マスカレイド
運命の 仮面かぶり 素顔 忘れてく
夢見て 怪しくも 華麗に演じて
淋しさも 悲しみも 誰にも見えない
精霊の森 闇の色 彷徨うように
血の涙 銀色に光る 仮面に突き刺さる
マスカレイド 儚く
孤独のマスカレイド
ずっと知らないふりをしていた。
そのほうが都合がよかった。
叶うはずのない、想い。
いっそ気づかないでいられたら。
「羽生選手、そろそろお願いします。」
「はい。」
記者会見に出る直前、鏡に映る自分に仮面をつける。
五輪連覇の、真面目で、爽やかで、礼儀正しくて、でも負けん気の強い、アスリート。
羽生結弦。
どこまでもストイックに上を目指す。
飽きることのない向上心を持って。
いつからか、負ける怖さを口にできなくなった。
自信がないと、弱音を吐けなくなった。
周りが期待するのは、そんな俺じゃないから。
「…なぁ、大丈夫なん?」
遠慮がちに、心配そうに、そう声をかけたのは、その人だけだった。
他の友人や仲間は、あれこれ心配はしてくれても、最後には「ゆづなら大丈夫だよね。」と頷いて去って行く。
もちろん大丈夫。
そう返すことに何の疑問も持たなくなっていた。
「……何のこと?」
だから、その時も、何を言われているのかピンと来なかった。
「いや……」
その人…、大ちゃんは、きまり悪げに目をそらし、口ごもった。
フィギュアスケートの日本人男子選手として、数々の記録を打ち立てた彼は、今シーズン、突然4年ぶりに現役復帰して、マスコミとファンを巻き込んで大騒ぎを引き起こした。
本人はいたって謙虚で、自然体なのが解せないけど。
「ゆづ、夜、寝られてるか? 悪い夢見たり、せぇへん?」
「…………」
なんで分かるんだろう。
黙ってしまった俺に、大ちゃんは大きな瞳を心配そうに瞬かせて、俺を見た。
「いや、本調子やないときって、メンタルもやられるからさ。…あ、ゆづは全然俺より強いんは、分かってるねんけど……」
「……大丈夫だよ。」
力なく、そう言うことしかできない俺に、大ちゃんは、何度もうんうん、と頷いた。
「ゆづが、がんばってるんは、よう分かってる。ただちょっと、自分のときと重ねて心配してしもただけや。…ごめんな。」
ううん、と俺は俯いて首を横に振った。
口を開いたら泣き喚いてしまいそうだった。
「…ゆづ、よかったら、いつでも連絡してな。話聞くくらいやったら、いくらでもできるし。」
「…………」
そんなのいらない。
弱音を吐いたって、何にもならない。
むしろ、マイナスに働くだけだ。
そんな甘いこと言ってるから、俺に負けたんじゃん。
だいたい、勝算もないのに現役復帰とか、意味分かんないし。
ワールド辞退って何なんだよ!
なに、一人だけ別次元で充実してんの?
俺は、あんたと違って勝たなきゃ意味ないんだ。
お腹の中で、ありったけの罵詈雑言を吐き出して、そんな自分を強く嫌悪する。
大ちゃんは、黙ったままの俺を困ったように見ていたが、やがて、じゃあな、と言って立ち去った。
行かないで。
震えてる俺に、気づいたくせに。
手を伸ばしかけたなら、最後までちゃんと掴んでよ。
俺は、ともすれば涙で滲みそうになる目を凝らして、遠ざかっていく背中を睨んだ。
誰にでも向けられる、無責任な優しさが憎い。
そんな優しさなんて、いらない。
俺が言っている意味、あんたに分かんのかよ?
「……ゆづ? …ゆづなん?」
出口のない憤りを八つ当たりにも似た無言電話に変えて、何度かけただろう。
電話口の大ちゃんは、どこか必死な声で俺に話しかける。
いっつもとんでもなく鈍いくせに、なんでこういうときだけ。
どうして、彼だけが気付くんだろう。
ひび割れ始めている俺の仮面。
「………だい、ちゃん……」
「ゆづ!」
大ちゃんは何度もお礼を言った。
—かけてくれて、ありがとな。
—話せて、ほんまに良かった。
お人好しすぎて、バカみたい。
もう、これ以上好きにさせないでほしいのに。
俺、いつまでも大ちゃんに悪態をついていたいんだ。
俺の気持ち、何にも分かんないくせにって。
「ゆづ、今度日本に帰ってきたら、絶対会おう。な?」
「………ん…」
小さな約束を大事に大事に胸に抱く。
もし、昔みたいに素直になれたら、少しは何かが変わるのかな。
大ちゃんに憧れて、ひたすら追いかけていたあの頃。
こんなふうに、一人で戦い続けるなんて、思ってもいなかった。
「わ、ゆづ。月が見えるで?」
「………こっちは朝なんだけど。」
「でも、めっちゃキレイや。」
「…………もお……」
むかつくくらい、呑気な人。
俺は、思わず泣きそうになりながら、微笑んだ。
奇跡の月明かり 手のひらに零れ
幸せになる 深い音色のように
幼き希望の 記憶舞い踊る
流れる 熱い想いは仮面を熔かし
戻りたい ありのままでいい
素顔の自分に
マスカレイド 残酷に乱れて
マスカレイド 無常の償い
マスカレイド
マスカレイド 蘇る勇気の真実
終わり
※歌詞はToshiさんの「マスカレイド」からお借りしました。