[平常?]イナホ×まじ快[異常?]

 安室達と別れたイナホは、ルンルンで米花駅に向かっていた。もう、依頼は達成済み。今日は元々依頼が終わったらイナホがお気に入りの場所・アオバハラに行く予定であった。あれだけ興奮し暴走気味だったのに、まだ疲れた様子を見せないイナホにUSAピョンは既に呆れていた。
「にしても、なんで最後あんなこと言ったんダニ?」
 周りが余り見ていないことを確認して、USAピョンはイナホに質問した。去り際に行ったあの言葉の意味を聞こうとしたのだ。
「だって、かっこいいじゃん。"need not to know”って。意味は知らないけど。小説っていうか、ドラマで見て一度言ってみたかったんだよね~。あんなに驚いたのには、こっちが驚いたけど~!」
 そう言いながらケラケラと笑うイナホを見て、USAピョンは膝から崩れそうになるのを抑えた。
そうだ、そうだった。
未空イナホという人物は、全方位オタクが故気に入ったシーンなどはとことん真似したがる傾向がある。セラピアーズのフィギアはアニメの1シーンを完全再現しているし、イナホの秘密がバレるとヒヤヒヤしたあの時だって、態と全て話してから"このまま帰ってもらっちゃ困る”と暗黒笑みを浮かべてわすれん帽を喚んだ程だ。後で聞けば、"映画で見て一度やってみたかったから"などと宣った。下手すればケータにまで飛び火するような事態を、自分の欲求を満たすために使うその豪胆さには、流石のUSAピョンも驚きを隠せなかった。そのようなことがあるから、言葉の意味を理解していないなんてことはザラ。寧ろかっこいいからと意味も分からず濫用しそうなのが未空イナホという存在である。
 恐らくあの二人は"need not to know"の意味をしっかりと理解しているだろう。だから、小学生の口からその言葉が出て警戒したというところだろう。しかし、言った張本人は唯々”かっこいいセリフを言えた"と舞い上がっているのだが。
(なんか、イナホがすまんダニ……。)
 もう今更ではあるが、USAピョンはあの二人に対して心の中で詫びた。言葉で伝えようにも、二人には"USAピョンが視えない"からどちらにしても同じではあるが、USAピョンにとっては謝らずにいられなかった。

 米花駅の自動改札を通ろうとした途端、急にイナホは立ち止った。一瞬、USAピョンも誰かの取り憑きを疑ったほど。イナホはじっと電光掲示板に表示されていたニュースをガン見していた。そこには……。
「怪盗キッド、次なる予告」というテロップと共に、今まで見たことのない大きさのエメラルドが映し出されていた。



時を巻き戻し、昼の江古田高校。一人の男子生徒がタブレットを見てにやついていた。
黒羽快斗。
マジックが得意なマジシャン気取りの高校生。だがその裏の顔は、宝石を専門に盗みを働く今世間を騒がせている”怪盗キッド”だ。「ケケケ…。次の獲物もちょちょいのちょいだぜ!」
「あら、そう簡単にいかないかもしれないわよ?」
快斗に後ろから声を掛けてきたのは、転校してきた小泉紅子あかこ。美人と言えるルックスだが、実は赤魔術を継承するれっきとした魔女である。
「『月明かりの失せる時、魔導鏡の使い手南より現る。人ならざるモノ数多て、白き罪人に終わりを告げん。』
邪神ルシファーから受け取った予言よ。」
「また胡散臭いもんを……。ってか、魔導鏡とか、人ならざるモノとか……幽霊でも出んのかよ?」
「それはどうかしら。少なくとも、今回の犯行は、気をつけた方がいいわ。下手すれば捕まるかもしれないわよ、あの時計台の時みたいに。」
 紅子がそう言うと、快斗はあからさまに顔を顰めた。その当時は知らなかったが、実は快斗が名探偵と呼ぶコナン、基新一と直接対面した事件ヤマだった。変装の達人を身内に持つ新一だからこその着眼点にヒヤヒヤさせられたのだ。
「嫌な事、思い出させんなよな。あん時はマジでヤバかったんだからよ〜。まぁジイちゃんとよく話してみるわ。」
「そうすることね。」
そう言って紅子は自席に座った。その一連の動作に、惚れている他の男たちに見向きもせず。紅子はただ、快斗の安全を祈っていた。



