「…ダイ、じっと動かないと不自然に見えるのよ。目線や首や手足を常に動かして。足を組み替えるのもいいわ。息をしているふりを忘れないでね。」

ジョニーが事細かにアドバイスするのを、真剣に聞きながら、ダイはさっと動いてソファに座ってみせた。

「…こう？」

「……ダイ、動くときはゆっくり。今のは人間には残像しか残らない速さよ。」

ジョニーは、根気強くダイに説明している。



あと数時間で、ダイの母親がダイに会いに来る。

変身前のダイは、世界一周の旅に出かけると言い置いていったらしいのだが、一向に連絡のない息子に、しびれを切らした母親から連絡先にしておいたブライアンの下に連絡が来たのだ。

「クッキーが焼けたよ！ あとは紅茶を入れれば完璧だね。」

エプロンをしたブライアンがにこやかに部屋に入ってくる。

何かが焼けている匂いはするけど、それが美味しそうなのかどうかは、ここにいる誰も分からないのだが。

長年、人間社会で暮らしているブライアンを信じるしかなかった。

不意に、何キロか先の車のエンジン音が聞こえて、俺たちは視線を交わした。

…いよいよだ。




「やぁ、母さん。久しぶり。連絡しなくて、ごめんね。」

ダイは、初めて間近に近づく人間を目の前にして、驚くほど冷静に振る舞った。

両手を広げたダイに、驚いたように目を見張った母親が、おずおずと手を伸ばす。

母親を軽くハグしたダイは、一瞬だけ苦しそうに眉をしかめた。

脈打つ人間の血管が放つ芳香は、誓いを立てた俺たちの自制心を永遠に試し続ける。

しかし、ダイは欲望をコントロールしていた。

「ダイ、よく顔を見せて。」

母親が両手でダイの頬を挟んで顔を覗き込む。

「まぁ…、なんていうか、随分雰囲気が変わったのね……。それに、この冷たい頬っぺた……」

「…遠いところに行ってたからね。」

ダイは曖昧に微笑んだ。

「母さんに紹介したい人がいる。」

ダイは、少し離れて立っていたユヅを手招いた。

「ユヅだよ。…俺の、大切な人だ。」

「初めまして。ユヅルです。…どうか、ユヅと。」

「…………」

母親は、呆然としたまま、美しい笑みを浮かべるユヅを見つめ、ユヅが差し出した手をためらいがちに握った。

「………ダイ、あなた、彼女がいたじゃない……」

どうにかこうにか、言葉を紡いだ母親に、ダイはそうだね、と静かに相槌をうった。

「だけど俺の大切な人は、ずっとユヅなんだよ。インディペンデントスクールのときからね。」

ダイがユヅを見つめる眼差しは優しくて、ユヅが嬉しそうに微笑む。

母親は戸惑ったように視線を彷徨わせ、部屋にいたブライアンに縋るような顔をした。

以前、ブライアンがダイの命を助けたことから、母親は彼を信頼している様子だった。

「ユヅは、私の養子なんです。私にとっては、ダイも息子同然だ。私は、子どもたちの幸せを祈っています。」

ブライアンの穏やかな笑顔は、いつもその場を和ませる。

「母さん、母さんには本当のことを言っておきたいんだ。…できる限りね。」

ダイは、もう一度母親をハグした。