星に願いを☆
その夜、俺は早めに布団に入った。
明日は七夕だ。
何としても大ちゃんに逢いたい。
本当だったら、もっと早くに会えていたはずなんだ。
あのウィルスさえなければ。
…ユキ、頼む。
俺は、ユキのトパーズみたいな眼を思い浮かべて、合掌した。
………あれ??
目覚めた俺は、妙な違和感に目をパチパチした。
視線は低いし、俺の手は白いクリームパンみたいなユキの手だ。
ユキの中に入り込めたのは確かなんだけど。
おかしいのは周りの景色だった。
…ここ、大ちゃんのマンションじゃない。
そこは、何やら時代がかった日本家屋の庭のようだった。
…どこなんだろう、ここ。
辺りをキョロキョロ見回したけど、見覚えはなかった。
…もしかして、ユキ、家出したのか!?
まさか!(俺じゃあるまいし)
それじゃ、迷子になったのか?
…か、帰らなきゃ!!
方角も分からないまま、駆け出そうとした俺の背後から、聞き覚えのある声がした。
「あれ、どうしたの、お前。どこから来たの?」
振り向いた俺は、危うく腰を抜かしそうになった。
なんと、俺にそっくりの青年が、着物を着て縁側に立っていたのだ。
「んシャーっっ(なんだこれっっ)!!」
余りに驚きすぎたせいで、背中の毛が逆立ってしまった。
「よしよし、怖くないよ。待ってて、今ご飯あげるから。」
俺のそっくりさんは、優しげに目を細めて微笑むと、奥に入って行った。
「あにさーん、笹はこんな感じでいいですか?…あれ?」
入れ替わりのように笹の枝を担いだ小柄な青年が庭の門から入ってきて、俺はまたびっくり仰天した。
「んシャシャーっっ(し、昌磨っっ)!!」
その青年は、なんと昌磨にそっくりで、やっぱり着物を着ていたんだ。
「あにさん、あにさんは何のお願いをするんですか?」
昌磨のそっくりさんが、大きな瞳をくるくるさせて俺のそっくりさんに話しかけている。
俺は、とりあえず、俺のそっくりさんにもらった茹でササミにかぶりつきながら、上目遣いに2人を盗み見た。
2人は、楽しそうに笹の枝を飾り付けている。
今日が七夕なのは間違いなさそうだった。
…一体、何が起こっているんだ……
ユキの中に入り込んだ時から、この世に理屈じゃ説明のつかない不思議な出来事があるのは分かってるつもりだけど。
家の中を見回して、俺はタイムスリップでもしてしまったんだろうか、と思う。
スマホもテレビもエアコンもないし。
着物姿の2人といい、何だか現代とは思えない。
「ただいまー。」
玄関がからりと開く音がして、聴き間違えようのない声がした。
……まさか。
「ふンぎゃァあ(大ちゃぁんっ)!!」
俺は、逢いたくて逢いたくてたまらなかった顔を見て、思わずダッシュで飛び付いた。
「う、うわっ…!」
大ちゃんはびっくりした顔をして仰け反ったけど、俺が落っこちないように抱き抱えてくれた。
「ミャアあん、フぎゃーァン…(大ちゃーん、逢いたかったよぅ)」
俺は、夢中ですりすりと大ちゃんの頬におでこを擦り付けた。
「あらら、このコ、大輔さんのことがすごく好きみたい。」
俺のそっくりさんは、目を丸くしながらおかしそうに言った。
「えぇ?どうしたんや、こいつ。」
「さっき庭に迷い込んで来たんだ。お腹減ってるみたいだったから。」
「ふギ、ぷギぎゃ!(違うもんっ、俺は大ちゃんに逢いに来たんだっ!)」
俺の抗議は、例によってまったく通じなかった。
「ささみ、足らなかったんでしょーかね?」
昌磨のそっくりさんまで、とんちんかんなことを言い出す始末だ。
「お、笹けっこうええ感じやん。七夕らしくなってきたな。俺も約束どおりちらし寿司買ってきたで。」
「やったぁ!」
昌磨のそっくりさんは、踊り出さんばかりに喜んでいる。
…俺の知ってる昌磨とは、だいぶ性格が違うな。
3人は一緒に住んでいるみたいだった。
そして、驚くべきことに俺のそっくりさんはユヅル、昌磨のそっくりさんはショーマという名前だった。
大ちゃんが「大輔さん」って呼ばれているのは違うけど、こんな偶然ってあるんだろうか。
俺は、パラレルワールドという言葉を思い浮かべていた。
それくらいしか、思いつかない。
だけど、3人は幸せそうだった。
大ちゃんが買ってきたちらし寿司を食べて、縁側であれこれ言いながら短冊を書いている。
「結弦、何て書いたん?」
「…うふふ。ずっと大輔さんといられますようにって。」
「…え、俺とおんなじやんか。」
「あっ、あっ、僕も入れてくださいっ。」
……あれれ。
このユヅルと大ちゃんって……
ユヅルの白い頬は、ピンク色に染まっていた。
俺は、胡座をかいた大ちゃんの膝の上に乗った。
「お前も短冊見たいの?」
ユヅルの手が優しく俺を撫でる。
俺は、ゴロゴロと喉を鳴らした。
どこか別の遠い世界で、こんなふうに俺と大ちゃんが幸せに暮しているって思うのも悪くない。
俺の大ちゃんには会えなかったけど。
幸せそうな大ちゃんと俺の分身みたいなユヅル。
可愛いショーマ。
「あっ、天の川だ。」
縁側に腰かけたユヅルが、夜空を指差す。
「ほんまや、綺麗やなぁ。」
「金平糖みたいですね。」
「もう、昌磨ってば、いっつも食べ物に見えるんだから。」
「ええー?」
はははっ、と大ちゃんが満面の笑みで笑う。
俺の大好きな、目尻にくしゃっとしわが寄る笑顔だ。
俺は、空を見上げて、天の神さまにお願いした。
——俺たちみんな、幸せになれますように。
大好きな人と一緒に。
空の星がチカチカと返事するように瞬いた気がした。
終わり