 その日の夜。普通なら家に帰っているはずの時間帯。イナホは元気いっぱいで怪盗キッドが予告した場所に潜入していた。そう、"怪盗"という単語を見て、オタクスイッチが入らないイナホではなかった。何年も捕まっていない大怪盗。その踊り文句を見た途端、"我がイナウサ不思議探偵社として放っておくわけにはいきません!"と宣ったイナホに、USAピョンは本日何度目か分からない呆れのため息を吐いたのは最早定番化した光景だった。
「ホントに潜入するんダニ?」
もう日中のイナホの言動でヘトヘトなUSAピョンは、早く帰りたいがためにそう声を掛ける。しかし、スイッチの入ったイナホにその言葉は一切届いていない。しかもこっちの話を聞かずの自分の花畑の中に入ってしまっているイナホに、USAピョンの限界が来た。人目のある所では避けなければという理性が吹っ飛ぶほど、イナホの言動に疲れていた。
「いい加減に、するダニ!!」
 ヘルメット内に黒い煙が充満し、目を文字通り赤く吊り上げ、レーザー銃を乱射する。精神的に疲れたUSAピョンの、本日何度目になるか分からないベーダ―モードである。結局また"鬼ごっこ"が始まり、USAピョンの姿が視えない通行人たちはイナホを不審な目で見ていた。



 "キッドキラー"こと江戸川コナンは鈴木財閥の相談役・鈴木次郎吉に呼ばれ、今夜もまた怪盗KIDの予告現場にいた。ただ、コナンはイナホに言われた言葉を忘れられず、悶々としていた。あっさりと解決した事件、イナホの意味深な言葉。現実主義のコナンの価値観を揺るがしかねないあの現場を、忘れることはできなかったのだ。
(幽霊とかお化けとか、そんなモノいるわけねぇのに……。)
 そもそもそんなものを認めてしまったら、人がしでかしたトリックなどが全て"ソイツラ"のせいになる。それじゃあ探偵の意味はない。シャーロック・ホームズに憧れ"平成のシャーロックホームズ"と謳われたことのあるコナンは、その考えを無理に振り切ろうとハートフルな怪盗さん(相棒の灰原談)作成の暗号を読み解くことに集中した。



 イナホとUSAピョンによる恒例の「鬼ごっこ」が始まって早20分。流石の二人も息が上がる頃である。しかし、立ち直るのが早いのもイナホの特徴。こればかりは相棒のUSAピョンでさえ、"魔の五年一組"の噂を理解せざるを得なかった。早く立ち直ったイナホは、声がする方に向かっていった。相変わらず好奇心の塊である。USAピョンは慌ててイナホを追いかけた。
「……で、ジイちゃん。作戦の方は?」
「今のところ、問題はないでしょう。」
 そこでは、怪盗KIDこと黒羽快斗が助手の寺井黄之助と最終確認をしていたのだ。
「なんか紅子が言うには、今回結構ヤバいらしいからなぁ。魔導鏡だの、人ならざるモノだの……。オカルト系は魔女だけで十分だっつーの。」
「快斗ぼっちゃま……。くれぐれもお気を付けて。」
「あぁ。」

まともに聞いてしまったイナホとUSAピョンは顔を見合わせた。"魔導鏡"・"人ならざるモノ"。”魔導鏡"には心当たりがないが、"人ならざるモノ"には心当たりがあり過ぎた。イナホの傍にいる、相棒たるUSAピョン。USAピョンは特定の条件を満たしていなければ視ることが叶わない、妖怪だ。
「まっさか、こんなところで怪盗KIDの正体を知っちゃうなんてねぇ。でも、面白くなってきたじゃん!」
「……ユーは気まずくなったりしないんダニ?」
 普通なら他人の秘密を知ったら気まずくなるはずなのに、イナホは全くそういう素振りを見せるどころか、楽しんでいる。やはり、イナホは変わっている。
「あのお調子者っぽいお兄さんが、どのように怪盗KIDになるのか気になるじゃん!あっ!せっかくならさ、妖怪たちの力使ってみない?近くに魔女がいるらしいし、妖怪が引き起こす現象を見てどんな反応するのか気になるし!」
 笑顔でそう言い切るイナホを見てUSAピョンは思った。
(元気そうでなによりダニ……。あと、すまんダニ……。)
 これから被害に遭うと考えられる怪盗KIDに対し、USAピョンは心の中でそっと詫びた。
1/3ページ