Voyager 前編

部屋に戻ると、ユヅは無言でぎゅっと抱きついてきた。

「何を心配してるのさ。」

優しく抱き返して、頬に唇を寄せる。

「無体なことはされないって、ユヅが言ったんじゃないか。」

「……不安なんだ。」

ユヅは、俺にしがみついたまま、小さな声で言った。

「分かるように説明してよ。」

「…………」

そうは言ったものの、俺はユヅには期待していなかった。

こういうとき、ジェーニャがいてくれたら、話が早いんだけど。

ジェーニャは、ハビと共に、一足先にバカンスに出かけていた。

ファミリーが必要とするときには、ジェーニャから必ず連絡があるため、行き先ははっきり聞いていない。

だから、ジェーニャからの連絡がないことは、良い徴候だ。

俺たちに具体的な危険があったら、ジェーニャが黙っているはずがなかった。

俺はユヅの絹糸みたいな髪に指を絡ませて、俯いた顔を上げさせると、きつく噛み締めた唇にキスをした。

「ユヅ、そんなふうに、世界の終わりみたいな顔しないで。」

俺たちはまだ始まったばかりだっていうのに。

もっと大きな危機が何度もあったじゃないか。

ユヅは黙ったまま、俺にしがみつく腕を緩めようとせず、俺は一晩じゅうユヅにキスをし続ける羽目になった。




夏のモスクワは、思ったよりも日差しが強く、活気があった。

変身前に旅行したことがあるけど、そのときは冬だった。

クリスマスマーケットが立ち並んでいた観光名所の赤の広場には、様々な国籍の、多くの人々が立ち歩いている。

「……ここ?」

こんないかにもな観光地に、ヴァンパイアの皇帝がいるのか?

ユヅがぴたりと足を止めた。

「ダイ、ユヅ!!」

広場の向こうから(とんでもなく広いので、声をかけられるまで気づかなかった)、半袖に短パンの小柄な少女が駆けて来た。

「ジェーニャ!」

俺は目を丸くした。

一体どうしてここが?!、と言いかけて、口をつぐむ。

ジェーニャなら、可能だ。

ジェーニャの隣には、麦わら帽子を被ったハビもいた。

「ジェーニャが来てくれたなら、安心だよ。」

ブライアンがにこにこして、ジェーニャにハグをする。

「……分かってるよ。」

ユヅが憮然とした表情で答えた。

ジェーニャが心の中で何か語りかけたらしかった。

「あたしはね、ユヅが暴走しないように、見張りに来たのよ。」

ジェーニャは、ユヅと俺の間に割って入り、俺と腕を組むと、いたずらっぽくウィンクした。

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