無印編
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風が吹くたびに、薄桃色の花びらが舞い散る。
「またここですか」
顔を上げると、煙草をくわえる天蓬様の姿が目に映った。
何を聞くわけでもなく、ただ木に寄りかかり煙を吐く音が聞こえる。
「金蝉様に名前をお伝えしました」
「一歩前進、よかったじゃないですか」
「でも、初めてじゃないんです。当たり前、ですよね。たまにしか訪れない、下女の名前など」
金蝉様にとって、私の存在などちっぽけなもの。
「悟空が来てから彼も変わりました。貴方の事も、もう忘れませんよ」
「そうですね。悟空のおかげで金蝉様は、」
金蝉様は、毎日楽しそうに過ごすようになった。
今まで見た事もないほど。
悟空は純真で無邪気で、太陽のような少年。
重ねた両手を、痛いほど握りしめる。
嫌いだ。
太陽に嫉妬している、醜い自分が。
「紫苑」
ふいに、白衣が翻ったと思えば背中に腕がまわる。
天蓬様に、抱きしめられていた。
「天蓬様?」
「僕の事も憶えておいてくれませんか」
ぎゅっと、さらに身体が密着して体温がじんわりと伝わる。
「貴方が金蝉の事を好きなのは知ってます。それはもう、痛いほど。だから、何だっていいんです。貴方に憶えていてもらえるなら、どんな事だって」
そう言って身体が離れて、眉尻を下げて笑う顔が見える。
答えなんて、決まってる。
「……憶えています。私、天蓬様の事、忘れません。忘れたく、ありません」
「ありがとうございます」
天蓬様はやさしい。
だから、私が困らないよう、関係を崩さないようこんな言い方をして。
煙草が美味しいなぁ、なんて空を仰ぐ天蓬様のつぶやきが聞こえた。
「あ、いたいた!天ちゃん!紫苑姉ちゃん!」
大きく手を振って、悟空が桜の中を駆けてくる。
悟空は私の手を掴んで、無邪気に引っ張る。
「あっちに金蝉とケン兄ちゃんもいるんだ!花見しよう!花見!」
「いいですね、行きましょう。紫苑」
「……はい」
月明かりの下、五人で夜桜を眺める。
枯れる事のない万年桜。
毎日見ていた桜は、こんなにもきれいだっただろうか。
捲簾様によると下界の桜は天界の桜とは異なり、生き様が違うらしい。
「見てみたいですね」
「見てみたいもんだな」
金蝉様とぴったり言葉が重なり、周りが笑い合う。
私は気恥ずかしさから、熱くなった頬を両手で押さえる。
「じゃあさ、じゃあさ!今度五人で下界の桜、見に行こうぜ!」
五人で。
「いいんですか、私もご一緒して」
「何言ってんだよ!紫苑姉ちゃんも一緒じゃなきゃ、俺ヤダ!」
頬をふくらませる悟空に、瞬きする。
当たり前だと、天蓬様と捲簾様も口を揃えて笑う。
「貴方の悪い癖、出てますよ」
「花見に酒とイイ女はかかせねぇからな」
「悪いな、紫苑。こんな野郎共に付き合わせて」
月夜に、無数の桜の花びらが舞う中。
口の端を上げる金蝉様と視線が交わり、目を細める。
「いいえ、とんでもありません。私こそ、みなさんと一緒にいたいですから」
だから、約束した。
いつかまた、下界の桜の樹の下で。
◇
「紫苑姉ちゃん!これ読んで!」
「はい、いいですよ」
金蝉様の自室。
ベッドへうながされて腰掛けると、悟空は私に背中を預けて脚の間に座る。
早く早くとキラキラとした目で見上げられて、笑みを零す。
私は悟空を包み込むようにして、絵本を広げて読み聞かせる。
「……こうして今日も、この町に平和が訪れました。悟空?」
「ん〜……」
最後まで読み終わると、悟空はすでに眠り込んでいた。
私の服をぎゅっと握ったまま。
笑って背後にあるベッドへ寝かせようとするが、身体が固まる。
う、動けない。
「悟空と紫苑?何やってんだ……?」
「こ、金蝉様……たすけて、ください」
ガチャリと扉を開けて、自室へと帰ってきた金蝉様に動けない旨を伝える。
「ああ、こいつの枷は一つ20kgあるからな」
すやすやと、おだやかな寝顔の悟空を見つめる。
そんな重量を両手足に付けて動いていたとは、とても思えなかった。
「……外して、あげられないんですか?ただの無邪気な子供なのに」
「ただのガキじゃねえからな」
岩から生まれた大地の精霊。
人間でも妖怪でもない、異端児。
そう聞いてはいるが、私には周りと何ら変わりのない子供にしか思えなかった。
金蝉様の長い髪が揺れて、悟空へと白い装束の腕を伸ばす。
私から引き離そうとするが、その腕を震わせるだけにおわった。
「このクソ猿が……」
「お、起こしてしまってはかわいそうです……!私は大丈夫ですので」
「……はぁ、仕方ねぇな。紫苑、今日はここに泊まれ」
「え?」
「ババアには俺から言っておく」
頭にクエスチョンマークがいくつも浮かび上がる。
泊まる……私が、金蝉様の自室に?
