A Question of Honor
If you win or you lose,
it’s a question of honour
And the way that you choose,
it’s a question of honor
「……何してんの、こんなとこで。」
ホテルのロビーに呼び出された俺は、驚きを隠そうと思わずお腹に力を入れて、低い声を出してしまった。
「…や、いや、せっかく日本におるんやし、逢いたいな、と思て……」
焦ったように情けなく眉を八の字にして、頭をかく目の前の恋人を、睨みつけるみたいになってしまった。
だって、すごく逢いたいけど、逢いたくなかったんだ。
こんな状態の俺を、見られたくなかった。
「……なんでここが分かったの。」
帰国することも言わなかったのに。
「あ…、ノブに聞いて……」
「……………」
ロシアで心配し過ぎなほど心配してくれたノブ君に、うっかり言ってしまった俺が悪い。
唇を噛んで踵を返した俺を、遠慮がちな足音が追いかけてくる。
「ゆ、ゆづ、ごめん…。来たら、迷惑やった?」
迷惑だよ。
ギリギリのところで前を向いてるのに。
顔を見たら甘えてしまう。
悔しさや歯がゆさに飲み込まれてしまいそうなんだ。
「…あんた、全日本まであと1ヶ月だろ。こんなとこで油売ってていいのかよ。」
「…………まぁ………」
多分俺は出られないだろうけど。
一緒に滑ろうっていう約束を、まさか俺が破ることになるなんて。
「…………足、どうなん?」
「……見ての通りだよ。」
エレベーターの中は、幸か不幸か2人きりで、俺は壁にもたれて、松葉杖を持ち上げて見せた。
歩けないわけじゃないけど、出来るだけ足に負荷をかけないようにと言われて、使っている。
俺の気分を察してか、大ちゃんはそれ以上何も聞かなかった。
部屋に入ると、背を向けたままの俺に、大ちゃんが後ろからそっと腕を回してきた。
「……やめてよ、そういうの。」
不覚にも涙が滲んできて、俺はそう口にしたけど、体は動かなくて、むしろ大ちゃんに体を預けるみたいになってしまった。
「ゆづ……」
大ちゃんが耳元で囁いて、唇が頬に押し当てられる。
「…や………」
ぽろりと涙が溢れた。
* * *
朝、目覚めると、大ちゃんはもういなかった。
ベッドの中に、一人分空いたスペースが愛しくて、寂しい。
昨晩、怪我をしてから初めてわんわん泣いて、大ちゃんにいっぱい八つ当たりをした。
大ちゃんは全部受け止めてくれた。
冷静になってみれば、大ちゃんだって大きな怪我をして戦ってきていたわけで、俺の気持ちなんて、お見通しだったのかな、と思う。
ゆづとはかかるプレッシャーが違うから、なんて言って笑っていたけど。
以前とはどこか違う境地で戦っているらしい大ちゃんが、格好良くて、少し羨ましかった。
まだ勝てない気がするのが悔しい。
俺は、うーんと伸びをした。
久しぶりにぐっすり眠った気がする。
気分もいつになく無理なく前向きだ。
俺はスマホを手に取ると、トロントに戻る算段を始めた。
* * *
1ヶ月後の全日本選手権。
大ちゃんは、戦った。
そして、やっぱり大ちゃんだった。
ワールド辞退はふざけんなよ、って思ったけど。
一緒に滑ろうって約束、まだ果たしてないだろ(最初に破ったのは俺だけど)。
俺に相談もしないで勝手に決めて、一言文句ぐらい言ってやろうっ、と電話をかけた。
「あ、ゆづ? …え、見ててくれたん? うそぉ、なんで?!……あはは、やってもうた……カッコ悪すぎやぁ……」
大ちゃんの声は底抜けに明るかった。
外にいるのか、移動しているような音がする。
「大ちゃん、どこにいんの?」
「…あー、いや…、まさかエキシ出るとは思わんでな、何も用意してなかったから、今急いで取りに戻ってるねん。」
「……………」
アホか。
「もうっ、好きにしたらええねんっ(怒)」
大ちゃんの口調を真似て、スマホに向かって怒鳴り、電話を切ってやった。
大ちゃんのびっくりした情けない顔が目に浮かんで、思わず吹き出してしまう。
来年3月のワールド。
俺には俺の。
大ちゃんには大ちゃんの。
たとえ場所は違っても、俺たちは一緒に戦い続ける。
勝っても負けても
誇りを持てるかどうか
自分の選んだ道に
胸を張れるかどうか
そうだよね?
大ちゃん。
終わり
Spread your wings in the world, dyz!!
※冒頭の歌詞とタイトルは、Sarah Brightmanの歌詞から拝借しました。