無印編

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天界での名前

どこを見渡しても、高くそびえ立つ岩石ばかり。
足場の悪い石林を、五人でひたすら歩き続ける。
車以外に変身できないのかと怒る悟空に対して、ジープが私の頭の上へと避難した。

「あ、逃げた!」
「先生ー、動物が動物虐待してまーす」
「悟空、あんまりジープをいじめちゃダメだよ」
「ピィー!」
「だってよ〜、名前〜」
「このままじゃ、山を越える前に日が暮れるな」
「では、あそこで一晩の宿を借りてみませんか?」

石林の間から見えたのは、荘厳な寺院。
これまでに数々の寺院を訪れて、わかった事がある。
私はカバンの中からマントを取り出し、頭からすっぽりと身体を隠すようにかぶった。
よし、これで完璧。

「何してんの?名前
「秘技性別隠し、です。あ、三蔵!笑わないでくださいよ」
「てるてる坊主みたいで可愛いですね、名前さん」
「お、八戒に一足先に取られたな」
「八戒も悟浄も!まじめなんですよ!」

側から見ればただの不審者のよう。
でも、これで女人禁制の問題は何とかなるだろう。
寺院を見上げながら、すみませんと大きく声をかける。
最初こそ僧侶に門前払いを受けたが、三蔵法師が来たとわかるとあわてて迎え入れられる。

「玄奘三蔵法師様、この様な古寺にようこそお越しくださいました」
「歓迎いたみいる」
 
大きな仏像の前に座る僧正様、両脇に並ぶ僧侶たち、線香の香り。
懐かしい。
初めて訪れた寺院だが、今まで長い事お世話になってきた場所なのでそんな気持ちになる。

「実は光明三蔵法師も十数年ほど前、この寺にお立ち寄りくださったのですよ。光明様の端正で荘厳なお姿が、今も目に焼きついております」

光明様。
思いもしなかった言葉に目を見張り、じんわりと目が潤む。

「そんな事より」

凛とした三蔵の声に、顔を上げて唇を引きしめた。

「この石林を一日で越えるのは難儀ゆえ、一夜の宿を借りたいのだが」
「ええ!それはもちろん喜んで!ただ……」
「何か?」
「ここは神聖なる寺院内でして、本来ならば部外者をお通しする訳には……そちら方々は、仏道に帰依する方にはとても……」

難色を示す僧侶たちに、悟浄が噛みつく。

「この方々はお弟子さんですか?」

そう聞かれると、突然ぐっと腕を引っ張られる。
何事かと瞬きすると、三蔵はうしろの三人へ視線を向けた。

「そっちは下僕だ」

激しく抗議する悟浄と悟空をなだめる八戒の声に、苦笑いする。
べつに、私も下僕の内の一人でもいいのに。

「は~、やっと生き返ったぜ」
「いいお部屋じゃないですか」

三蔵のおかげで五人とも食事を頂き、案内された部屋でくつろぐ。
私はずっと被り続けていた布を脱ぎ、一息つく。
扉が開いてお茶を手に、少年のお坊さんが入ってきた。
名前を、葉という。

「チッ、配膳ぐらいキレーな姉ちゃんにやらせろっての」
「そんな、不浄な!この寺院内は女人禁制ですよ……って、え。ええ!?」
「隠しててごめんなさい、葉くん」

私を見た葉くんが、口をぱくぱくと動かす。
お世話係となればどの道すぐバレると思ったので、女だとあっさりと白状した。

「どういう事ですか!三蔵様っ!」
「なぜ俺にふる」
「三蔵様といえば御仏に選ばれし尊き御方、我々仏教徒にとって絶対的存在にございます!そんな三蔵様にわたくし、生きてお会いできるとは思ってもいませんでした。なのに、なのに……!不浄です!」
「……不浄なのは、てめぇらの方だろうが」
「え?」
「茶坊主くん、何か勘違いしてねぇか?名前ちゃんと俺らはそういう関係じゃねぇのよ。ま、将来どうなるかはわかんねーけどな?特に三蔵サマ」
「殺すぞ」
「悟浄、貴方フォローしているのかしていないのか、どっちなんですか」

悟浄の軽口に、八戒がため息を吐く。
ぐっと、眉をつり上げた悟空が葉くんに詰め寄った。

「お前、名前をここから追い出して一人で野宿しろって言うのか?」
「そ、それは……」
「葉くん、明け方になるまでの一晩だけでいいんです。嫌かもしれませんが私を女だとは思わず、ここに置いてくださいませんか?」
「う、うう……」

規律を守る葉くんが悪いなんて事、何一つないのだけど。
皆に圧倒されたようで、目を逸らしながらも渋々と頷いた。

「わかりました。でも、麻雀はダメです!お酒も煙草も!」
「チッ」
「何がチッ、ですか!ここは神聖なる寺院なんですよ!?」

日が暮れて私はお風呂をいただいたあと、葉くんとともに寺院内を案内してもらう。

名前様は、仏道に興味をお持ちですか?」

葉くんの質問に、眉尻を下げて笑う。

「興味、というかお寺が好きで。初めは光明様に連れられてですけど、何年もずっと寺院でお世話になっていたので」
「あの光明三蔵法師様にですか!?すごい!名前様は生きて、お二方の三蔵法師様にお会いなさったのですね!」

