無印編
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声が聞こえる。
どこからか、私の名前を呼ぶ声が。
導かれるように歩き出す私を、誰かが看ている。
そんな気がした。
「よォ、紫苑」
「え?」
暗闇の中、差し込んだ光にまぶたを開ける。
真っ先に目に飛び込んできた人物に驚き、固まる。
上半身の布は透けて、豊満な胸を惜しみなくさらけ出す、こちらを見下ろす女性を。
「……ふ」
「?」
「ふ、服を着てください……」
「フッ……あっはっはっはっはっ!」
腰に手を当てて、黒髪の女性は豪快に笑う。
浮世離れしたその人は、神々しくて、まるで神様みたいだと思った。
「あぁ、そうだ。なんたって俺は、観世音菩薩だからな」
「観音様……ということは、ここは天国?いや、それとも地獄なんじゃ……」
「残念、そのどちらでもない。桃源郷だ」
桃源郷。
それは、光明様から教えてもらった世界の名前で。
「お前の居るべき世界はここだ、紫苑。いや、今は名前だったな」
その言葉に、瞳が揺れる。
頭に置かれたあたたかい手に胸が詰まり、私は人目もはばからず泣いた。
いい加減もう泣くなと、観世音菩薩様に慰められた後、まずは長安の慶雲院へ行けとのお達しを受けた。
この森を抜けて、歩いてすぐだそうだ。
「それと、これを受け取れ」
「小刀?」
「護身用にな。それにコレはお前のものだ、元々な」
そうだ、ここは妖怪のいる世界。
見覚えのないそれが元々私のもの、というのはよくわからなったが、手にした小刀を懐へと仕舞った。
綺麗事かもしれないが、今後使う機会がない事を祈ろう。
本当は今すぐにでも金山寺に行きたかったが、どこにあるのか、ここから何日かかるかもわからない。
観世音菩薩様の言葉に従い、一人木々の間を抜けた。
◇
ここが、慶雲院。
長い階段を上り、壮大な寺院の敷地内に足を踏み入れる。
「ねえ、アンタ誰?」
突然、頭上から少年の声が聞こえた。
桃の果実と緑が生い茂る大樹を見上げる。
茶髪の少年がその枝に座り、いくつもの桃を手に、丸い瞳でこちらを見ていた。
きれいな金晴眼だ。
「もしかして、三蔵の知り合い?」
「三蔵……!三蔵法師様が、こちらの寺院にいらっしゃるのですか!?」
「うん、いるよ?」
「む、そこの女人!慶雲院に立ち入るとは何事か!ここは女人禁制であるぞ!」
ざわざわと、僧侶たちが集まってくる。
そうだったと、己の失態に顔を青くする。
今までは剛内様に、光明様に、特別に受け入れてもらっていただけだった。
「いーじゃん、べつに。姉ちゃんは、三蔵に会いに来ただけなんだろ?」
「どうした。騒々しい、……!」
「あ、三蔵!」
少年の声に瞬きして、振り返る。
金冠を被り、双肩に経文をかけた法衣姿の三蔵法師が、たしかにそこにいた。
光明様とも烏哭ともまた違った、けれどどこか懐かしいような。
金糸の髪に紫暗の瞳。
そう、額のチャクラを除いては、まるで江流が成長したかのような風貌だった。
じっと、こちらを射抜くような紫暗の双眸に見下ろされる。
「……そちらの方、名前をお尋ねしたい」
「苗字名前です。女人禁制の寺院に、勝手に足を踏み入れて申し訳ありません。実は、観世音菩薩様にこちらを訪ねてみよ、との意を受けまして」
「観世音菩薩に?」
三蔵様を見上げると、眉間のシワを一層強くしていた。
見れば見るほど、大人版江流だ。
まじまじと見られるのが嫌だったのか、サッと背を向けられてしまう。
しまった、気をつけないと。
「少し話があります。こちらへ」
「三蔵様……!しかし、女人をこの慶雲院に、」
「女だろうが男だろうが、俺への客人だ。ここへの出入りは俺が許可する。何か、文句がある奴はいるか」
「い、いえ……」
にらまれたお坊さんたちは、その威圧感に皆怯んで委縮していた。
寛大な三蔵法師でよかったと、ホッと胸をなで下ろす。
