His name’s Phoenix


「ゆづ、久しぶり。」

ショーが終わったばかりの俺のホテルを訪ねて来てくれた大ちゃんは、数か月ぶりに会うというのに、まるで昨日会ったばかりのように自然に微笑んだ。

「……ん。」

目尻にキュッと皺を寄せて笑ういつもの笑顔を、正視できなくて少し俯く。

すっごく久しぶりで、会えるのを楽しみにしていたはずなのに。

実際に大ちゃんを目の前にしたら、笑うことさえできない俺。

「…どしたん、疲れとるん?」

優しく覗き込まれて、ますます顔が強張ってしまった。

「……何でもない。」

顔を背けると、ぷんとしたようになってしまって、大ちゃんがあわっという顔をした。

「つ、疲れとるんやったら、俺、帰った方がええかな……」

「……どこに帰るんだよ。」

思わず低い声が出てしまった。

俺のアイスショーの終わりと、大ちゃんのアイスショー合宿直前の隙間にようやく作ることができた2人の時間。

俺は、すぐにトロントに帰らなきゃいけないし、大ちゃんは新潟の合宿地に直行する予定だ。

「…あ、いや……、どっかにホテル、とって……」

あわあわし始めた大ちゃんを横目で冷たく見て、俺はベッドに腰掛けた。

とりあえず、落ち着かなきゃ。

これ以上怒ったら、ほんとに大ちゃん、帰っちゃいそう。

せっかく会えたのに。

素直になれないままの俺だけど、大ちゃんと一緒にいたい気持ちはあるんだ(いっぱい)。

「……ここ、座ったら?」

俺の隣のスペースを指し示すと、大ちゃんはほっとしたように俺のそばに来た。

「会いたかったで、ゆづ。」

「……ん。」

思い切って抱きつくと、優しい手が俺の背中を撫でた。



どれくらい時間が経ったのか、俺は夢見心地で薄目を開いた。

汗の引いた素肌が触れ合うのが気持ちいい。

大ちゃんの手が俺の髪をかき上げた。

「……大丈夫やったか?」

気遣うような囁きと一緒に、唇が頬に押し付けられる。

「久しぶりやったから、俺……」

「…………」

俺は黙ったまま、大ちゃんの腕に鼻先を擦り付けた。

……そんなの、答えられるわけないじゃん。

今まで素直になれなかっただけなのに(大ちゃんがもう少し押しが強かったらこんなに間が空くこともなかったのに)。

「……大ちゃんのばか。」

「……え?」

俺の呟きは、大ちゃんには聞こえなかったみたいだ。

「…そや、俺、ゆづに言うとかなあかんことがあんねん。」

大ちゃんは、俺をしっかりと抱きしめたまま、珍しくはっきりした口調で言った。

「……なに。」

……なんか、嫌な予感しかしないんですけど。

不機嫌になった俺に気付いていないのか、大ちゃんは大きく深呼吸して、口を開いた。



「…なぁにが、かも、だよっ。」

トロントで練習を終えた後、更新されたばかりの大ちゃんのインスタを見ながら、俺は悪態をついた。

最近の大ちゃんのインスタは、彼女に関連することが多い。

今回も一緒に写ってるし(ツーショットじゃないだけいいけど)。

大ちゃんが選んだアイスダンスのパートナー。

『俺さ……、アイスダンス、やるかも。』

日本のホテルで教えてもらったときは、まだ何も決まっていなかったけど。

俺は、どこかでこうなることを分かっていた気がする。

「…いいけど、べつに。……ほんとはよくないけど。」

大ちゃんがスケートにかける想いは理解しているつもりだ。

俺が大ちゃんの恋人だからって、口出しできる問題じゃないことも。

「……全部、事前に言ってくれたし。許してやるか。」

俺は、自分に言い聞かせるように口に出してみた。

言葉にすると、なんだか情けない。

俺は、タブレットを開いて、大ちゃんが送ってきた動画を見ることにした。

もう何度見たか知れないけど、何度見ても心が震える。

大ちゃんが、誰よりも先に俺に見てほしいと送ってくれた今季のショート。

あんなのを見たら、大ちゃんのスケートにあれこれ言うことなんかできない。

もしかしたら、大ちゃんはそれを分かってて送ってきたのかもしれない、なんて思ってしまう。

それほどに大ちゃんの滑りは、言葉よりも雄弁に俺に語りかける。

「嫉妬したって、仕方ないよね。」

俺は、画面いっぱいに躍動する大ちゃんの姿を見ながら独りごちた。

大ちゃんの、才能に。

大ちゃんが選んだ、彼女に。



俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。

俺は俺で、俺にしかできないスケートを追求するだけだ。

「大ちゃんに、嫉妬させてやる。」

炎のような情熱を纏って、蘇る大ちゃんのスケート。

それなら俺は、もっと熱く、もっと輝いて、さらに高く翔んでやる。

そして、永遠に終わらせないんだ。

俺たちを。



俺は、画面の中でフィニッシュのポーズをとる大ちゃんをきつく睨みつけた。



終わり










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