Wisdom
不意にその場の雰囲気が変わって、俺は足を止めた。
ヴァンパイア達も新生者も動きを止めている。
黒いフードを被った数人の人影が、山あいを滑るように移動してくる。
人間ではないことはすぐに分かった。
俺たちが協力しているヴァンパイア達とも違う。
彼らからはおぞましい血の匂いがした。
「…皇帝陛下。」
真ん中に立つ人影に向かって、ブライアンが丁寧に礼をした。
「久しいな、ブライアン。」
若々しい声がして、フードの奥で真紅の瞳が光った。
「わざわざお出ましとは…」
「なに、面白いことになっているようだったからな。」
ブライアンと、皇帝と呼ばれた男は、旧知の間柄のようだった。
真紅の瞳が俺たち狼に向けられる。
ぞっとするほど冷酷な瞳だった。
「我らの秩序を乱す新生者どもは、私が引き受けよう。」
そう言って、男は片手を上げた。
傍らの一人がフードを頭から外す。
現れたのは、花のように可憐な少女だった。
天使と見紛うほど美しいのに、瞳と唇が禍々しいほど紅い。
「アリーナ。」
男が促すように名前を呼ぶと、その少女は完璧な形の唇に酷薄な笑みを吐き、怯えたように蹲る新生者の一人を見据えた。
「…………!!」
新生者が声もなく顔を苦悶に歪ませ、体を痙攣させて倒れ込む。
一体、何が起こっているのか。
ヴァンパイアの中には、ユヅルやエフゲニアのように特殊な能力を持つ者がいることは知っている。
彼女も能力者に違いなかった。
慌てて逃げようとした新生者にも、彼女の恐ろしい力は襲いかかり、指一本動かさない皇帝一派の前で、残酷な処刑が続けられた。
ゆがて、倒れ伏した新生者たちを満足そうに見て、皇帝がまた片手を上げる。
後ろに控えていた大柄な男が、新生者たちをまとめて担ぎ上げ、あっという間に首を刎ねて、火を付けていった。
次々に屠られていく新生者たちと、振るわれる圧倒的な力に、俺の足は竦んだように動かなかった。
「…彼らはもう、抵抗する気力をなくしていましたよ。」
ブライアンが静かに、けれど確かに責めるような響きを宿して声を発する。
「……お前は、相変わらず甘いな。」
皇帝は気にした様子もなかった。
「だから番犬などを飼う羽目になるのだ。」
続けられた俺たちに対するあからさまな侮蔑に、群れが気色ばむ。
「……彼らは良き隣人ですよ。」
ブライアンは、挑発に乗ることはなかった。
「……ふん、まぁいい。」
皇帝は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、長いフードを翻した。
「…また会おう、ブライアン。」
『待てっ!!』
群れの中でも年下で血気盛んなカズキが唸り声を上げ、背中から襲いかかった。
ボスが止めようとしたが、振り向いた少女がカズキを見据えると、カズキは悲鳴も上げられずに崩れ落ちた。
『…………!!』
カズキの感じた苦しみが伝わってきて、俺たちは顔をしかめた。
どうやら、アリーナと呼ばれた少女は、手を触れずに苦痛を与えることができるらしかった。
皇帝は、悶絶する狼を面白そうに一瞥すると、もう興味を失ったように、立ち去っていった。
来たときと同じように、音もなく、迅速に。
ヴァンパイア達も新生者も動きを止めている。
黒いフードを被った数人の人影が、山あいを滑るように移動してくる。
人間ではないことはすぐに分かった。
俺たちが協力しているヴァンパイア達とも違う。
彼らからはおぞましい血の匂いがした。
「…皇帝陛下。」
真ん中に立つ人影に向かって、ブライアンが丁寧に礼をした。
「久しいな、ブライアン。」
若々しい声がして、フードの奥で真紅の瞳が光った。
「わざわざお出ましとは…」
「なに、面白いことになっているようだったからな。」
ブライアンと、皇帝と呼ばれた男は、旧知の間柄のようだった。
真紅の瞳が俺たち狼に向けられる。
ぞっとするほど冷酷な瞳だった。
「我らの秩序を乱す新生者どもは、私が引き受けよう。」
そう言って、男は片手を上げた。
傍らの一人がフードを頭から外す。
現れたのは、花のように可憐な少女だった。
天使と見紛うほど美しいのに、瞳と唇が禍々しいほど紅い。
「アリーナ。」
男が促すように名前を呼ぶと、その少女は完璧な形の唇に酷薄な笑みを吐き、怯えたように蹲る新生者の一人を見据えた。
「…………!!」
新生者が声もなく顔を苦悶に歪ませ、体を痙攣させて倒れ込む。
一体、何が起こっているのか。
ヴァンパイアの中には、ユヅルやエフゲニアのように特殊な能力を持つ者がいることは知っている。
彼女も能力者に違いなかった。
慌てて逃げようとした新生者にも、彼女の恐ろしい力は襲いかかり、指一本動かさない皇帝一派の前で、残酷な処刑が続けられた。
ゆがて、倒れ伏した新生者たちを満足そうに見て、皇帝がまた片手を上げる。
後ろに控えていた大柄な男が、新生者たちをまとめて担ぎ上げ、あっという間に首を刎ねて、火を付けていった。
次々に屠られていく新生者たちと、振るわれる圧倒的な力に、俺の足は竦んだように動かなかった。
「…彼らはもう、抵抗する気力をなくしていましたよ。」
ブライアンが静かに、けれど確かに責めるような響きを宿して声を発する。
「……お前は、相変わらず甘いな。」
皇帝は気にした様子もなかった。
「だから番犬などを飼う羽目になるのだ。」
続けられた俺たちに対するあからさまな侮蔑に、群れが気色ばむ。
「……彼らは良き隣人ですよ。」
ブライアンは、挑発に乗ることはなかった。
「……ふん、まぁいい。」
皇帝は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、長いフードを翻した。
「…また会おう、ブライアン。」
『待てっ!!』
群れの中でも年下で血気盛んなカズキが唸り声を上げ、背中から襲いかかった。
ボスが止めようとしたが、振り向いた少女がカズキを見据えると、カズキは悲鳴も上げられずに崩れ落ちた。
『…………!!』
カズキの感じた苦しみが伝わってきて、俺たちは顔をしかめた。
どうやら、アリーナと呼ばれた少女は、手を触れずに苦痛を与えることができるらしかった。
皇帝は、悶絶する狼を面白そうに一瞥すると、もう興味を失ったように、立ち去っていった。
来たときと同じように、音もなく、迅速に。