無印編
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「三蔵様、私ここを出て行こうと思うんです」
「……今、何と?」
それは再び桃源郷へ戻ってきてから、ずっと考えていた事。
机の上にお茶を置きながらそう言うと、ピクリと眉を動かした三蔵がこちらを向く。
「ここでは、私はただの厄介者で。このままお世話になるわけにはいきません」
「恥じる事などない、と言ったのは貴方ではないですか」
三蔵の鋭い視線が私を射抜く。
それはかつて、金山寺で交わした江流との会話。
「決して恥じて出て行く訳ではないのです。私の意志で、独り立ちするために」
本当は三蔵と離れるのは寂しいけれど。
三蔵法師を継承した彼はもう、あの頃の江流ではない。
立ち上がった三蔵が、いきなり私の手をつかんで目を見開く。
それは痛いほど、強い力で。
「行かせません」
「三蔵様、なぜ」
「名前様は、妖怪に会った事がありますか?」
「……ええ、この桃源郷で共存している事も、彼らの恐ろしさも知っています」
忘れもしない。
それはこの世界に来て、真っ先に出会した出来事。
「その妖怪が、近年暴走化しているのです」
「暴走……?」
「先日、俺は三仏神に呼ばれて斜陽殿へ向かいました。そこで、500年前に封印された大妖怪、牛魔王蘇生実験が行われようとしてる事、その影響により負の波動が桃源郷に行き渡り、妖怪たちが暴走している事を聞きました」
そんな事が、と眉をひそめる。
人間と妖怪が共存する桃源郷の均衡が、崩壊しようとしている。
「そして、その元凶を突き止め阻止するため、西の天竺国へ旅立てと命じられたのです。悟空、八戒、悟浄と……名前様を連れて」
「三蔵様……今、何と?」
今度は、私が聞き返す番だった。
「三仏神の勅令です。事の発端は、観世音菩薩の命によるものだそうで」
「観世音菩薩様が……?」
「だから、一人では行かせません」
困惑しながらも握られた手に再び力が入り、紫暗の瞳と視線が交わる。
三蔵は眉間にシワを寄せて、苦渋の表情を浮かべていた。
◇
観世音菩薩様の考えている事が、わからない。
神様だから、なんて言ってしまうのは簡単だけど。
「マジで!?名前も一緒に行くの!?」
「そうみたいなんです……私、ただの足手まといなのに」
「大丈夫だって!名前の事は、ゼッテー俺たちが守るから!な、三蔵!」
「当たり前だ」
一筋縄ではいかない旅路だろう。
旅支度をして、三人で慶雲院を出て森の中を歩く。
「オイ見ろ!坊主にガキに女だ!」
「へへっ、美味そうな女だな」
「坊さん、痛い目に遭いたくなかったら、金目の物と女を置いてとっとと失せるんだな」
「名前様、俺のそばから離れないように」
「は、はい」
道中、予想してた通り妖怪たちに遭遇して囲まれる。
大人数相手に冷や汗をかいていたところ、崖上から錫月杖が飛んできた。
「お久しぶりです」
「よっ、元気にしてたか?名前ちゃん。それから生臭坊主にバカ猿」
「バカ猿って言うな!このエロ河童!」
悟浄、八戒と再会して、襲いかかる妖怪たちを四人はたやすくなぎ倒す。
妖怪も、人間と同じ赤い血を流す。
周囲に散らばる死体とむせ返る鉄のにおいに、口元を手で覆う。
「大丈夫ですか、名前さん」
「平気、です……」
しゃがみ込み丸めた背中を、八戒にそっとさすられる。
平然と殺生をしてるように見えるが、彼らだって決して好き好んで殺してるわけではない。
みんながいなければ私も今頃、この倒れている妖怪たちと同じ目に遭っているのだから。
「ジープ」
「キュウ」
八戒の肩に止まっていた白い竜が車に変身して、目を丸くする。
この世界には妖怪がいるから竜がいてもおかしくない、とは思うけれど。
これが、科学と妖術の共存。
八戒の運転するジープの後部座席に座り、西へ向かい砂漠を越える。
数日後、茄陳という町に到着した。
「すっげーうめぇ!って、悟浄!それ俺の取っておいた酢豚!返せッ!」
