埋葬編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
快晴の空。
暖かな日差しの中、縁側に座りこくりこくりと船を漕ぐ。
「名前さん」
「……わっ!」
「驚かせてしまったようですね、すみません」
「光明様!い、いえ!」
ゆったりと隣に腰掛けた光明様を横目に、手櫛で髪を整える。
変な顔をしていなかっただろうか。
「名前さん。こちらへどうぞ」
「え……?」
いつものように穏やかな笑みで、ぽんぽんっと自身の膝の上を叩いていらっしゃる。
それって、いわゆる。
「オジサンの硬い膝では、少し居心地が悪いかもしれませんが」
「え、い、いや……!」
「やはり、嫌ですか?」
しょんぼりと眉尻を下げた光明様に、とんでもないと勢いよく首を横に振る。
「光明様が嫌な事なんてありません!けど、」
「それなら」
「う、……わっ!」
光明様の膝枕。
見上げる先にはもちろん光明様の美しいお顔があって、さらりと金髪が揺れる。
耐えきれずに、私は両手で自身の顔を覆った。
「おや、可愛らしい顔を隠してどうしたのですか?」
「光明様……」
「名前さんの寝顔を堪能したかったのですが、仕方ありませんね。秋空でも見上げておきましょうか」
そんなもの堪能しなくていいです。
しばらくして聞こえたのは息を吐く音と、煙草の匂い。
「こちらへ来てから、眠れないのですか?」
光明様の言葉に、ピクリと身体を震わせる。
なんでこの人は、何でもお見通しなのだろう。
おそるおそる顔から手を下ろすと、宣言された通り光明様は遠くを見つめていて、私は安堵してまぶたを閉じる。
「月が、こわいんです」
この世界に来たあの夜。
脳裏に焼き付いた、照らされた鈍色の刃。
優しくて冷たくて、厳しくてあたたかくて。
それは同時に、光明様にとてもよく似ていらっしゃるから。
「お月様には、ウサギが住んでると言いますね」
「……はい」
「きっと、名前さんみたいに可愛らしいんでしょうね」
「私、かわいくありません……」
「おや?では、ウサギも可愛くないと?」
「ウサギは、かわいいです」
「では、名前さんも可愛いですね」
なんだか、よくわからなくなってきた。
頭に乗せられた大きな手が、そっと髪をなでる。
そのぬくもりが心地よくて、眠気を誘う。
「お月様がいつも看ているのは、きっと名前さんの事が心配で大好きなんですよ」
まるで子供に言い聞かせるように、光明様は言葉を紡ぐ。
「だから、安心してお眠りなさい。ずっと、看ていますから」
夢と現実の境目をたゆたうまどろみ。
ふんわりと、やわらかなぬくもりが唇にふれて、って。
ん、んん?
「光明様?今、何か……」
「ええ、おやすみのキスを」
息を呑んで、光明様の膝から勢いよく起き上がる。
すぐ隣で平然と座っている光明様は、不思議そうに首を傾げてポニーテールを揺らす。
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「だって、いきなり、そんな……!」
眠気なんてもちろん吹っ飛ぶわけで。
頭から湯気が出そうなほど熱くて、きっと耳まで真っ赤になっているだろう。
「ふふ、可愛らしいですね」
そう言われて、ぎこちなく目を伏せる。
光明様の手が熱を帯びた頬にふれて、冷たくて気持ちいい。
この人は本当にお坊さんなのだろうか、と幾度となく湧いた疑問が頭を過ぎる。
「すみません。名前さんを見てると、つい意地悪したくなっちゃいまして」
ずるい人だ。
これがたとえ本気じゃなく、ただの気まぐれや遊びだとしても。
頬をなでる光明様の手に、自身の手を重ねる。
「私、光明様のためなら……その、何されても嫌じゃない、です」
沈黙が重い。
こんな事、今まで一度も言った事はない。
だけど、本心だった。
軽い女と見られて、嫌われただろうかと思い、顔を上げる事ができない。
「そんな事言ってオジサンを誑かすなんて、イケナイ子ですね」
「光明さ、……んっ」
名前を呼ぼうとした口は、光明様にふさがれた。
先ほどのふれるだけのキスとは違って、唇を喰むような口づけ。
ゆっくりとやさしく交わされているのに、息が乱れて目が潤む。
そっと唇が離れたが、どんな顔して光明様を見たらいいのかわからない。
「目に毒ですね」
「う、……そんなひどい顔してますか」
「いいえ、全然。ふふ、名前さんは慣れていませんね」
「光明様は、慣れてらっしゃるのですね……」
「いえいえ、そんな事ないですよー」
とてもそうとは思えない。
