4月の嘘

朝起きて、いつものようにメールをチェックした俺は、スマホを取り落としそうになった。

『たった今トロントの空港に着いた。会いたい。』

慌てて電話をかけようとしたちょうどそのとき、スマホが震えた。

「だ、だいちゃんっ?!」

『ゆっ、ゆづ、どういうことや?!』

大ちゃんの声も慌てていた。

『お前、今フロリダにおるんっ?!』

「………あ。」

大ちゃんが起きる時間に合わせて、送信されるようにしておいたメール。

大ちゃんからのメールにびっくりしすぎて、頭から飛んでいた。

「…ごめん、それ、冗談。」

『……え? え?』

「エイプリルフール。大ちゃんを驚かせようと思って。」

俺の方が驚いちゃったけど。

『…な、なんやぁ……。びっくりしたやんか、もお…。』

「ごめんなさい。」

『いやいや。でも一瞬、期待してしもたわ。』

あはは、と笑う声にふと疑問が湧いた。

「大ちゃん、もしかして…」

『ん?』

「さっき、トロント着いたって……」

『…あ。』

大ちゃんの声のトーンで、俺は答えが分かってしまった。

「もお、大ちゃんこそ。俺の真似しないでよ。」

本気にして、もう少しで家を飛び出すところだった。

『ご、ごめん。メール送ってから、ゆづのメールに気付いて、頭から飛んどった。』

「もー。」

文句を言いながら、俺はおかしくなった。

俺たち、おんなじことで朝からアワアワして、バカみたい。

『以心伝心てやつかな。』

大ちゃんも、同じことを考えているらしかった。

「冗談じゃなくて、本当にすればよかった。」

『こんなときに飛行機乗ったらあかんって。お前、喘息持ちやのに。』

「そうだけど…。」

でも逢いたい。

冗談に紛らせた本心。

「日本より近くなるから、もっと逢えるかと思ったのに。」

『そうやな。』

大ちゃんの声は、優しかった。

『俺も、ほんまは逢いたい。ものすごく。』

「……うん。」

俺は、スマホを耳に押し付けた。

こうしたら、大ちゃんがもっと近くにいるみたい。

『ゆづ。』

「なに、大ちゃん。」

『体、気ぃつけるんやで。』

「うん。」

大ちゃんも。

『来季、がんばろな。』

「うん。」

世界に拡大する新種のウィルス。

夏のアイスショーはどうなるか分からない。

たった1人、心に想う人に逢うこともままならない。


それでも。


俺たちはつながっているから。

『……ゆづ。』

大ちゃんが、甘い声で恥ずかしそうに囁く。

俺は知らず微笑んだ。

どんなときでも、俺を幸せにする魔法の言葉。

使えるのは、大ちゃんだけだ。

「…俺も好きだよ、大ちゃん。」

願わくば、大ちゃんにとっても、俺がそうだといい。

そんなことを思いながら、俺はいつまでもスマホを耳に当てていた。



終わり
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