してるんだよ。」
隣を歩くユヅが、俺たちだけに聞こえるボリュームの声で素早く言った。
「…嫉妬?」
「君が望んで僕らの仲間に加わったからさ。彼女もそれを望んでる。」
「…………」
俺は、随分前にショーマが吐き捨てるように言った言葉を思い出した。
永遠の生命欲しさにヴァンパイアに取り入る人間がいること。
けれど、彼らはヴァンパイアが何を糧にしているのか、分かっているんだろうか。
「もちろんさ。」
ユヅは、俺の顔に浮かんだ疑問を正確に読み取った。
「けれど、自分が危険にさらされているとは思っていない。……愚かなことだ。」
「…………」
何て答えたらいいのか分からないまま、黙っていると、目的地に到着したようだった。
どれくらい地下に降りたのか、長い廊下の奥に、石造りの重厚な扉があった。
恭しくそれを開いたマリアに促されて、俺たちはその部屋に入った。
マリアは、中に入ることを許されていないのか、そのまま動かず、やがて静かに扉が閉められた。
「やぁ、我が同胞よ。お揃いでお出ましか。」
その部屋は、広間といった方が相応しいほどの広さで、天井がどこにあるか分からないほど高く、吹き抜けになっているようだった。
真紅の絨毯が敷かれたその先に、玉座とでもいうべき、時代がかった大理石の大きな椅子があり、皇帝はそこに悠然と座っていた。
玉座の後ろには、黒いマントにフードを被った何人かの人影が付き従っている。
「お招きいただき、ありがとうございます。新たなファミリーの一員を、皇帝陛下に直接ご紹介できる幸運を嬉しく思います。」
ブライアンが丁寧に挨拶をして、深々と頭を下げた。
皇帝の真紅の瞳が俺に向けられるのを察して、俺も慌ててブライアンに倣い、頭を下げた。
「こちらはダイスケと申します。どうかダイとお呼びください。」
「よ、よろしくお願いします。」
ブライアンに促されて、俺は皇帝に挨拶をした。
「顔を見せておくれ、ダイ。」
顔を上げた俺を、皇帝は、じっと見た。
千年以上生きているという皇帝は、外見は30代くらいで若々しく、ロシア人特有の大きな鼻と黄金の髪を持ち、がっしりとした体格だった。
「…こちらへ。」
皇帝が優雅な仕草で手を差し出す。
俺は、一歩足を踏み出した。