無印編
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長安を発ってから一ヶ月。
立ち寄った町の酒場で、私たちは食事を取る事にした。
賑わいの中、酔っ払いにセクハラされているきれいな店員のお姉さんを悟浄が灰皿で助けつつ、メニュー表を見てオーダーする。
「名前は?」
「餡掛け炒飯と杏仁豆腐で」
「そんだけ?もっと食えよな〜」
悟空は今日もよく食べるようだ。
三蔵が私たちの敵、紅孩児について話を切り出す。
結局、牛魔王蘇生実験の目的も、それを操るのが何者なのかも、私たちはまだ何も知らない。
テーブルいっぱいに料理が運ばれて来て、悟空がきらきらと目を輝かせる。
「すんげーうまそう!名前もこの春巻き、食ってみろよ!ほら!」
「いいの?ありがとう、悟空」
「脳みそ胃袋猿が飯わけるなんて、名前ちゃんくらいだな」
「んだと、このエロ河童!」
いつもの賑やかさに笑いつつ、悟空からもらった春巻きを口にしようとしたところ。
「あっ、それは!」
「……え?」
「い、いえ。なんでも……あぁ!」
声を上げたのは、先ほどの店員のお姉さん。
私が箸を動かすたびに小さな悲鳴を上げて、チラチラとこちらを不安げに見つめられる。
どうしたものかと、とりあえず箸を置く。
「いっただきまーす!」
「きゃあ!」
大きな悲鳴へ顔を向けると、また酔っ払いの客たちが懲りずにお姉さんに絡んでいた。
私が立ち上がるのと同時に八戒に呼び止められて、皆が助けに向かう。
また灰皿をくらいたいのかと悟浄が煽ると、酔っ払いたちは怒りをあらわにして私たちの料理が並ぶテーブルを蹴飛ばした。
「なんてことするの!?」
お姉さんの悲痛な叫びと、悟空が床に手をついて悔し涙を流す姿が目に入る。
「おい、妖怪どころか人間とまで争ってどうする」
「血気盛んですねぇ」
「あらら……」
悟空と悟浄対酔っ払いによる、派手なケンカが始まる。
イスに座る三蔵と傍観する八戒の横で、私も行末を見守る。
そこへ駆けつけた酒場の主人により、今度は飲み比べ大会が開催されようとしていた。
「あほらしい。やってられるか」
「お、逃げるのか?そらそーだよなぁ。そっちにいるのは優男にガキと、見るからに貧弱そうな女顔の坊主。そこのお嬢ちゃんと一緒に、お酌でもしてもらおうか?」
「店主。この店中の酒、一滴残らず持ってこい」
昔から美人なんて言われるの嫌いだからなぁと、眉尻を下げて苦笑いする。
それに、かなりの負けず嫌いと来たもんだ。
「飲む前から目が据わってますけど?」
「わーい、酒だ酒だー!」
「八戒も参加するんですか?」
「ええ、たぶん僕勝ちますんで」
そう八戒に、余裕たっぷりに微笑まれる。
そして、四対四の酒の飲み比べ勝負が始まった。
ぎゅっと胸元で両手を握り、心配そうに見つめるお姉さんに声をかける。
「大丈夫ですよ、お姉さん」
「え?」
「八戒たちは勝つと言ったんです。セクハラおじさん相手に、負けたりなんてしませんよ」
と言いつつも、真っ先につぶれたのは悟空だった。
そういえば今さらだけど、桃源郷のお酒の年齢制限ってどうなっているんだろう。
「おいどうした坊主?そろそろ限界か?手がふるえてるぞ。やっぱりその女顔にゃ、お酌役が似合いだぜ」
「クッ、ククク……愚か者が。俺を愚弄するとはいい度胸だ」
魔戒天浄、と言いかけた口をあわてて塞ぎ八戒とともに止める。
妖怪ではなく、一般人相手になんて事を。
「名前さん、お願いできますか?この人見た目より、かなり酔ってるみたいなんで」
「はい、そうみたいですね……」
三蔵を席から立たせて、支えながら壁際へと移動させる。
ぐっと体重をかけられて、大きな身体が正面から覆いかぶさった。
小さく何かが聞こえる。
「三蔵?」
「名前様……どうして、俺を……一人に、」
これは、と瞬きする。
酔ってるせいで、江流に戻ってるようだった。
ぎゅうと力を込めて抱きしめてくる三蔵を、よしよしと背中をなでて慰める。
火照った身体、首筋にかかる吐息と、頬に当たる髪がくすぐったい。
