埋葬編
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ここに、私の帰る場所はなかった。
人間と妖怪が共存する世界、桃源郷。
光明様からそう聞いて、頭がくらくらして、まるで夢でも見てるのかと思った。
でも、昨夜たしかに私は妖怪と呼ばれるものに遭遇して襲われた。
「それでは、一緒に禅奥寺へ行きましょうか」
「え?」
「旅は道連れ世は情け、と言いますしね」
身寄りがない事を光明様に伝えた結果がこれだ。
別の世界から来た、という事はもちろん伏せて。
「私は普段、金山寺にいるのですが、先ほども言ったとおり今は所用で向かってまして。行く当てもないのでしょう?」
「で、でも!」
「それでは名前さん、今ここで私と別れて一人になった場合の事を考えましょう」
頼るあてもない女一人が見知らぬ土地で生きていく事について、ありとあらゆる危険性を淡々と語られた。
私は居た堪れなくなり、萎縮する。
「……本当に、ご迷惑でなければ」
「私の友人もきっと歓迎してくれますよ」
そう言う光明様はお友達の顔を思い浮かべているのか、少し無邪気な顔をして笑っていた。
◇
「おお、来たな光明」
「剛内、お久しぶりです」
町を出て光明様と二人、禅奥寺の敷地内へと足を踏み入れる。
法衣の上に荒れた布を身にまとった、大柄な男性がそこにいた。
「ん?そちらのお嬢さんは?」
「初めまして、お邪魔しております。苗字名前です」
「将来、私のおヨメさんになる人ですよー」
「何!?」
「な、何を言ってるんですか!光明様!」
ダメですかと、眉尻を下げて残念そうな顔の光明様。
いろいろと段階吹っ飛ばしすぎてダメです!
「わかりました。それでは、きちんと手順を踏んでおヨメさんにしますね」
「もう、そういう事ではなくてですね……!」
「ふふ、怒った顔も可愛らしいですね」
「か、からかわないでください!」
「まったく……光明、少しは自分の年を考えんか」
「まだまだナウなヤングには負けませんよ〜」
はあ、と剛内様と私のため息が重なった。
二人して顔を合わせて笑う。
「もうすっかり仲良くなっちゃって、妬けますね」
「しかし光明、お前もわかっとると思うが寺院は女人禁制だぞ」
「え」
「そこをなんとかお願いします、剛内」
首を捻る剛内様を見て、あわてて光明様に詰め寄る。
「光明様!そうだと知っていたら、私……!」
「落ち着いてください、名前さん」
「まあ、お前さんの無茶振りは今に始まった事じゃないからな。禅奥寺での滞在、儂が許可しよう」
ほらね、なんて顔をして光明様が微笑んでいらっしゃる。
この人には敵わないなと改めて思い、あきらめて剛内様へ深く頭を下げた。
◇
光明様たちと別れて、お弟子さんにより寺院内を案内される。
「ここが、名前様のお部屋となります」
着替え用の着物を受け取る。
ここにはしばらく滞在するそうだ。
何か手伝う事はないかと掃除や雑事など申し出たが、すべて断られてしまった。
「そこをなんとか」
「しかし、剛内三蔵様から丁重におもてなしするよう申しつけられておりまして……」
何かないかと周りを見渡すと、枯れ木に立てかけられている一本の箒を見つけた。
「あそこにある竹箒は使ってもよろしいですか?」
「え?えぇ、まあそこまで言うのでしたら……まったく誰だ、片付けもせず放っておくなど」
お弟子さんの許可を取り、中庭へ出て落ち葉を掃く。
外は木枯らしが吹いて、少し肌寒い。
けどよかった。
正直、何かしていないと落ち着かなかった。
「お姉さん、何者?」
手を止めて顔を上げる。
こんなに近くにいたのに、まるで気配がなかった。
そこにいたのは、闇のような漆黒の人。
お弟子さんと思われる眼鏡の若い青年が、こちらを探るような目で見ていた。
他のお坊さんに比べて、やけに胸元がはだけている気がする。
「光明三蔵法師の遠縁の娘、なんて聞いたけどウソなんでしょ?」
「どうして……そんな事を思うんですか」
