After Parade

side yz



「大ちゃん?」

少しの間途切れた会話に、不安になって名前を呼ぶ。

大好きな優しい人。

どうしてもオリンピックの金メダルが欲しくて、スケート以外を全て後回しにしたときも、優しい笑顔で、がんばり、と言って待っていてくれた。

「テレビ、見てたで。ぎょうさんの人にお祝いしてもろて、よかったな。」

その人が相変わらず甘く、少し舌足らずな口ぶりで祝ってくれる。

本当は、たくさんの人じゃなくていい。

たった一人、心から想う人に祝福されて、うん、と返事する声が弾む。

「天気もよかったしな。」

その人は、そう言ってから、さっきも同じことを言ったのに気づいたみたいで、コホ、と空咳をした。

どんな言葉でも、その人が話してくれるなら、俺はいいんだ。声を聞いているだけで、幸せになれるから。

でも本当は、少しだけ逢いたい気持ちがある。

ううん、本当の本当はすごく逢いたい。

岡山に帰ったばかりだと言うその人の言葉に、少なからずがっかりする。

もし東京とかだったら、逢いに行ったのに。

気づいたら、逢いたい、と口に出してしまっていた。

慌てて、無理だよね、と冗談にする。

「逢おうや。俺、仙台に行ってもええし。」

だから、いつもより少ししっかりした声で、その人がそう言ったとき、俺はびっくりして言葉が出なかった。

「でも…、悪いよ、俺…。」

すごくすごく逢いたいけど。

ただでさえ、いつもいつも俺の都合で逢うのは先延ばしで、パパラッチされる危険とか、迷惑ばっかりかけてるのに。

交通費かけて、往復する時間の方が会っている時間より長いかもしれないのに。

「ええねん。逢いたいんは、俺やから。」

その人は、潔いほどきっぱりした声で言う。

どちらかというと押しが弱くて、周りを気遣ってばかりの人が、そんなふうに言ってくれるのが、嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになる。

パレードのときは嬉しくて嬉しくて笑ってばかりだったのに。

俺は大きく息を吸い込み、俺だってすごく逢いたいよ、と震える声で告げた。



よっしゃ、待っとれ、と頼もしく言われて、すぐに切れた携帯を握りしめる。

もうすぐ、あの人に逢える。

あの人が逢いにきてくれる。

きっと、あの目尻にシワのよるくしゃっとした笑顔で、俺の名前を呼んでくれるだろう。

そうしたら、抱きついて、キスをしよう。

いつまでも離さないで、と言ってみよう。


時計を見ると、まだ電話を切って数分しか経っていなかった。

今まで大丈夫だったのに、逢えるとなると、すぐに逢いたくてたまらない。

はやる気持ちが形になるなら、背中に羽を生やして、飛んで行くのに。

俺の心は、あの人だけのもの。



俺は、携帯を握りしめたまま、あの人の輝くような笑顔を思い浮かべていた。



おわり
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