悟浄を見ると対戦相手と言い争っていて、八戒はかなりの余裕っぷりだった。
ふいに、酒場中に霧が立ち込める。
バタバタと、周りの人が次々と床に倒れていく音がして。
「この霧……吸っちゃ駄目です!」
薬の匂いだと気がついた時には遅く、八戒の声を最後に意識が遠退いて倒れた。
◇
まぶたを開けて、眠りから目覚める。
端正な三蔵の顔が、鼻先がふれそうなほど近くにあって息を呑む。
そうだ、薬を嗅がされてみんな倒れたんだ。
立ち上がろうとしたが、固く背中にまわされた腕により身動きが取れない。
「三蔵!起きてください、三蔵!」
長い睫毛のまぶたが開き紫暗の瞳に、じっと見つめられる。
「〜ッ!」
「三蔵、大丈夫ですか?」
勢いよく解放されたと思えば、額に手を当ててうつむいている。
お酒のせいで、頭が痛むのだろうか。
「……忘れて、くれ」
「?」
「あれ、三蔵?名前?なんでみんなぶっ倒れてんだよ……?おい、起きろよ悟浄!」
なぜか三蔵が凹み、悟空が悟浄を起こしている間、激しい物音がして外へ出る。
八戒と、驚く事に店員のお姉さんが戦っていた。
彼女は、刺客の妖怪だったのか。
「そこにいるのは名前さん、ですね。我が名は八百鼡!我が主君紅孩児様の命により、その身預からせて頂きます!」
「名前さん!」
迫り来る八百鼡だが、八戒の防護壁により庇われて彼女の身体が弾かれる。
「もうあきらめてください!」
「こうなったら……最後の手段です」
手にあるのは起爆スイッチ。
酒場に仕掛けた爆薬を爆発させようとしたが、それも失敗に終わり、膝から崩れ落ちる。
八戒が謝りながら手を差し伸べるも、音を立てて振り払われた。
涙を流した八百鼡は、小刀を取り出してその切っ先を自身へ向ける。
「さよなら、紅孩児様」
「っ……!」
「八戒!」
突然、顔を真っ青にして倒れそうになる八戒。
尋常じゃないほどの動揺で気がかりだが、でも今は。
「待って!」
「来ないでください!」
「八百鼡さん!私、八百鼡さんとお友達になりたいんです!」
「……え?」
「情けや同情なんかじゃありません。だって貴方、一生懸命で本当はとってもやさしい人だから。だから、そんな悲しい事しないでください……貴方の大事な人、紅孩児のためにも生きてください!」
突如として舞い上がる風に、まぶたを閉じる。
「こ、紅孩児様!」
「!」
酒場の中にいた三蔵たちも駆けつけ、屋根の上を見上げる。
褐色の肌に、赤い長髪の妖怪。
八百鼡を抱きかかえて、強い瞳でこちらを見下ろしていた。
彼が牛魔王の息子、紅孩児。
「三蔵一行だな。我が部下を引き取りに来た。女、貴様が名前か」
紅孩児の言葉に、警戒しながらもこくりと頷く。
「我が部下の自害を阻止しようとした事、礼をいう。用件はそれだけだ」
意外だった。
攻撃を仕掛けた悟空たちと戦闘が始まるも、圧倒的な力を見せられて防御に徹する。
しかし、その隙に三蔵が紅孩児の背後を取っていた。
「あんたには聞きたい事が山程あるんだ、王子様」
「生憎だが日を改めて出直すとしよう。この界隈で戦うと民家を巻き込みかねん」
やっぱり、彼らは今までの妖怪とは違う。
強い意志と、人間を、他人を気遣う心を持っている。
「今までの部下の非礼は詫びておこう。だが貴様らが我々の計画を阻む限り、必ず貴様らを抹消し経文と名前を貰い受ける。また会おう。その時まで命を大事にしておくことだな」
そう言って紅孩児たちは消え去った。
八百鼡さん、もうあんな真似しないといいんだけど。
それにしても、と八戒を横目に見上げる。
「八戒、大丈夫ですか?」
「ええ、僕は平気です」
いつもの八戒に戻ったようだが、あの時、あきらかに様子がおかしかった。
なんとなく、感じ取れる。
きっとたやすく踏み込んではいけない話だろうと思い、それ以上聞き入る事はしなかった。
◇
夜更けの事。
宿に移り、取れた二部屋のうち私は三蔵と八戒と同部屋になる。
ベッドに入る前に上着を羽織り、二人に声をかける。
「少し、外の空気を吸ってきますね」
「ああ、宿からは出ないように」
「気をつけてくださいね」
「はい」
部屋を出て歩き、外廊下の冷たい手すりに腕を置く。
