Don’t Get Me Wrong

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仕事の打合わせを終えると、深夜近くになっていた。

とぼとぼと仮の宿にしているウイークリーマンションに帰る。

なんだか、今日はすごく疲れた。

オートロックを解除して、部屋の前まで来たとき、思わず足を止めた。

誰かが、玄関前に蹲っている。



「…………結弦?」

たっぷり1分は黙ってから、おそるおそる声をかける。

なんであいつがいる?

あいつは、今アイスショーで全国を回っているはずだ。

けれど、その現実離れした小さな頭と、すんなり伸びた手足は、結弦以外に考えられなかった。



「…大ちゃん?」

「おまっ…、こんなとこで何しとるん?!」

結弦は、情けない顔でえへっと笑った。

俺は慌てて結弦を部屋の中に入れた。

そういえば、結弦が出演しているショーの会場から、新幹線でここまで2時間弱だったと思い出す。



「お前、明日もショーあるんやろ。どしたん、連絡もせんと急にこんなとこまで来て…。」

思わずくどくどとお説教モードになってしまった。

五輪連覇の王者は、多忙を極めている。

とにかく、無理はさせたくないと思って、連絡も控えているというのに。



うん…、と結弦は、俺が入れてやったお茶の入ったグラスを手に持ったまま、俯いた。

「…大ちゃんに、会いたかったんだ……。」

「…………。」

時々、こいつはこんな風に直球ストレートになる。

しかも、俺が何も言えないタイミングで。



俺は、黙って、その華奢な体を抱き寄せた。

「今晩、泊まって行くやろ…?」

腕の中の小さな頭がこくんと頷いて、背中に手が回される。

明日もショーを控えている結弦には、手は出せへんし、今晩は拷問やな…、と頭の片隅で思った。






もう夜も遅かったので、交代でバスを使ってから、狭いシングルベッドで抱き合って眠る。

覚悟はしていたけど、本気で拷問や……。

必死に目を瞑って、煩悩を追いやっていると、結弦がぽつんと言った。

「ね、大ちゃん…、誤解、しないでね。」

何をや、と言いかけて、俺はハタと思い至る。

最近、巷を騒がせている結弦と同門になる女子スケーターとの噂。

「なに、言うとるん?」

まったく気にならないと言えば、嘘になってしまうけど、本気にしない程度には、結弦の気持ちを信じている。

俺たちには、そう言えるだけの、一緒に過ごしてきた時間の重みがある。



俺は、黙ったままの結弦を抱きしめる力を強くした。

結弦が突然訪ねて来た理由がようやく分かった。

知らないうちに不安にさせとったんかな。

「誤解なんか、するわけないやん……」

我慢できなくなって、すべすべした頬に唇を落とす。

よかった…、と結弦が俺を見てにっこりした。



お願いやから、これ以上俺を煽らんで。

もうこれ以上ないほど、お前が好きなんやから。



俺は、腕の中の華奢な体を抱きしめる力を強くする。


もう今夜、一睡もできひんかっても構わへん。




終わり




☆ご本人も否定されましたし、書いてもいいかな…、と。
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