「だって、年端も行かぬ子供じゃあるまいし。三蔵法師ともあろうお方がわざわざ女を連れ添ってくるなんて、何か事情があるのではと思いましてね」
じわりじわりと、近づいてくる彼に後ずさる。
覆いかぶさるように迫られて、背中に木がぶつかる感触。
思わず竹箒を手放してしまい、カランッと音を立てた。
「それとも何かな、剛内三蔵様は姦淫の修行でもなさるおつもりかな?」
そう耳元でささやかれる。
距離を取ろうと伸ばした手はいとも簡単に捕らえられ、両手とも頭上に縫い止められた。
骨張った手が首筋をなぞり、その冷たさに震えて身をよじる。
「一体、何を……」
「あれ、もしかしてハジメテ?それとも、それもウソ?初々しい反応しちゃってさ」
「は、離してください!」
「必死になっちゃって、カワイイ」
思い出されるのは記憶に新しい、闇夜の森の中の出来事。
荒々しい妖怪の声が、頭の中でこだまする。
「いやー、若いっていいですねー」
突然、耳にした声に目を見開き顔を向ける。
「私もあと十年若ければ、貴方のようにぐいぐいイケて、ニャンニャン出来たかもしれないんですけどねぇ」
「こ、うみょう様……」
「さ、私に構わず続きをどうぞ」
「は……?」
その場で、煙草をふかし始めた光明様に固まる。
それは、今まさに迫っていた彼も同様で。
止めに来てくださったのでは……いや、違う。
つい先日、教えてくださったばかりではないか。
「た、助けてください!光明様!」
「はい、よく言えました」
突風が吹いたかと思えば、誰かに抱き止められる感覚。
目を開けると、すくそばで光明様が微笑み、私を軽々しく横抱きにしていた。
「何、今の……はっや」
「光明様……!」
「よしよし、もう大丈夫ですよ。しかし、いけませんね貴方。私の大切な娘さんを怖がらせるとは。迫るにしても、もっと優しくしませんと」
「……」
思わず光明様の首元に抱きつくが、うしろから視線を感じて我に返る。
「あの、光明様ありがとうございました。もう、大丈夫です」
「おや、もういいんですか?」
なぜか残念そうにしながらも、足元からゆっくりと降ろしてもらう。
乱れた髪をとかすように、頭をやさしくなでられた。
はあ、とうしろから大きなため息が聞こえる。
「やだなぁ冗談ですよ、冗談。まさか、最高僧のお連れ様に手を出すわけないじゃないですか」
軽口を叩きながら、青年は地面に転がっていた竹箒を拾い上げる。
背を向けて、ひらひらと手を振って去って行った。
「またね、名前さん」
少しだけ振り返り、虚のような目で私の名前を口にする。
彼の名を、健邑といった。
人間と妖怪が共存する世界、桃源郷。
光明様からそう聞いて、頭がくらくらして、まるで夢でも見てるのかと思った。
でも、昨夜たしかに私は妖怪と呼ばれるものに遭遇して襲われた。
「それでは、一緒に禅奥寺へ行きましょうか」
「え?」
「旅は道連れ世は情け、と言いますしね」
身寄りがない事を光明様に伝えた結果がこれだ。
別の世界から来た、という事はもちろん伏せて。
「私は普段、金山寺にいるのですが、先ほども言ったとおり今は所用で向かってまして。行く当てもないのでしょう?」
「で、でも!」
「それでは名前さん、今ここで私と別れて一人になった場合の事を考えましょう」
頼るあてもない女一人が見知らぬ土地で生きていく事について、ありとあらゆる危険性を淡々と語られた。
私は居た堪れなくなり、萎縮する。
「……本当に、ご迷惑でなければ」
「私の友人もきっと歓迎してくれますよ」
そう言う光明様はお友達の顔を思い浮かべているのか、少し無邪気な顔をして笑っていた。
◇
「おお、来たな光明」
「剛内、お久しぶりです」
町を出て光明様と二人、禅奥寺の敷地内へと足を踏み入れる。
法衣の上に荒れた布を身にまとった、大柄な男性がそこにいた。
「ん?そちらのお嬢さんは?」
「初めまして、お邪魔しております。苗字名前です」
「将来、私のおヨメさんになる人ですよー」
「何!?」
「な、何を言ってるんですか!光明様!」
ダメですかと、眉尻を下げて残念そうな顔の光明様。
いろいろと段階吹っ飛ばしすぎてダメです!