三蔵様のその背中について行くと、先ほどの少年が隣に並び歩き出した。
「悟空、お前は来るな」
「えー、なんで。いいじゃん、ケチ!」
「うるせぇ、おとなしく桃でも食ってろ!」
寺院に軽快な音が鳴り響く。
どこから出したのか三蔵様のハリセンで叩かれた少年は、渋々ながら桃を手に駆け出す。
「またな!姉ちゃん!」
元気な少年に手を振って別れ、二人して屋内へと足を進める。
客室に入り、三蔵様と真正面に向かい合って座った。
「いくつかお尋ねしたい事がございます」
「はい」
「こちらへ来るまでは、どこで何を?」
いきなり答えにくい質問だなと、内心冷や汗をかく。
当然の疑問ではあるけれど。
「金山寺にて、光明三蔵様のお世話になっておりました。訳あってこちら長安に赴き、つい先ほど観世音菩薩様とご対面しました」
「金山寺を離れてからは、何を?」
「それは……いろいろと」
「いかなる理由で、金山寺を離れる必要があったのですか」
「それは、」
どうしてそこまで突っ込んで聞くのだろうか。
返答に言い淀んで、うつむく。
本当の事など、三蔵様にはとても話せない。
なのに、なぜと再び催促されて自身の手を固く握る。
「なぜですか」
「私は、その、」
「なぜ俺に、お師匠様に黙っていなくなったのですか……名前様」
「……江、流?」
そんな、まさか。
悲痛な表情を浮かべる、紫暗の瞳と視線が交わる。
だって、江流はまだ7歳の少年で、光明様とともに金山寺にいて。
「混乱されるかもしれませんが、お聞きください。名前様が金山寺から姿を消して、あれから16年の月日が経ちました」
一体、何を。
頭が真っ白になる。
「正直、俺も混乱しています。名前様のそのお姿が、記憶のまま何一つ変わっていないのですから」
「……それは、私が元の世界にいたからで……でも、そんな」
「名前様……!」
くらりと、倒れそうになったところを、三蔵様に抱き止められる。
いや、違う。
今の話が本当なら、彼は江流。
肩幅の広く骨張った大人の男性の身体に、戸惑いと、残酷な月日の流れを感じる。
江流ならば、まずは謝らないと。
「……江流、別れも告げずいなくなってごめんなさい。でも、私の意志ではどうにもできなくて。この桃源郷へ戻って来れたのも、声が聞こえたからで……」
「声……?」
誰かはわからない。
もしかしたら、観世音菩薩様だったのかもしれない。
「光明様……」
そうつぶやくと、私を支える腕がわずかに震えて揺れる。
光明様に会いたい。
そうだ、もう一度会えるんだ。
会って、ごめんなさいと謝りたい。
他にも言いたい事、話さなければならない事が山ほどある。
江流を見上げると、神妙な面持ちでこちらを見下ろしていた。
「光明様は、今どこに」
「……すべて、お話します」
どこからか、私の名前を呼ぶ声が。
導かれるように歩き出す私を、誰かが看ている。
そんな気がした。
「よォ、紫苑」
「え?」
暗闇の中、差し込んだ光にまぶたを開ける。
真っ先に目に飛び込んできた人物に驚き、固まる。
上半身の布は透けて、豊満な胸を惜しみなくさらけ出す、こちらを見下ろす女性を。
「……ふ」
「?」
「ふ、服を着てください……」
「フッ……あっはっはっはっはっ!」
腰に手を当てて、黒髪の女性は豪快に笑う。
浮世離れしたその人は、神々しくて、まるで神様みたいだと思った。
「あぁ、そうだ。なんたって俺は、観世音菩薩だからな」
「観音様……ということは、ここは天国?いや、それとも地獄なんじゃ……」
「残念、そのどちらでもない。桃源郷だ」
桃源郷。
それは、光明様から教えてもらった世界の名前で。
「お前の居るべき世界はここだ、紫苑。いや、今は名前だったな」
その言葉に、瞳が揺れる。
頭に置かれたあたたかい手に胸が詰まり、私は人目もはばからず泣いた。
いい加減もう泣くなと、観世音菩薩様に慰められた後、まずは長安の慶雲院へ行けとのお達しを受けた。