両手を組み合わせて、目をきらきらと輝かせた葉くんに見上げられる。
正確には四人だったなと、大切な人たちを思い出して目を細める。
突然、近くで何か崩れたような轟音を耳にした。

「なんでしょうか?」
「葉くん、部屋に戻って三蔵たちを呼んできてください!」
名前様!?」

もう何回、何十回と経験してきたからわかる。
刺客の妖怪たちだ。
音の方へ走って向かうと、すでに大勢の妖怪たちが大広間へと侵入していた。

「出てこい!三蔵一行!殺してやる!」
「皆さん逃げてください!早く!」
「お、そこにいるのは三蔵一行の女だな?紅孩児様への手土産を探す手間が省けたぜ!」

逃げ惑う人たちに、鳴り止まない悲鳴、血飛沫。
迫り来る妖怪たちは、武器も持たない僧侶たちを容赦なく次々と殺していく。

「これは、一体……」
「葉くん!逃げて!」

壁を背に座り込む葉くんの前に、立ちふさがる。

「ククッ……どうした、震えてるぞ?女一人に何が出来るっていうんだァ?」

舌なめずりしながら妖怪は、余裕たっぷりに見下ろす。
うしろでは葉くんが、声を上げる事も逃げる事も出来ずに震えている。
このままじゃ、葉くんが殺される。

「!……な、に」

胸と口から、血を流して妖怪が倒れる。
私は妖怪の心臓目がけて、小刀を突き刺していた。
あの日、再びこの世界に来て観世音菩薩様から授かった小刀を。

「う、……」

殺した。
初めて、人を、妖怪を。
込み上げてくるものを、吐き気を、必死で抑える。

「女ァ!よくも仲間を殺ってくれたな!ぶっ殺してやる!」
名前!」

悟空たち三人がやってきて、その姿に安堵して膝から崩れ落ちる。
影が降ってきたかと思えば銃声が聞こえて、三蔵の後ろ姿がそこにあった。
減点だ、なんて言って余裕ある様子に力なく笑う。

「お前ごときの刺客をよこす様じゃ、俺達はよほど見くびられてるらしいな。貴様らの主君、紅孩児とやらに。牛魔王蘇生実験の目的はなんだ?その裏に何がある」
「……ヘッ、アンタ血生臭ェな。今まで何人の血を浴びてきた?三蔵の名が聞いてあきれるぜ」

三蔵が引き金を引こうとした、その時。
爆発音と衝撃波に、目をつぶる。
自爆した。
主君である紅孩児のために、自ら死を選んだ。

「あ、あなたたちは……」
「葉くん、もう大丈夫、」

うしろにいた葉くんが拳を握り、震えながらも立ち上がる。

「あなたたちは何者なんですか!?今までにも沢山の血を浴びた……って、こんな風に殺生を続けてきたのですか!?」

たとえ誰であろうと殺生は御仏への冒涜だと、必死で嘆く葉くんに眉を落とす。
もちろんここにいる誰一人、好き好んで殺しているわけではない。

「お前、それ本心で言ってるのか?これだけ身内が殺されても、命懸けで守ってくれたこの人の前で、そんな事言えるのかよ」

三蔵の鋭い視線が、葉くんに向かう。
周りには妖怪と、何の罪もないたくさんの僧侶たちの死体。
そして私の手には、いまだ血のついた小刀。

「ごめんね、葉くん。皆を守れなくて」
「そんな、わたくし……」

三蔵が私の手から小刀を取って血を拭い、鞘に納める。
そして、背中と膝の裏に腕をまわされたかと思えば、軽々と抱きかかえられた。

「三蔵……!」
「腰抜けて立てねぇだろ」
「……はい」

いつからか抜けた敬語。
横抱きにされて周りからの視線も気になったが、おとなしく三蔵の腕に収まる。
そんなに神に近づきたければ死んでしまえと、三蔵は容赦なく葉くんに告げた。

「でもまあ、残念な事に。俺たちは生きてるんだな、コレが」

悟浄の言葉に、崩れ落ちた壁からまぶしいほどの朝日が差し込んだ。



私たちは、足早に寺院を立ち去る。
お礼を言われたが、元々自分たちがいなければ襲われなかった事態だ。

「三蔵様!」

葉くんが、私たちの元へ走って追いかけてくる。

「また寺院に立ち寄ってくださいますか?その時は……その時は、わたくしに麻雀を教えてください!」

葉くんの吹っ切れたような明るい表情に、私も頬をゆるめた。

名前様も!」
「?」
「ぜひ、また会いに来てくださいね!」
「はい!」

合掌して見送る葉くんに別れを告げて、私たちは再び西へと歩みを進めた。
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