「わかりました。それでは、きちんと手順を踏んでおヨメさんにしますね」
「もう、そういう事ではなくてですね……!」
「ふふ、怒った顔も可愛らしいですね」
「か、からかわないでください!」
「まったく……光明、少しは自分の年を考えんか」
「まだまだナウなヤングには負けませんよ〜」
はあ、と剛内様と私のため息が重なった。
二人して顔を合わせて笑う。
「もうすっかり仲良くなっちゃって、妬けますね」
「しかし光明、お前もわかっとると思うが寺院は女人禁制だぞ」
「え」
「そこをなんとかお願いします、剛内」
首を捻る剛内様を見て、あわてて光明様に詰め寄る。
「光明様!そうだと知っていたら、私……!」
「落ち着いてください、名前さん」
「まあ、お前さんの無茶振りは今に始まった事じゃないからな。禅奥寺での滞在、儂が許可しよう」
ほらね、なんて顔をして光明様が微笑んでいらっしゃる。
この人には敵わないなと改めて思い、あきらめて剛内様へ深く頭を下げた。
◇
光明様たちと別れて、お弟子さんにより寺院内を案内される。
「ここが、名前様のお部屋となります」
着替え用の着物を受け取る。
ここにはしばらく滞在するそうだ。
何か手伝う事はないかと掃除や雑事など申し出たが、すべて断られてしまった。
「そこをなんとか」
「しかし、剛内三蔵様から丁重におもてなしするよう申しつけられておりまして……」
何かないかと周りを見渡すと、枯れ木に立てかけられている一本の箒を見つけた。
「あそこにある竹箒は使ってもよろしいですか?」
「え?えぇ、まあそこまで言うのでしたら……まったく誰だ、片付けもせず放っておくなど」
お弟子さんの許可を取り、中庭へ出て落ち葉を掃く。
外は木枯らしが吹いて、少し肌寒い。
けどよかった。
正直、何かしていないと落ち着かなかった。
「お姉さん、何者?」
手を止めて顔を上げる。
こんなに近くにいたのに、まるで気配がなかった。
そこにいたのは、闇のような漆黒の人。
お弟子さんと思われる眼鏡の若い青年が、こちらを探るような目で見ていた。
他のお坊さんに比べて、やけに胸元がはだけている気がする。
「光明三蔵法師の遠縁の娘、なんて聞いたけどウソなんでしょ?」
「どうして……そんな事を思うんですか」
「だって、年端も行かぬ子供じゃあるまいし。三蔵法師ともあろうお方がわざわざ女を連れ添ってくるなんて、何か事情があるのではと思いましてね」
じわりじわりと、近づいてくる彼に後ずさる。
覆いかぶさるように迫られて、背中に木がぶつかる感触。
思わず竹箒を手放してしまい、カランッと音を立てた。
「それとも何かな、剛内三蔵様は姦淫の修行でもなさるおつもりかな?」
そう耳元でささやかれる。
距離を取ろうと伸ばした手はいとも簡単に捕らえられ、両手とも頭上に縫い止められた。
骨張った手が首筋をなぞり、その冷たさに震えて身をよじる。
「一体、何を……」
「あれ、もしかしてハジメテ?それとも、それもウソ?初々しい反応しちゃってさ」
「は、離してください!」
「必死になっちゃって、カワイイ」
思い出されるのは記憶に新しい、闇夜の森の中の出来事。
荒々しい妖怪の声が、頭の中でこだまする。
「いやー、若いっていいですねー」
突然、耳にした声に目を見開き顔を向ける。
「私もあと十年若ければ、貴方のようにぐいぐいイケて、ニャンニャン出来たかもしれないんですけどねぇ」
「こ、うみょう様……」
「さ、私に構わず続きをどうぞ」
「は……?」
その場で、煙草をふかし始めた光明様に固まる。
それは、今まさに迫っていた彼も同様で。
止めに来てくださったのでは……いや、違う。
つい先日、教えてくださったばかりではないか。
「た、助けてください!光明様!」
「はい、よく言えました」
突風が吹いたかと思えば、誰かに抱き止められる感覚。
目を開けると、すくそばで光明様が微笑み、私を軽々しく横抱きにしていた。
「何、今の……はっや」
「光明様……!」
「よしよし、もう大丈夫ですよ。しかし、いけませんね貴方。私の大切な娘さんを怖がらせるとは。迫るにしても、もっと優しくしませんと」
「……」
思わず光明様の首元に抱きつくが、うしろから視線を感じて我に返る。
「あの、光明様ありがとうございました。もう、大丈夫です」
「おや、もういいんですか?」
なぜか残念そうにしながらも、足元からゆっくりと降ろしてもらう。
乱れた髪をとかすように、頭をやさしくなでられた。
はあ、とうしろから大きなため息が聞こえる。
「やだなぁ冗談ですよ、冗談。まさか、最高僧のお連れ様に手を出すわけないじゃないですか」
軽口を叩きながら、青年は地面に転がっていた竹箒を拾い上げる。
背を向けて、ひらひらと手を振って去って行った。
「またね、名前さん」
少しだけ振り返り、虚のような目で私の名前を口にする。
彼の名を、健邑といった。