Farewell

side d



帰り道、花屋で花を買った。

赤い花ばかりの花束を作ってもらう。

彼の無念を思うと、また涙が出た。


家に帰り、花瓶に花をさした。

2つのグラスにビールを注ぎ、1つを花瓶の前に置いて、チン、と重ね合わせる。

また飲もうなって、言っていたのに…。

優しい彼の笑顔が蘇って、目の前の花が滲んだ。

ブルル…とスマホが鳴って、俺は慌てて目尻を拭った。

今は誰とも話したくない。

無視しようとしたが、画面に出た名前を見て、慌てて通話をタップした。



「ゆづ…?」

「うん……」

電話の向こうの結弦は、言葉少なだった。

トロントの時間を確認すると、まだ夜明け前だ。

「…寝られへんの?」

「ん……」

ぐす、と鼻をすする音がする。

「もしかして、泣いとった?」

「…………」

「…俺も、泣いとったよ……」

「……そうなの?」

「うん……」

「…大ちゃん、俺、悔しい……」

「うん……」

「悔しくて、たまらないよ……!」

「うん……」

また溢れてきた涙を、今度は我慢せずにそのままにする。

「…あいつ、ええ奴やったよね?」

「ん……」

以前、勝負の世界でお互いギリギリのところにいたためとはいえ、彼とニュースに取り上げられるほどのトラブルになってしまったことを、結弦がとても後悔していたことは、よく知っている。

「こんなことで、失いたくなかった…」

泣き声になった俺を、結弦は静かに待っていてくれた。



しばらく一緒に泣いてから、電話を切った。

悲しいけど、優しい時間。

こういう気持ちを分けあえる存在がいる幸せに感謝した。

天国の彼にも、もう苦しみがないといい。

いつもさようならを言う機会があるとは限らない。

俺は、復帰を決めたこのシーズンの一瞬一瞬を大切にしたいと思った。

彼が最後に教えてくれたことを。




終わり



★心よりご冥福をお祈りいたします。

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