虫の音が鳴り響く夜空の下。
私は今日もひとり、淡く光る月を見上げた。
立ち寄った町の酒場で、私たちは食事を取る事にした。
賑わいの中、酔っ払いにセクハラされているきれいな店員のお姉さんを悟浄が灰皿で助けつつ、メニュー表を見てオーダーする。
「名前は?」
「餡掛け炒飯と杏仁豆腐で」
「そんだけ?もっと食えよな〜」
悟空は今日もよく食べるようだ。
三蔵が私たちの敵、紅孩児について話を切り出す。
結局、牛魔王蘇生実験の目的も、それを操るのが何者なのかも、私たちはまだ何も知らない。
テーブルいっぱいに料理が運ばれて来て、悟空がきらきらと目を輝かせる。
「すんげーうまそう!名前もこの春巻き、食ってみろよ!ほら!」
「いいの?ありがとう、悟空」
「脳みそ胃袋猿が飯わけるなんて、名前ちゃんくらいだな」
「んだと、このエロ河童!」
いつもの賑やかさに笑いつつ、悟空からもらった春巻きを口にしようとしたところ。
「あっ、それは!」
「……え?」
「い、いえ。なんでも……あぁ!」
声を上げたのは、先ほどの店員のお姉さん。
私が箸を動かすたびに小さな悲鳴を上げて、チラチラとこちらを不安げに見つめられる。
どうしたものかと、とりあえず箸を置く。
「いっただきまーす!」
「きゃあ!」
大きな悲鳴へ顔を向けると、また酔っ払いの客たちが懲りずにお姉さんに絡んでいた。
私が立ち上がるのと同時に八戒に呼び止められて、皆が助けに向かう。
また灰皿をくらいたいのかと悟浄が煽ると、酔っ払いたちは怒りをあらわにして私たちの料理が並ぶテーブルを蹴飛ばした。
「なんてことするの!?」
お姉さんの悲痛な叫びと、悟空が床に手をついて悔し涙を流す姿が目に入る。
「おい、妖怪どころか人間とまで争ってどうする」
「血気盛んですねぇ」
「あらら……」
悟空と悟浄対酔っ払いによる、派手なケンカが始まる。
イスに座る三蔵と傍観する八戒の横で、私も行末を見守る。
そこへ駆けつけた酒場の主人により、今度は飲み比べ大会が開催されようとしていた。
「あほらしい。やってられるか」
「お、逃げるのか?そらそーだよなぁ。そっちにいるのは優男にガキと、見るからに貧弱そうな女顔の坊主。そこのお嬢ちゃんと一緒に、お酌でもしてもらおうか?」
「店主。この店中の酒、一滴残らず持ってこい」
昔から美人なんて言われるの嫌いだからなぁと、眉尻を下げて苦笑いする。
それに、かなりの負けず嫌いと来たもんだ。
「飲む前から目が据わってますけど?」
「わーい、酒だ酒だー!」
「八戒も参加するんですか?」
「ええ、たぶん僕勝ちますんで」
そう八戒に、余裕たっぷりに微笑まれる。
そして、四対四の酒の飲み比べ勝負が始まった。
ぎゅっと胸元で両手を握り、心配そうに見つめるお姉さんに声をかける。
「大丈夫ですよ、お姉さん」
「え?」
「八戒たちは勝つと言ったんです。セクハラおじさん相手に、負けたりなんてしませんよ」
と言いつつも、真っ先につぶれたのは悟空だった。
そういえば今さらだけど、桃源郷のお酒の年齢制限ってどうなっているんだろう。
「おいどうした坊主?そろそろ限界か?手がふるえてるぞ。やっぱりその女顔にゃ、お酌役が似合いだぜ」
「クッ、ククク……愚か者が。俺を愚弄するとはいい度胸だ」
魔戒天浄、と言いかけた口をあわてて塞ぎ八戒とともに止める。
妖怪ではなく、一般人相手になんて事を。
「名前さん、お願いできますか?この人見た目より、かなり酔ってるみたいなんで」
「はい、そうみたいですね……」
三蔵を席から立たせて、支えながら壁際へと移動させる。
ぐっと体重をかけられて、大きな身体が正面から覆いかぶさった。
小さく何かが聞こえる。
「三蔵?」
「名前様……どうして、俺を……一人に、」
これは、と瞬きする。
酔ってるせいで、江流に戻ってるようだった。
ぎゅうと力を込めて抱きしめてくる三蔵を、よしよしと背中をなでて慰める。
火照った身体、首筋にかかる吐息と、頬に当たる髪がくすぐったい。
悟浄を見ると対戦相手と言い争っていて、八戒はかなりの余裕っぷりだった。
ふいに、酒場中に霧が立ち込める。
