埋葬編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
暗闇の中、静寂が破れて鳥が飛び立つ。
「待て!女!」
「ハッ!そんな足で、俺たちから逃げられるとでも思ってるのかよ?」
「ハァ、ハァ……!」
息も絶え絶えに、真っ暗な森の中を必死で駆けていく。
追いかけてくるのは、二人の見知らぬ男。
長く尖った耳に刃物を持ち、人間とは思えない形相をしていた。
なんで、どうして。
わけもわからずにじむ視界の中、何かにぶつかり体勢を崩して目をつむる。
「おや?」
待ち構えていた衝撃はない。
私の身体は何者かの腕により支えられ、しっかりと受け止められていた。
耳元から聞こえた声に、顔を上げる。
「どうかされましたか?そんな傷だらけの身体で」
「に、逃げてください!」
「はい?」
男性が小首を傾げると、高く一つに結ばれた金髪がさらりと揺れる。
「鬼ごっこはもう終いか?女ァ」
草木をかき分けて、いやらしい笑みを浮かべた男たちが近づいてきた。
二人の鋭い視線は、私の肩に手をかけている男性へと向けられる。
「なんだ、テメェは」
「いえ、ただの通りすがりの者でして」
「おい、ソイツ坊さんじゃねーか。痛い目みたくなかったら金目の物とその女置いて、さっさと失せるんだな」
「これはこれは、お決まりのセリフですねぇ」
「うるせぇ、オッサン!」
この場に似つかない、ゆったりとした態度で佇む男性。
たしかに、双肩に経文を掛けた法衣姿のお坊さんだった。
「しかし、オッサンだなんてひどい物言いじゃないですか。これでも案外、気を遣ってる方なんですよ?」
「んだと!?余裕かましやがって!」
「ブッ殺してやる!」
振り上げられた鈍色の刃。
夜空の雲が晴れて、月の光が仄かに差し込む。
逃げてと、心の内で叫ぶも身体は何一つ動かない。
ふいに、まぶたを手で覆われて視界が遮られた。
「もう大丈夫ですよ、お嬢さん」
次に聞こえたのは断末魔と、むせ返るような鉄のにおい。
恐怖か、安堵か。
私はそこで、意識を完全に手放したのだった。
◇
「……っ!」
目が覚めて、勢いよく起き上がる。
周りを見渡すとそこは森ではなく、室内のベッドの上。
窓からは朝日が差し込み、すり傷のあった手足には包帯が巻かれていた。
「あぁ、起きましたか。具合はいかがですか?」
昨夜出会ったばかりのお坊さんが、穏やかな笑みを浮かべて部屋へ入ってきた。
戸惑いながらもこくりと頷くと、手にしていたお盆を机の上へと置く。
「こちらの宿の方から軽食をいただきました。何でもいいので、少しでもお腹に入れるといいですよ」
「あの……!」
「はい?」
ぎゅっと、膝の上のタオルケットを握りしめる。
目の前の彼に助けられて、安全な場所に来て、今になって震えが止まらない。
「巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ。成り行きみたいなものですし、そんなに気負う必要ありませんよ。ああ、そういえばまだ、お名前をお聞きしてなかったですね」
「苗字名前です」
「私は第三十代唐亜光明三蔵法師と申します。光明、でいいですよ」
光明様、と頭の中で唱える。
仏教について詳しくはないが、名前からしてきっと偉いお坊さんなのだろう。
ベッドの隣の椅子に腰掛けた光明様から、水の入ったコップを手渡される。
震えを誤魔化すかのように、一気に喉の奥へ流し込んだ。
それにしても、と眉尻を下げて光明様を見る。
「光明様は、とてもお優しい方なのですね。見知らぬ者に、ここまで親切にしてくださって」
「いえね、名前さんは人に甘えるのがとても下手な方だと思いまして」
「え……?」
だって、そうでしょう?
そうきれいなお顔で微笑まれて、気恥ずかしさからうつむく。
まるで、心の奥底まで見透かされたようだった。
「困った時は誰彼構わず、助けてください、でいいんですよ」
「でも、」
「そして、助けてもらったあとはお礼を言う。それだけでいいんです。それだけで、人というものは報われますから」
光明様の言葉に、今までの言動を思い起こす。
そうだ、私が口にすべきは謝罪ではなくて。
「光明様」
「はい」
「助けていただいて、ありがとうございました」
「はい、どういたしまして」
ポンッと頭の上に手のひらが置かれて、よしよしと優しくなでられる。
突然の行動に固まり、顔が熱くなるのがわかる。
「あ、あの……光明様!私もいい年した大人なので、子供扱いはちょっと」
「はっはっはっ。39のオジサンからしたら、名前さんなんてまだまだ子供ですよ」
たしかにそうかもしれないけど!
「ひとりで怖かったでしょう、寂しかったでしょう」
光明様の言葉に、肩が揺れる。
それは、いきなり見知らぬ土地で目覚めてから、ずっと胸に抱えていた事で。
「見ず知らずの他人を気遣える優しい貴方を、放っておきはしませんよ」
ふわりと身体を包まれて、光明様の胸元に顔を埋める。
「光明様……!」
「よしよし、安心してください。女性の泣き顔を見るような、無粋な事はしませんから」
「う、ずっと我慢してたのに……泣かせるのは、ずるいです」
「はは、すみません。でもあとで、こっそり泣かせるなんて真似はさせたくなかったものですから」
人前で泣くなんて、いつ以来だろう。
ひとしきり涙を流して離れたあと、光明様は懐から取り出した煙草を自然な動作で口にする。
光明様って、本当にお坊さんなのだろうか……?
