一心
Daisuke
8ヶ月ぶりに見た彼は、ホテルで待っていた俺の顔を見るなり、くしゃりと笑った。
「…負けちゃった。」
無理して笑わんでええのに。
俺は、何も言えずただ彼の細い肩を抱いた。
「おかえり、ゆづ。」
「……うん。」
こんなとき、どんな言葉をかけたらいいのかなんて、分からへん。
そもそも、俺がここにいていいのかすら、自信がない。
ずっとずっと脅威だった。
彼の存在を疎ましく思ったことすらあった。
彼さえいなければ、こんなに苦しむことはないのに。
思わずそんな思いが胸をよぎり、さらにそんな自分を嫌悪した。
彼に勝てない自分を受け入れられなかった。
彼から思いがけず告白されたのは、思うように動かない脚を引きずって戦い抜いた4年ごとのスポーツの祭典の後だった。
日本人初の金メダルを手にした彼は、思いつめた表情で、つっかえたりどもったりしながら俺に想いを告げた。
もちろん受け入れられはしなかったけれど、彼の真剣な眼差しに胸を打たれた。
——願いが叶わないことには慣れているから。
彼を傷つけないように注意深く断りの言葉を口にした俺に、彼はそんなふうに言って笑った。
誰もが羨む栄光を手にした、その瞳で。
彼にすべてを託して引退してからも、彼は変わらず俺を見つめ続けてくれた。
そんな彼に応えたいと思うようになるまで、大して時間はかからなかった。
今は、俺の想像もつかない、はるかに過酷な戦いを続けている彼。
せめて、俺といるときは、心安らかに寛いでほしかった。
「…大ちゃん、優しすぎ。」
ベッドの中で、何度も口付けを交わし、抱きしめ合った後。
まだ少し汗ばんだ身体を俺に押し付けるようにして、彼が甘えた声で言う。
俺はそっとその滑らかな頬を指で撫でた。
「……酷くしてほしかったのに。」
「そんなん、できひんよ……」
想いを込めて彼に口付ける。
いつの間にか、こんなに彼に囚われている。
彼を傷つけるすべてのものから、守ってやりたいと。
できもしない想いを抱くほどに。
「…ねぇ、大ちゃん。」
彼の眼差しは、胸が締め付けられるほど透明で、すっきりと澄んでいた。
俺に想いを告げたあの日のままに。
「……記録はいつか破られるでしょ。ずっと勝ち続けることもできないし。……だったら、俺の滑る意味は何だろうね?」
「……………」
俺は、ただ彼を抱き締めることしかできなかった。
その答えを、俺は持っていないから。
「……お前のスケートが好きや。……ずっと、ずっと見ていたい。」
拙い言葉を絞り出した俺に、彼はにっこりした。
「……俺も、大ちゃんのスケート大好き。ずっと、ずっと見ていたい。」
俺たちは誓いの口付けを交わす。
言葉にならない想いを込めて。
すべてを投げ打ってきたのだから。
最後まで出し切れるように。
後悔しないように。
たったひとつ。
過酷な戦場に立ち続けることを選んだ彼への。
心からの俺の願いだ。
終わり
8ヶ月ぶりに見た彼は、ホテルで待っていた俺の顔を見るなり、くしゃりと笑った。
「…負けちゃった。」
無理して笑わんでええのに。
俺は、何も言えずただ彼の細い肩を抱いた。
「おかえり、ゆづ。」
「……うん。」
こんなとき、どんな言葉をかけたらいいのかなんて、分からへん。
そもそも、俺がここにいていいのかすら、自信がない。
ずっとずっと脅威だった。
彼の存在を疎ましく思ったことすらあった。
彼さえいなければ、こんなに苦しむことはないのに。
思わずそんな思いが胸をよぎり、さらにそんな自分を嫌悪した。
彼に勝てない自分を受け入れられなかった。
彼から思いがけず告白されたのは、思うように動かない脚を引きずって戦い抜いた4年ごとのスポーツの祭典の後だった。
日本人初の金メダルを手にした彼は、思いつめた表情で、つっかえたりどもったりしながら俺に想いを告げた。
もちろん受け入れられはしなかったけれど、彼の真剣な眼差しに胸を打たれた。
——願いが叶わないことには慣れているから。
彼を傷つけないように注意深く断りの言葉を口にした俺に、彼はそんなふうに言って笑った。
誰もが羨む栄光を手にした、その瞳で。
彼にすべてを託して引退してからも、彼は変わらず俺を見つめ続けてくれた。
そんな彼に応えたいと思うようになるまで、大して時間はかからなかった。
今は、俺の想像もつかない、はるかに過酷な戦いを続けている彼。
せめて、俺といるときは、心安らかに寛いでほしかった。
「…大ちゃん、優しすぎ。」
ベッドの中で、何度も口付けを交わし、抱きしめ合った後。
まだ少し汗ばんだ身体を俺に押し付けるようにして、彼が甘えた声で言う。
俺はそっとその滑らかな頬を指で撫でた。
「……酷くしてほしかったのに。」
「そんなん、できひんよ……」
想いを込めて彼に口付ける。
いつの間にか、こんなに彼に囚われている。
彼を傷つけるすべてのものから、守ってやりたいと。
できもしない想いを抱くほどに。
「…ねぇ、大ちゃん。」
彼の眼差しは、胸が締め付けられるほど透明で、すっきりと澄んでいた。
俺に想いを告げたあの日のままに。
「……記録はいつか破られるでしょ。ずっと勝ち続けることもできないし。……だったら、俺の滑る意味は何だろうね?」
「……………」
俺は、ただ彼を抱き締めることしかできなかった。
その答えを、俺は持っていないから。
「……お前のスケートが好きや。……ずっと、ずっと見ていたい。」
拙い言葉を絞り出した俺に、彼はにっこりした。
「……俺も、大ちゃんのスケート大好き。ずっと、ずっと見ていたい。」
俺たちは誓いの口付けを交わす。
言葉にならない想いを込めて。
すべてを投げ打ってきたのだから。
最後まで出し切れるように。
後悔しないように。
たったひとつ。
過酷な戦場に立ち続けることを選んだ彼への。
心からの俺の願いだ。
終わり