バタバタと、周りの人が次々と床に倒れていく音がして。
「この霧……吸っちゃ駄目です!」
薬の匂いだと気がついた時には遅く、八戒の声を最後に意識が遠退いて倒れた。
◇
まぶたを開けて、眠りから目覚める。
端正な三蔵の顔が、鼻先がふれそうなほど近くにあって息を呑む。
そうだ、薬を嗅がされてみんな倒れたんだ。
立ち上がろうとしたが、固く背中にまわされた腕により身動きが取れない。
「三蔵!起きてください、三蔵!」
長い睫毛のまぶたが開き紫暗の瞳に、じっと見つめられる。
「〜ッ!」
「三蔵、大丈夫ですか?」
勢いよく解放されたと思えば、額に手を当ててうつむいている。
お酒のせいで、頭が痛むのだろうか。
「……忘れて、くれ」
「?」
「あれ、三蔵?名前?なんでみんなぶっ倒れてんだよ……?おい、起きろよ悟浄!」
なぜか三蔵が凹み、悟空が悟浄を起こしている間、激しい物音がして外へ出る。
八戒と、驚く事に店員のお姉さんが戦っていた。
彼女は、刺客の妖怪だったのか。
「そこにいるのは名前さん、ですね。我が名は八百鼡!我が主君紅孩児様の命により、その身預からせて頂きます!」
「名前さん!」
迫り来る八百鼡だが、八戒の防護壁により庇われて彼女の身体が弾かれる。
「もうあきらめてください!」
「こうなったら……最後の手段です」
手にあるのは起爆スイッチ。
酒場に仕掛けた爆薬を爆発させようとしたが、それも失敗に終わり、膝から崩れ落ちる。
八戒が謝りながら手を差し伸べるも、音を立てて振り払われた。
涙を流した八百鼡は、小刀を取り出してその切っ先を自身へ向ける。
「さよなら、紅孩児様」
「っ……!」
「八戒!」
突然、顔を真っ青にして倒れそうになる八戒。
尋常じゃないほどの動揺で気がかりだが、でも今は。
「待って!」
「来ないでください!」
「八百鼡さん!私、八百鼡さんとお友達になりたいんです!」
「……え?」
「情けや同情なんかじゃありません。だって貴方、一生懸命で本当はとってもやさしい人だから。だから、そんな悲しい事しないでください……貴方の大事な人、紅孩児のためにも生きてください!」
突如として舞い上がる風に、まぶたを閉じる。
「こ、紅孩児様!」
「!」
酒場の中にいた三蔵たちも駆けつけ、屋根の上を見上げる。
褐色の肌に、赤い長髪の妖怪。
八百鼡を抱きかかえて、強い瞳でこちらを見下ろしていた。
彼が牛魔王の息子、紅孩児。
「三蔵一行だな。我が部下を引き取りに来た。女、貴様が名前か」
紅孩児の言葉に、警戒しながらもこくりと頷く。
「我が部下の自害を阻止しようとした事、礼をいう。用件はそれだけだ」
意外だった。
攻撃を仕掛けた悟空たちと戦闘が始まるも、圧倒的な力を見せられて防御に徹する。
しかし、その隙に三蔵が紅孩児の背後を取っていた。
「あんたには聞きたい事が山程あるんだ、王子様」
「生憎だが日を改めて出直すとしよう。この界隈で戦うと民家を巻き込みかねん」
やっぱり、彼らは今までの妖怪とは違う。
強い意志と、人間を、他人を気遣う心を持っている。
「今までの部下の非礼は詫びておこう。だが貴様らが我々の計画を阻む限り、必ず貴様らを抹消し経文と名前を貰い受ける。また会おう。その時まで命を大事にしておくことだな」
そう言って紅孩児たちは消え去った。
八百鼡さん、もうあんな真似しないといいんだけど。
それにしても、と八戒を横目に見上げる。
「八戒、大丈夫ですか?」
「ええ、僕は平気です」
いつもの八戒に戻ったようだが、あの時、あきらかに様子がおかしかった。
なんとなく、感じ取れる。
きっとたやすく踏み込んではいけない話だろうと思い、それ以上聞き入る事はしなかった。
◇
夜更けの事。
宿に移り、取れた二部屋のうち私は三蔵と八戒と同部屋になる。
ベッドに入る前に上着を羽織り、二人に声をかける。
「少し、外の空気を吸ってきますね」
「ああ、宿からは出ないように」
「気をつけてくださいね」
「はい」
部屋を出て歩き、外廊下の冷たい手すりに腕を置く。
虫の音が鳴り響く夜空の下。
私は今日もひとり、淡く光る月を見上げた。