ちらりと横目で見ると、色っぽい光明様の瞳を見てさらに顔を赤くする。
手が伸びてきて、髪をとかすようになでられた。
「名前さんは、無一物、という言葉をご存知ですか?」
仏に逢えば仏を殺せ。
祖に逢えば祖を殺せ。
何物にも捕らわれず縛られず。
ただあるがままに己を生きる。
「誰かのためではなく、自分のために生きてくださいね」
「光明様……」
「三蔵様!光明三蔵様!こちらにいらしたのですね」
「どうかされましたか?」
「剛内三蔵様がお呼びです。お部屋でお待ちしているとの事で」
「わかりました。すぐに向かいます」
お弟子さんの登場により、はたと気がつく。
外は明るくて、ここはお寺であって、私たちは縁側に座っていて。
「こ、光明様!もし、人目についたらどうするんですか……!」
「いいじゃないですか、見られても減るもんじゃないですし」
「減りますよ!光明様の威厳とか!」
「はっはっはっ。そのようなもの、あってないようなものですよ」
あと少しでも早くお弟子さんが来ていたらと思うと、居た堪れない。
健邑くんに否定した手前、なおの事。
「そうだ。名前さん、江流に会ってくださいませんか」
立ち上がった光明様が振り向いて、そう尋ねる。
「健邑くんに似てる子でしてね」
「え、」
どこらへんが似ているのか、かなり重要だ。
「こちらでの用が済んだら、私は金山寺に戻ります。そこには4歳の江流という子がいて、それはもう可愛いんですよ」
「もしかして、光明様のお子様ですか?」
「そうですね、私の息子みたいなもんです」
そう言った光明様は、慈愛に満ちた顔をしていて。
「ふふっ、親バカなんですね」
「はい」
「4歳となるとまだまだ手のかかる年頃ですし、今頃寂しい思いをされてますね」
「ええ。そうですね……江流もきっと、名前さんの事を好きになると思いますよ。そうなったら争奪戦ですね」
「もう、何を言っているんですか」
もう少し先になるけれど、まだ見ぬ幼子に会うのがとても楽しみになった。
暖かな日差しの中、縁側に座りこくりこくりと船を漕ぐ。
「名前さん」
「……わっ!」
「驚かせてしまったようですね、すみません」
「光明様!い、いえ!」
ゆったりと隣に腰掛けた光明様を横目に、手櫛で髪を整える。
変な顔をしていなかっただろうか。
「名前さん。こちらへどうぞ」
「え……?」
いつものように穏やかな笑みで、ぽんぽんっと自身の膝の上を叩いていらっしゃる。
それって、いわゆる。
「オジサンの硬い膝では、少し居心地が悪いかもしれませんが」
「え、い、いや……!」
「やはり、嫌ですか?」
しょんぼりと眉尻を下げた光明様に、とんでもないと勢いよく首を横に振る。
「光明様が嫌な事なんてありません!けど、」
「それなら」
「う、……わっ!」
光明様の膝枕。
見上げる先にはもちろん光明様の美しいお顔があって、さらりと金髪が揺れる。
耐えきれずに、私は両手で自身の顔を覆った。
「おや、可愛らしい顔を隠してどうしたのですか?」
「光明様……」
「名前さんの寝顔を堪能したかったのですが、仕方ありませんね。秋空でも見上げておきましょうか」
そんなもの堪能しなくていいです。
しばらくして聞こえたのは息を吐く音と、煙草の匂い。
「こちらへ来てから、眠れないのですか?」
光明様の言葉に、ピクリと身体を震わせる。
なんでこの人は、何でもお見通しなのだろう。
おそるおそる顔から手を下ろすと、宣言された通り光明様は遠くを見つめていて、私は安堵してまぶたを閉じる。
「月が、こわいんです」
この世界に来たあの夜。
脳裏に焼き付いた、照らされた鈍色の刃。
優しくて冷たくて、厳しくてあたたかくて。
それは同時に、光明様にとてもよく似ていらっしゃるから。
「お月様には、ウサギが住んでると言いますね」
「……はい」
「きっと、名前さんみたいに可愛らしいんでしょうね」
「私、かわいくありません……」
「おや?では、ウサギも可愛くないと?」
「ウサギは、かわいいです」
「では、名前さんも可愛いですね」
なんだか、よくわからなくなってきた。
頭に乗せられた大きな手が、そっと髪をなでる。
そのぬくもりが心地よくて、眠気を誘う。
「お月様がいつも看ているのは、きっと名前さんの事が心配で大好きなんですよ」
まるで子供に言い聞かせるように、光明様は言葉を紡ぐ。
「だから、安心してお眠りなさい。ずっと、看ていますから」
夢と現実の境目をたゆたうまどろみ。
ふんわりと、やわらかなぬくもりが唇にふれて、って。
ん、んん?