金蝉様が扉を開けて、役人に何かを伝えるとすぐに戻ってくる。
たしかにもう夜も遅い時間で、いつまでもこのままではいられないけれど。
「寝かせるぞ」
悟空がくっついたまま、肩を押されてベッドがきしむ。
枷が身体の上に乗らないよう、少し横向きにされて。
背中にベッドのやわらかい感触、天井を背に長い前髪が降りてくる金蝉様に見下ろされて。
「なぜ顔を赤くする」
「な、なんでもありません……!」
きつく目を閉じると、毛布をかけられて薄くまぶたを開ける。
「あ、ありがとうございますって、金蝉様?」
「なんだ、俺ももう寝るぞ」
明かりを消した金蝉様がベッドへ、つまり私と悟空の隣に横になる。
いや、わかってる。
金蝉様はいつも通り自分のベッドでただ寝るだけで、他意は何一つないのだと。
たとえ、悟空とともに女人が同じベッドで寝ようとも。
金蝉様に女性との色恋の話が一切ないのは、有名な事。
「……そんなにマジマジと見られては眠れん」
「も、申し訳ありません!」
私にくっついて眠る悟空を抱きしめるようにして、うつむく。
「……悪かったな」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、首を傾げる。
「どこかで聞いた事のある名だと、思ったんだ。俺は今まで何も見ようとしなかった」
「……いいえ、いいんです金蝉様。私はこうやって悟空と、みんなと一緒にいられるだけで幸せですから」
少しでも、心の隅に私の名前を覚えていてくださって、それだけでうれしい。
そうか、と桜の下に佇む白衣を思い出す。
今になってやっと、天蓬様の本当の気持ちがわかったような気がした。
あれは誤魔化しではなく、きっと本心から出た言葉。
「紫苑、お前だったら俺は、」
「?」
「……いや、何でもない」
続きが気になったが、うやむやにされて背を向けられてしまう。
骨張った背中に、ベッドに広がり落ちる長い金糸の髪がきれいで。
こんな風に金蝉様と奇妙な体験が出来たのも、悟空のおかげだと眉尻を下げて微笑む。
「おやすみなさいませ、金蝉様」
「ああ……おやすみ」
あどけない寝顔の悟空の頭をなでて、包み込むように抱きしめて眠った。
◇
翌日。
どこから広まったのか、金蝉様と女人が一夜をともにしたという噂話が絶えなかった。
悟空も一緒にいた事を、ちゃんと付け加えてほしい。
「やっぱりむっつりスケベだったか」
「殺すぞ」
「いつにも増して機嫌悪いですねぇ、金蝉。寝不足ですか?」
「天蓬……貴様、わかってて言ってるだろ?」
「さあ?何の事だかさっぱり?」
「紫苑姉ちゃん!またいっしょに寝ような!」
「もちろんいいですけど、今度は二人で寝ましょうね……!」
「ヤダ、紫苑ちゃんのえっち」
「捲簾?」
「マジになんなって、天蓬……」
「またここですか」
顔を上げると、煙草をくわえる天蓬様の姿が目に映った。
何を聞くわけでもなく、ただ木に寄りかかり煙を吐く音が聞こえる。
「金蝉様に名前をお伝えしました」
「一歩前進、よかったじゃないですか」
「でも、初めてじゃないんです。当たり前、ですよね。たまにしか訪れない、下女の名前など」
金蝉様にとって、私の存在などちっぽけなもの。
「悟空が来てから彼も変わりました。貴方の事も、もう忘れませんよ」
「そうですね。悟空のおかげで金蝉様は、」
金蝉様は、毎日楽しそうに過ごすようになった。
今まで見た事もないほど。
悟空は純真で無邪気で、太陽のような少年。
重ねた両手を、痛いほど握りしめる。
嫌いだ。
太陽に嫉妬している、醜い自分が。
「紫苑」
ふいに、白衣が翻ったと思えば背中に腕がまわる。
天蓬様に、抱きしめられていた。
「天蓬様?」
