Blue Moon
その日の夕方、散歩から帰宅したダイを見て、僕は目を丸くした。
「…なぜかニャーニャー鳴いて俺の後ついて来るんだよね……」
ダイの腕の中には、真っ白な子猫がちょこんと収まっていた。
「あらあら、大変!」
ジョニーが慌ててキャットフードを買いに走って行った。
僕たちの家には、食べ物は常備されていない。
「身なりは綺麗だし、人慣れしてるから、どこかで飼われていたんだと思うんだけど…」
子猫は、トパーズみたいな瞳を見開いて、僕たちを凝視していた。
……ちょっと、固まってる?
「こんにちは。君、どこから来たの?」
ダイの腕の中を覗き込んで、そっと指先を差し出すと、子猫は僕を凝視したまま、すんすんと匂いを嗅いだ。
「フぎ…ィ」
奇妙な声を発して、やっぱり固まっている。
「急に知らない人がいっぱいで、びっくりしたのかな。」
ダイは、優しく微笑んで、子猫の頭を撫でた。
「ミァあン…」
子猫は、打って変わって甘えた声で鳴き、ダイの手に小さな頭を擦り付けるようにしている。
「ずいぶん、ダイに懐いてるね。」
「うーん…、飼い主に似てるのかな。」
2人して子猫を覗き込んでいると、ハビがやって来た。
「ダイ、猫を拾って来たって?俺たちの食糧?」
「…フギャ!?」
目に見えてびくっとする子猫を見て、ハビがにやにやする。
「…なんだ、こんなちっちゃいの、腹の足しにもならないな。」
「もお、ハビったら!」
ジェーニャがこつんとハビの頭を叩いた。
僕は、ダイと2人の部屋に戻り、ソファに並んで座った。
ダイの膝の上には、子猫が我が物顔で陣取っている。
ジョニーが買ってきてくれたフードをたらふく食べて、ミルクも飲んで、ご機嫌だ。
ゴロゴロ喉を鳴らしながら、伸び上がって、ダイの唇をペロペロと舐めた。
「…んっ、なんだよ。あれだけ食べて、まだ腹が減ってるのか?」
ダイは、くすぐったそうに顔を背けた。
…なんだか妬けちゃうな。
子猫にまで嫉妬してる自分が少し恥ずかしい。
今夜は、珍しい月が見えるから、ダイと見に行こうって約束してたけど。
夜は結構冷えるから、子猫を連れては無理だろう。
僕は立ち上がると、古いレコードを取り出して、針を置いた。
静かに流れてきたジャズに、ダイはおかしそうに目を細めた。
「ユヅって時々、オールドファッションだよな。」
「……ダイより長生きしてるからね。」
少し拗ねた口調になってしまった。
苦笑したダイが、おいでおいでと僕を手招きする。
ダイの隣に座ると、宥めるように抱き締められた。
「…忘れてないよ。コイツが寝たら出かけよう。」
ダイは、耳元でそう囁くと、僕をソファに押し付けるようにして、キスをした。
「…ん…っ……」
ゆっくりとシャツの上から身体を弄られて、僕はダイにしがみつく。
本当は、月なんてどうだっていいんだ。
ただ、君と一緒にいたいだけ。
「フギャ、ふギギ…!」
キスに夢中になっていると、ふわふわの毛玉が僕とダイの間に割り込むように潜り込んできた。
僕がダイにくっついているのが気に入らないのか、ダイの肩を掴んだ僕の指を引っ掻いたり噛み付いたりしてくる。
「こらこら、君の牙が折れちゃうよ。」
「んギ…?」
子猫をそっと抱き上げて、ダイの膝の上に戻してやった。
「…ったく、おちおちキスもできないな。」
めっ、とダイに叱られて、子猫の耳はぺたんと平行になった。
「ふふ、ダイのこと、大好きなんだね。」
「みぁン。」
しおらしくダイの手に頭を擦り付けてくる子猫は、そうすると許してもらえると確信しているみたいだった。
「こいつ、自分が可愛いって、分かってるな?」
そう言いつつ、ダイの顔は子猫にメロメロだ。
ダイが動物好きとは知らなかった。
「猫を飼うのも悪くないかな。」
僕はそんなふうに言ってみた。
……やがて来る別れは寂しいけれど。
僕にはダイがいるから。
「こいつ、迷い猫だからな。そのうち、自分の場所に帰るさ。」
ダイは、穏やかに答えた。
「なんか、今日はすっごく珍しいことが起きた気がする。」
「ミァ、みア!」
ダイに同意するように子猫が鳴いて、僕たちは吹き出した。
「ダイ、愛してる。」
「どうしたんだ、急に。」
「だって、言いたくなったんだ。」
ダイは、くすりと笑って、僕にもう一度キスをした。
終わり