[平常?]イナホ×まじ快[異常?]

「……あいつどこ行きやがったぁ?」
 会場を探し回る中森警部は、うなり声を上げていた。自分たちの目の前をあの目立つ格好でうろついていた怪盗KIDが、突如として姿を消したからだ。同じくKIDを追っていた警官も、コナンさえもこの不思議な状況に首を傾げていた。
「っていうか、俺たちは一体何をしていたんだ?」
 警官の中にはこう呟く者が数名いる有様。コナンは流石に可笑しいと感じた。さっきまで真剣にKIDを追いかけていたのに。っていうか、あれは本当にKIDなのかという疑問がコナンの中で浮かび上がる。あのKIDが目立つ格好でわざわざ捕まえに来る対象の前をうろつく方が不自然だ。大体KIDが逃げる際は一般人に扮するもの。改めてみれば明らかな罠だと気づき、コナンは唇を噛んだ。もうKIDが外に出ているなら、宝石は盗まれてて当然。また逃げられたことが、悔しくて仕方がなかった。
 
「宝石なら無事ですよ。」
コナン・次郎吉・中森警部・警官以外にいないはずの空間に、突如として子供の声が響いた。その声に驚いて振り返れば、ボブカットで丸眼鏡の少女がいた。
「イ、イナホ姉ちゃん?!」
「いや~、コナン君。数時間ぶり!」
コナンが驚きの声を上げるけれど、イナホは飄々とした態度で答える。
「な、なんでイナホ姉ちゃんがここに?っていうか依頼はいいの?」
「はいはい、落ち着いてね~。依頼は達成してるから大丈夫!なぜここにいるのかって、ただ単に興味持っただけ。何年も捕まっていないっていう大怪盗にね。」
 その言葉に中森警部がピクッと反応する。いわば野次馬が紛れ込んでいたのも同然なわけなのだから。中森警部は警官に𠮟責するが、それは八つ当たりのようなものなのを、イナホは知っていた。"普通の人"が現場に隠れていたイナホを見つけることなどできなかったのだから。
「で、イナホと言ったか。宝石が無事とはどういうことじゃ?確かに宝石はきゃつに盗まれたはず……。」
「ふぇ?だってここにありますもん。」
次郎吉に問われたイナホはそう言って、"何もないところ"から大きなエメラルドを取り出した。それは間違いなく、ここに飾られていたモノだった。
「い、一体どういうことだ?」
 中森警部は混乱のあまりそう零す。
 確かにKIDは宝石を持ち去った。……宝石に扮した、イナホの"友達"を持ち去った。そう、あの展示ケースに飾られていたエメラルドは、イナホの友達妖怪で宝石ニャンの一人であるエメラルニャンが宝石に化けていたモノだったのだ。つまり今回のこの現場は、KIDも警察も全てイナホの手のひらで踊らされていた。状況を理解できずにポカンとする警察たちに対し、イナホは"いい笑顔"を浮かべる。コナンはそれで悟った、何を聞いてもイナホは答えないことを。USAピョンは現状を見て、やれやれと首を振るだけに終わった。
 イナホは上手いこと警察からの追及を回避し、現場の入り口に出た。そして、首を傾げている男性を見てニヤリと笑った。その笑みが何を意味するのか分かり切っているUSAピョンは呆れのため息を吐いて、その男性に近づいていくイナホを眺めていた。

「どうでした?一風変わった逃走劇は。いつもより面白かったでしょう?」
 一般人の変装を解いた快斗は、耳元でその声を聴いて一気に振り返った。真後ろにいたのは、ボブカットで丸眼鏡の少女。"いい笑顔"を浮かべているイナホである。あくまで一般人を装うことに決めた快斗は、とぼけた。しかし、妖怪という存在と関わっているイナホには無効であった。イナホはニヤリと笑うと、現場でKIDが言い放った言葉を一言一句間違えずに復唱する。そして、とどめともいえる台詞を耳元でささやく。
「普段貴方が揶揄っている相手が、幻を追いかけてるの見てどうでした?」
 その言葉に快斗は驚きで言葉が出なかった。彼女が何かを仕込んだことが分かったからだ。こんな特徴的なのに気付かなかった自分自身への驚きもあるが。
「あんた一体何者なんだ?」
 快斗はそう聞く他なかった。ただの少女が、ここまで"異常"な行動が起こせるはずもない。けれどそれは逆に考えれば、"妖怪ウォッチでこの現状が起こせる人物"ということだから。イナホはその言葉に面を喰らい、一瞬ポカンとしてから目をつぶって深呼吸をした。そして目を開けると、自然な笑みを浮かべて言った。
「目に視えない存在と友達になっている、オタクな小学生ですよ。」
 さっきまでの揶揄いを含んだものでない、純粋な笑みに快斗は何も言い返すことはできなかった。


「イナホ姉ちゃん!」
 沈黙がその場に流れたが、それを破るように二人にとって聞き覚えのある声が響いた。片方にとっては、天敵である存在の声だ。イナホはその声に軽ーく応じる。コナンは警察からの事情聴取をバックレたイナホを追いかけに来たのだった。イナホはコナンの追及を笑いながら躱す。その様はどこか不気味で、快斗は何故か冷や汗をかいていた。そんな快斗の様子には、"誰一人として"気づいていなかったのだが。
「ってかなんでまだいるんだ、KID!」
 イナホに揚げ足を取られ続けバテていたところで、コナンの視線は快斗に向いた。快斗は内心焦っていた。今の姿は怪盗KIDでない、普通の高校生・黒羽快斗だ。特殊メイクなしでコナンの本来の姿である新一に幾度となく化けたことはあるものの、髪さえ変えていない状態を見られたことはなかった。コナンこと新一のことだ、素顔が自分に似ていると分かれば相棒なり博士なり父親なりを駆使して、怪盗KIDの正体である黒羽快斗に辿り着きかねない。しかも最新の調べだと、FBIだのCIAだの公安だのとKIDとして敵に回したくない存在が軒並み名を連ねているのだから猶更だ。どうか"黒羽快斗"は見逃してくれよな!!そんな思いで、快斗はコナンを見ていた。

 快斗とコナンの掛け合いを眺めていたイナホはふと空を見上げた。すっかり日は沈み一等星の幾つかの光が地上に届いていた。
「すっかり遅くなっちゃったなぁ~。」
 随分呑気な事を言ってのけるイナホに、USAピョンは呆れのため息を吐く。急に計画を変更しKIDの現場に潜入したため、夜中に出歩くための準備―身代わりの依頼をしていないのだ。普通なら親に怒られそうな状況であるのに、イナホは呑気なのである。掛け合いにも似た二人の言い争いが終わったとみて、イナホが立ち上がった途端。三人とも空気が変わるのを肌で感じた。
 これは”自然の空気ではない”。
 言うなれば、この世の感覚からは外れたもの。
 得体のしれないモノ、目に視えないモノに遭遇した時に感じる、あの不気味さが徐々に三人を囲っていく。
 夜だから分かりにくいものの、辺りの家から漏れていたはずの明かりが光りを発したままモノクロにシフトする。月の明かりも異空間に入ると同時に届かなくなる。完全にモノクロになると同時に、黒い煙が辺りを充満し恐怖を感じさせる地響きのような足音が響く。
そして……。
「アカーン!!」
 足音よりも派手に響く鬼の雄叫び。


子供の恐怖が具現化した悪夢と言われる”鬼時間"。

コナンと快斗は、巻き込まれたのであった。




[さらにカオス]鬼時間へようこそ[イナホ×コナン+まじ快]へ続く!
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