「そういえば、私は所用で禅奥寺へ行く途中だったんですよ。名前さんは?」
そうだ。
ここは、一体どこなんだろう。
「待て!女!」
「ハッ!そんな足で、俺たちから逃げられるとでも思ってるのかよ?」
「ハァ、ハァ……!」
息も絶え絶えに、真っ暗な森の中を必死で駆けていく。
追いかけてくるのは、二人の見知らぬ男。
長く尖った耳に刃物を持ち、人間とは思えない形相をしていた。
なんで、どうして。
わけもわからずにじむ視界の中、何かにぶつかり体勢を崩して目をつむる。
「おや?」
待ち構えていた衝撃はない。
私の身体は何者かの腕により支えられ、しっかりと受け止められていた。
耳元から聞こえた声に、顔を上げる。
「どうかされましたか?そんな傷だらけの身体で」
「に、逃げてください!」
「はい?」
男性が小首を傾げると、高く一つに結ばれた金髪がさらりと揺れる。
「鬼ごっこはもう終いか?女ァ」
草木をかき分けて、いやらしい笑みを浮かべた男たちが近づいてきた。
二人の鋭い視線は、私の肩に手をかけている男性へと向けられる。
「なんだ、テメェは」
「いえ、ただの通りすがりの者でして」
「おい、ソイツ坊さんじゃねーか。痛い目みたくなかったら金目の物とその女置いて、さっさと失せるんだな」
「これはこれは、お決まりのセリフですねぇ」
「うるせぇ、オッサン!」
この場に似つかない、ゆったりとした態度で佇む男性。
たしかに、双肩に経文を掛けた法衣姿のお坊さんだった。
「しかし、オッサンだなんてひどい物言いじゃないですか。これでも案外、気を遣ってる方なんですよ?」
「んだと!?余裕かましやがって!」
「ブッ殺してやる!」
振り上げられた鈍色の刃。
夜空の雲が晴れて、月の光が仄かに差し込む。
逃げてと、心の内で叫ぶも身体は何一つ動かない。
ふいに、まぶたを手で覆われて視界が遮られた。
「もう大丈夫ですよ、お嬢さん」
次に聞こえたのは断末魔と、むせ返るような鉄のにおい。
恐怖か、安堵か。
私はそこで、意識を完全に手放したのだった。
◇
「……っ!」
目が覚めて、勢いよく起き上がる。
周りを見渡すとそこは森ではなく、室内のベッドの上。
窓からは朝日が差し込み、すり傷のあった手足には包帯が巻かれていた。
「あぁ、起きましたか。具合はいかがですか?」
昨夜出会ったばかりのお坊さんが、穏やかな笑みを浮かべて部屋へ入ってきた。
戸惑いながらもこくりと頷くと、手にしていたお盆を机の上へと置く。
「こちらの宿の方から軽食をいただきました。何でもいいので、少しでもお腹に入れるといいですよ」
「あの……!」
「はい?」
ぎゅっと、膝の上のタオルケットを握りしめる。
目の前の彼に助けられて、安全な場所に来て、今になって震えが止まらない。
「巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ。成り行きみたいなものですし、そんなに気負う必要ありませんよ。ああ、そういえばまだ、お名前をお聞きしてなかったですね」
「苗字名前です」
「私は第三十代唐亜光明三蔵法師と申します。光明、でいいですよ」
光明様、と頭の中で唱える。
仏教について詳しくはないが、名前からしてきっと偉いお坊さんなのだろう。
ベッドの隣の椅子に腰掛けた光明様から、水の入ったコップを手渡される。
震えを誤魔化すかのように、一気に喉の奥へ流し込んだ。
それにしても、と眉尻を下げて光明様を見る。
「光明様は、とてもお優しい方なのですね。見知らぬ者に、ここまで親切にしてくださって」
「いえね、名前さんは人に甘えるのがとても下手な方だと思いまして」
「え……?」
だって、そうでしょう?
そうきれいなお顔で微笑まれて、気恥ずかしさからうつむく。
まるで、心の奥底まで見透かされたようだった。
「困った時は誰彼構わず、助けてください、でいいんですよ」
「でも、」
「そして、助けてもらったあとはお礼を言う。それだけでいいんです。それだけで、人というものは報われますから」
光明様の言葉に、今までの言動を思い起こす。
そうだ、私が口にすべきは謝罪ではなくて。
「光明様」
「はい」
「助けていただいて、ありがとうございました」
「はい、どういたしまして」
ポンッと頭の上に手のひらが置かれて、よしよしと優しくなでられる。
突然の行動に固まり、顔が熱くなるのがわかる。
「あ、あの……光明様!私もいい年した大人なので、子供扱いはちょっと」
「はっはっはっ。39のオジサンからしたら、名前さんなんてまだまだ子供ですよ」
たしかにそうかもしれないけど!
「ひとりで怖かったでしょう、寂しかったでしょう」
光明様の言葉に、肩が揺れる。
それは、いきなり見知らぬ土地で目覚めてから、ずっと胸に抱えていた事で。
「見ず知らずの他人を気遣える優しい貴方を、放っておきはしませんよ」
ふわりと身体を包まれて、光明様の胸元に顔を埋める。
「光明様……!」
「よしよし、安心してください。女性の泣き顔を見るような、無粋な事はしませんから」
「う、ずっと我慢してたのに……泣かせるのは、ずるいです」
「はは、すみません。でもあとで、こっそり泣かせるなんて真似はさせたくなかったものですから」
人前で泣くなんて、いつ以来だろう。
ひとしきり涙を流して離れたあと、光明様は懐から取り出した煙草を自然な動作で口にする。
光明様って、本当にお坊さんなのだろうか……?
「そういえば、私は所用で禅奥寺へ行く途中だったんですよ。名前さんは?」
そうだ。
ここは、一体どこなんだろう。