「僕の事も憶えておいてくれませんか」
ぎゅっと、さらに身体が密着して体温がじんわりと伝わる。
「貴方が金蝉の事を好きなのは知ってます。それはもう、痛いほど。だから、何だっていいんです。貴方に憶えていてもらえるなら、どんな事だって」
そう言って身体が離れて、眉尻を下げて笑う顔が見える。
答えなんて、決まってる。
「……憶えています。私、天蓬様の事、忘れません。忘れたく、ありません」
「ありがとうございます」
天蓬様はやさしい。
だから、私が困らないよう、関係を崩さないようこんな言い方をして。
煙草が美味しいなぁ、なんて空を仰ぐ天蓬様のつぶやきが聞こえた。
「あ、いたいた!天ちゃん!紫苑姉ちゃん!」
大きく手を振って、悟空が桜の中を駆けてくる。
悟空は私の手を掴んで、無邪気に引っ張る。
「あっちに金蝉とケン兄ちゃんもいるんだ!花見しよう!花見!」
「いいですね、行きましょう。紫苑」
「……はい」
月明かりの下、五人で夜桜を眺める。
枯れる事のない万年桜。
毎日見ていた桜は、こんなにもきれいだっただろうか。
捲簾様によると下界の桜は天界の桜とは異なり、生き様が違うらしい。
「見てみたいですね」
「見てみたいもんだな」
金蝉様とぴったり言葉が重なり、周りが笑い合う。
私は気恥ずかしさから、熱くなった頬を両手で押さえる。
「じゃあさ、じゃあさ!今度五人で下界の桜、見に行こうぜ!」
五人で。
「いいんですか、私もご一緒して」
「何言ってんだよ!紫苑姉ちゃんも一緒じゃなきゃ、俺ヤダ!」
頬をふくらませる悟空に、瞬きする。
当たり前だと、天蓬様と捲簾様も口を揃えて笑う。
「貴方の悪い癖、出てますよ」
「花見に酒とイイ女はかかせねぇからな」
「悪いな、紫苑。こんな野郎共に付き合わせて」
月夜に、無数の桜の花びらが舞う中。
口の端を上げる金蝉様と視線が交わり、目を細める。
「いいえ、とんでもありません。私こそ、みなさんと一緒にいたいですから」
だから、約束した。
いつかまた、下界の桜の樹の下で。
◇
「紫苑姉ちゃん!これ読んで!」
「はい、いいですよ」
金蝉様の自室。
ベッドへうながされて腰掛けると、悟空は私に背中を預けて脚の間に座る。
早く早くとキラキラとした目で見上げられて、笑みを零す。
私は悟空を包み込むようにして、絵本を広げて読み聞かせる。
「……こうして今日も、この町に平和が訪れました。悟空?」
「ん〜……」
最後まで読み終わると、悟空はすでに眠り込んでいた。
私の服をぎゅっと握ったまま。
笑って背後にあるベッドへ寝かせようとするが、身体が固まる。
う、動けない。
「悟空と紫苑?何やってんだ……?」
「こ、金蝉様……たすけて、ください」
ガチャリと扉を開けて、自室へと帰ってきた金蝉様に動けない旨を伝える。
「ああ、こいつの枷は一つ20kgあるからな」
すやすやと、おだやかな寝顔の悟空を見つめる。
そんな重量を両手足に付けて動いていたとは、とても思えなかった。
「……外して、あげられないんですか?ただの無邪気な子供なのに」
「ただのガキじゃねえからな」
岩から生まれた大地の精霊。
人間でも妖怪でもない、異端児。
そう聞いてはいるが、私には周りと何ら変わりのない子供にしか思えなかった。
金蝉様の長い髪が揺れて、悟空へと白い装束の腕を伸ばす。
私から引き離そうとするが、その腕を震わせるだけにおわった。
「このクソ猿が……」
「お、起こしてしまってはかわいそうです……!私は大丈夫ですので」
「……はぁ、仕方ねぇな。紫苑、今日はここに泊まれ」
「え?」
「ババアには俺から言っておく」
頭にクエスチョンマークがいくつも浮かび上がる。
泊まる……私が、金蝉様の自室に?