「るせーな、意地汚ーぞ猿!草でも食ってな」
「こんっの!エロ河童!」
「んだとクソチビ猿!」
「静かに食え!静かに!」
「すみませんねぇ、騒がしくて」
この町で悟空と悟浄が不良から助けた女の子、朋茗の宿に泊めさせてもらう事になった。
いつもの調子の四人にふっと笑い人心地がつくと、八戒と視線が合う。
「名前さん、ちゃんと食べてますか?」
「あ、はい。私はもうお腹いっぱいで」
「マジ?名前、全然食ってねぇじゃん」
「女の子とお前の胃袋と一緒にすんな、脳みそ胃袋猿」
「んだと、エロ河童!」
「すみませーん、お茶おかわり」
八戒から手渡されたお茶を受け取り、お礼を言う。
三蔵が朋茗の父に、この界隈での妖怪の動向を聞いた。
少し前までは妖怪も普通に暮らしていたが、ある日突然、町の住人を食べて姿を消したらしい。
本当につい最近まで、人間と共存していたんだ。
「私、妖怪なんて嫌い」
「朋茗……」
「だって人間を食べるのよ!?ただの化物じゃない!人間と妖怪が一緒に暮らすなんて無理よッ、町のみんなもそう言ってる!」
異変の事を知らない彼女たちからすると、妖怪が本性を現したとしか思えないだろう。
食後、皆と別れて、私と三蔵は離れの各部屋へと向かう。
旅の一座により団体客が入ったけど、個室は余ってるそうだ。
「何かあったらすぐに呼んでください……俺たち以外が来ても、決して扉を開けないように」
「はい、三蔵様もお気をつけて」
個室に入り、ベッドに腰掛けて窓から夜空に浮かぶ月を眺める。
再びこの桃源郷に戻ってきてからは、目まぐるしい日々。
思いもしなかった四人との旅路。
ここに来るまで幾度となく妖怪に襲われて、慣れない野宿も経験した。
「光明様……」
もう一度会えたらと、二度と叶わない願いを望んでしまう。
この胸に空いた穴は、この先決して埋まる事はない。
コツッと、聞こえた物音にうしろを振り返ろうとした、その瞬間。
衝撃と、鈍い痛み。
わずかに開いた目に映ったのは、いつの間にか部屋に入り込んでいた人。
いや、妖怪。
その姿を最後に、私は意識を失った。
「……今、何と?」
それは再び桃源郷へ戻ってきてから、ずっと考えていた事。
机の上にお茶を置きながらそう言うと、ピクリと眉を動かした三蔵がこちらを向く。
「ここでは、私はただの厄介者で。このままお世話になるわけにはいきません」
「恥じる事などない、と言ったのは貴方ではないですか」
三蔵の鋭い視線が私を射抜く。
それはかつて、金山寺で交わした江流との会話。
「決して恥じて出て行く訳ではないのです。私の意志で、独り立ちするために」
本当は三蔵と離れるのは寂しいけれど。
三蔵法師を継承した彼はもう、あの頃の江流ではない。
立ち上がった三蔵が、いきなり私の手をつかんで目を見開く。
それは痛いほど、強い力で。
「行かせません」
「三蔵様、なぜ」
「名前様は、妖怪に会った事がありますか?」
「……ええ、この桃源郷で共存している事も、彼らの恐ろしさも知っています」
忘れもしない。
それはこの世界に来て、真っ先に出会した出来事。
「その妖怪が、近年暴走化しているのです」
「暴走……?」
「先日、俺は三仏神に呼ばれて斜陽殿へ向かいました。そこで、500年前に封印された大妖怪、牛魔王蘇生実験が行われようとしてる事、その影響により負の波動が桃源郷に行き渡り、妖怪たちが暴走している事を聞きました」
そんな事が、と眉をひそめる。
人間と妖怪が共存する桃源郷の均衡が、崩壊しようとしている。
「そして、その元凶を突き止め阻止するため、西の天竺国へ旅立てと命じられたのです。悟空、八戒、悟浄と……名前様を連れて」
「三蔵様……今、何と?」
今度は、私が聞き返す番だった。
「三仏神の勅令です。事の発端は、観世音菩薩の命によるものだそうで」
「観世音菩薩様が……?」
「だから、一人では行かせません」
困惑しながらも握られた手に再び力が入り、紫暗の瞳と視線が交わる。
三蔵は眉間にシワを寄せて、苦渋の表情を浮かべていた。