「光明様?今、何か……」
「ええ、おやすみのキスを」
息を呑んで、光明様の膝から勢いよく起き上がる。
すぐ隣で平然と座っている光明様は、不思議そうに首を傾げてポニーテールを揺らす。
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「だって、いきなり、そんな……!」
眠気なんてもちろん吹っ飛ぶわけで。
頭から湯気が出そうなほど熱くて、きっと耳まで真っ赤になっているだろう。
「ふふ、可愛らしいですね」
そう言われて、ぎこちなく目を伏せる。
光明様の手が熱を帯びた頬にふれて、冷たくて気持ちいい。
この人は本当にお坊さんなのだろうか、と幾度となく湧いた疑問が頭を過ぎる。
「すみません。名前さんを見てると、つい意地悪したくなっちゃいまして」
ずるい人だ。
これがたとえ本気じゃなく、ただの気まぐれや遊びだとしても。
頬をなでる光明様の手に、自身の手を重ねる。
「私、光明様のためなら……その、何されても嫌じゃない、です」
沈黙が重い。
こんな事、今まで一度も言った事はない。
だけど、本心だった。
軽い女と見られて、嫌われただろうかと思い、顔を上げる事ができない。
「そんな事言ってオジサンを誑かすなんて、イケナイ子ですね」
「光明さ、……んっ」
名前を呼ぼうとした口は、光明様にふさがれた。
先ほどのふれるだけのキスとは違って、唇を喰むような口づけ。
ゆっくりとやさしく交わされているのに、息が乱れて目が潤む。
そっと唇が離れたが、どんな顔して光明様を見たらいいのかわからない。
「目に毒ですね」
「う、……そんなひどい顔してますか」
「いいえ、全然。ふふ、名前さんは慣れていませんね」
「光明様は、慣れてらっしゃるのですね……」
「いえいえ、そんな事ないですよー」
とてもそうとは思えない。
ちらりと横目で見ると、色っぽい光明様の瞳を見てさらに顔を赤くする。
手が伸びてきて、髪をとかすようになでられた。
「名前さんは、無一物、という言葉をご存知ですか?」
仏に逢えば仏を殺せ。
祖に逢えば祖を殺せ。
何物にも捕らわれず縛られず。
ただあるがままに己を生きる。
「誰かのためではなく、自分のために生きてくださいね」
「光明様……」
「三蔵様!光明三蔵様!こちらにいらしたのですね」
「どうかされましたか?」
「剛内三蔵様がお呼びです。お部屋でお待ちしているとの事で」
「わかりました。すぐに向かいます」
お弟子さんの登場により、はたと気がつく。
外は明るくて、ここはお寺であって、私たちは縁側に座っていて。
「こ、光明様!もし、人目についたらどうするんですか……!」
「いいじゃないですか、見られても減るもんじゃないですし」
「減りますよ!光明様の威厳とか!」
「はっはっはっ。そのようなもの、あってないようなものですよ」
あと少しでも早くお弟子さんが来ていたらと思うと、居た堪れない。
健邑くんに否定した手前、なおの事。
「そうだ。名前さん、江流に会ってくださいませんか」
立ち上がった光明様が振り向いて、そう尋ねる。
「健邑くんに似てる子でしてね」
「え、」
どこらへんが似ているのか、かなり重要だ。
「こちらでの用が済んだら、私は金山寺に戻ります。そこには4歳の江流という子がいて、それはもう可愛いんですよ」
「もしかして、光明様のお子様ですか?」
「そうですね、私の息子みたいなもんです」
そう言った光明様は、慈愛に満ちた顔をしていて。
「ふふっ、親バカなんですね」
「はい」
「4歳となるとまだまだ手のかかる年頃ですし、今頃寂しい思いをされてますね」
「ええ。そうですね……江流もきっと、名前さんの事を好きになると思いますよ。そうなったら争奪戦ですね」
「もう、何を言っているんですか」
もう少し先になるけれど、まだ見ぬ幼子に会うのがとても楽しみになった。