金蝉様が扉を開けて、役人に何かを伝えるとすぐに戻ってくる。
たしかにもう夜も遅い時間で、いつまでもこのままではいられないけれど。
「寝かせるぞ」
悟空がくっついたまま、肩を押されてベッドがきしむ。
枷が身体の上に乗らないよう、少し横向きにされて。
背中にベッドのやわらかい感触、天井を背に長い前髪が降りてくる金蝉様に見下ろされて。
「なぜ顔を赤くする」
「な、なんでもありません……!」
きつく目を閉じると、毛布をかけられて薄くまぶたを開ける。
「あ、ありがとうございますって、金蝉様?」
「なんだ、俺ももう寝るぞ」
明かりを消した金蝉様がベッドへ、つまり私と悟空の隣に横になる。
いや、わかってる。
金蝉様はいつも通り自分のベッドでただ寝るだけで、他意は何一つないのだと。
たとえ、悟空とともに女人が同じベッドで寝ようとも。
金蝉様に女性との色恋の話が一切ないのは、有名な事。
「……そんなにマジマジと見られては眠れん」
「も、申し訳ありません!」
私にくっついて眠る悟空を抱きしめるようにして、うつむく。
「……悪かったな」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、首を傾げる。
「どこかで聞いた事のある名だと、思ったんだ。俺は今まで何も見ようとしなかった」
「……いいえ、いいんです金蝉様。私はこうやって悟空と、みんなと一緒にいられるだけで幸せですから」
少しでも、心の隅に私の名前を覚えていてくださって、それだけでうれしい。
そうか、と桜の下に佇む白衣を思い出す。
今になってやっと、天蓬様の本当の気持ちがわかったような気がした。
あれは誤魔化しではなく、きっと本心から出た言葉。
「紫苑、お前だったら俺は、」
「?」
「……いや、何でもない」
続きが気になったが、うやむやにされて背を向けられてしまう。
骨張った背中に、ベッドに広がり落ちる長い金糸の髪がきれいで。
こんな風に金蝉様と奇妙な体験が出来たのも、悟空のおかげだと眉尻を下げて微笑む。
「おやすみなさいませ、金蝉様」
「ああ……おやすみ」
あどけない寝顔の悟空の頭をなでて、包み込むように抱きしめて眠った。
◇
翌日。
どこから広まったのか、金蝉様と女人が一夜をともにしたという噂話が絶えなかった。
悟空も一緒にいた事を、ちゃんと付け加えてほしい。
「やっぱりむっつりスケベだったか」
「殺すぞ」
「いつにも増して機嫌悪いですねぇ、金蝉。寝不足ですか?」
「天蓬……貴様、わかってて言ってるだろ?」
「さあ?何の事だかさっぱり?」
「紫苑姉ちゃん!またいっしょに寝ような!」
「もちろんいいですけど、今度は二人で寝ましょうね……!」
「ヤダ、紫苑ちゃんのえっち」
「捲簾?」
「マジになんなって、天蓬……」