◇
観世音菩薩様の考えている事が、わからない。
神様だから、なんて言ってしまうのは簡単だけど。
「マジで!?名前も一緒に行くの!?」
「そうみたいなんです……私、ただの足手まといなのに」
「大丈夫だって!名前の事は、ゼッテー俺たちが守るから!な、三蔵!」
「当たり前だ」
一筋縄ではいかない旅路だろう。
旅支度をして、三人で慶雲院を出て森の中を歩く。
「オイ見ろ!坊主にガキに女だ!」
「へへっ、美味そうな女だな」
「坊さん、痛い目に遭いたくなかったら、金目の物と女を置いてとっとと失せるんだな」
「名前様、俺のそばから離れないように」
「は、はい」
道中、予想してた通り妖怪たちに遭遇して囲まれる。
大人数相手に冷や汗をかいていたところ、崖上から錫月杖が飛んできた。
「お久しぶりです」
「よっ、元気にしてたか?名前ちゃん。それから生臭坊主にバカ猿」
「バカ猿って言うな!このエロ河童!」
悟浄、八戒と再会して、襲いかかる妖怪たちを四人はたやすくなぎ倒す。
妖怪も、人間と同じ赤い血を流す。
周囲に散らばる死体とむせ返る鉄のにおいに、口元を手で覆う。
「大丈夫ですか、名前さん」
「平気、です……」
しゃがみ込み丸めた背中を、八戒にそっとさすられる。
平然と殺生をしてるように見えるが、彼らだって決して好き好んで殺してるわけではない。
みんながいなければ私も今頃、この倒れている妖怪たちと同じ目に遭っているのだから。
「ジープ」
「キュウ」
八戒の肩に止まっていた白い竜が車に変身して、目を丸くする。
この世界には妖怪がいるから竜がいてもおかしくない、とは思うけれど。
これが、科学と妖術の共存。
八戒の運転するジープの後部座席に座り、西へ向かい砂漠を越える。
数日後、茄陳という町に到着した。
「すっげーうめぇ!って、悟浄!それ俺の取っておいた酢豚!返せッ!」
「るせーな、意地汚ーぞ猿!草でも食ってな」
「こんっの!エロ河童!」
「んだとクソチビ猿!」
「静かに食え!静かに!」
「すみませんねぇ、騒がしくて」
この町で悟空と悟浄が不良から助けた女の子、朋茗の宿に泊めさせてもらう事になった。
いつもの調子の四人にふっと笑い人心地がつくと、八戒と視線が合う。
「名前さん、ちゃんと食べてますか?」
「あ、はい。私はもうお腹いっぱいで」
「マジ?名前、全然食ってねぇじゃん」
「女の子とお前の胃袋と一緒にすんな、脳みそ胃袋猿」
「んだと、エロ河童!」
「すみませーん、お茶おかわり」
八戒から手渡されたお茶を受け取り、お礼を言う。
三蔵が朋茗の父に、この界隈での妖怪の動向を聞いた。
少し前までは妖怪も普通に暮らしていたが、ある日突然、町の住人を食べて姿を消したらしい。
本当につい最近まで、人間と共存していたんだ。
「私、妖怪なんて嫌い」
「朋茗……」
「だって人間を食べるのよ!?ただの化物じゃない!人間と妖怪が一緒に暮らすなんて無理よッ、町のみんなもそう言ってる!」
異変の事を知らない彼女たちからすると、妖怪が本性を現したとしか思えないだろう。
食後、皆と別れて、私と三蔵は離れの各部屋へと向かう。
旅の一座により団体客が入ったけど、個室は余ってるそうだ。
「何かあったらすぐに呼んでください……俺たち以外が来ても、決して扉を開けないように」
「はい、三蔵様もお気をつけて」
個室に入り、ベッドに腰掛けて窓から夜空に浮かぶ月を眺める。
再びこの桃源郷に戻ってきてからは、目まぐるしい日々。
思いもしなかった四人との旅路。
ここに来るまで幾度となく妖怪に襲われて、慣れない野宿も経験した。
「光明様……」
もう一度会えたらと、二度と叶わない願いを望んでしまう。
この胸に空いた穴は、この先決して埋まる事はない。
コツッと、聞こえた物音にうしろを振り返ろうとした、その瞬間。
衝撃と、鈍い痛み。
わずかに開いた目に映ったのは、いつの間にか部屋に入り込んでいた人。
いや、妖怪。
その姿を最後に、私は意識を失った。