この森を抜けて、歩いてすぐだそうだ。
「それと、これを受け取れ」
「小刀?」
「護身用にな。それにコレはお前のものだ、元々な」
そうだ、ここは妖怪のいる世界。
見覚えのないそれが元々私のもの、というのはよくわからなったが、手にした小刀を懐へと仕舞った。
綺麗事かもしれないが、今後使う機会がない事を祈ろう。
本当は今すぐにでも金山寺に行きたかったが、どこにあるのか、ここから何日かかるかもわからない。
観世音菩薩様の言葉に従い、一人木々の間を抜けた。
◇
ここが、慶雲院。
長い階段を上り、壮大な寺院の敷地内に足を踏み入れる。
「ねえ、アンタ誰?」
突然、頭上から少年の声が聞こえた。
桃の果実と緑が生い茂る大樹を見上げる。
茶髪の少年がその枝に座り、いくつもの桃を手に、丸い瞳でこちらを見ていた。
きれいな金晴眼だ。
「もしかして、三蔵の知り合い?」
「三蔵……!三蔵法師様が、こちらの寺院にいらっしゃるのですか!?」
「うん、いるよ?」
「む、そこの女人!慶雲院に立ち入るとは何事か!ここは女人禁制であるぞ!」
ざわざわと、僧侶たちが集まってくる。
そうだったと、己の失態に顔を青くする。
今までは剛内様に、光明様に、特別に受け入れてもらっていただけだった。
「いーじゃん、べつに。姉ちゃんは、三蔵に会いに来ただけなんだろ?」
「どうした。騒々しい、……!」
「あ、三蔵!」
少年の声に瞬きして、振り返る。
金冠を被り、双肩に経文をかけた法衣姿の三蔵法師が、たしかにそこにいた。
光明様とも烏哭ともまた違った、けれどどこか懐かしいような。
金糸の髪に紫暗の瞳。
そう、額のチャクラを除いては、まるで江流が成長したかのような風貌だった。
じっと、こちらを射抜くような紫暗の双眸に見下ろされる。
「……そちらの方、名前をお尋ねしたい」
「苗字名前です。女人禁制の寺院に、勝手に足を踏み入れて申し訳ありません。実は、観世音菩薩様にこちらを訪ねてみよ、との意を受けまして」
「観世音菩薩に?」
三蔵様を見上げると、眉間のシワを一層強くしていた。
見れば見るほど、大人版江流だ。
まじまじと見られるのが嫌だったのか、サッと背を向けられてしまう。
しまった、気をつけないと。
「少し話があります。こちらへ」
「三蔵様……!しかし、女人をこの慶雲院に、」
「女だろうが男だろうが、俺への客人だ。ここへの出入りは俺が許可する。何か、文句がある奴はいるか」
「い、いえ……」
にらまれたお坊さんたちは、その威圧感に皆怯んで委縮していた。
寛大な三蔵法師でよかったと、ホッと胸をなで下ろす。
三蔵様のその背中について行くと、先ほどの少年が隣に並び歩き出した。
「悟空、お前は来るな」
「えー、なんで。いいじゃん、ケチ!」
「うるせぇ、おとなしく桃でも食ってろ!」
寺院に軽快な音が鳴り響く。
どこから出したのか三蔵様のハリセンで叩かれた少年は、渋々ながら桃を手に駆け出す。
「またな!姉ちゃん!」
元気な少年に手を振って別れ、二人して屋内へと足を進める。
客室に入り、三蔵様と真正面に向かい合って座った。
「いくつかお尋ねしたい事がございます」
「はい」
「こちらへ来るまでは、どこで何を?」
いきなり答えにくい質問だなと、内心冷や汗をかく。
当然の疑問ではあるけれど。
「金山寺にて、光明三蔵様のお世話になっておりました。訳あってこちら長安に赴き、つい先ほど観世音菩薩様とご対面しました」
「金山寺を離れてからは、何を?」
「それは……いろいろと」
「いかなる理由で、金山寺を離れる必要があったのですか」
「それは、」
どうしてそこまで突っ込んで聞くのだろうか。
返答に言い淀んで、うつむく。
本当の事など、三蔵様にはとても話せない。
なのに、なぜと再び催促されて自身の手を固く握る。
「なぜですか」
「私は、その、」
「なぜ俺に、お師匠様に黙っていなくなったのですか……名前様」
「……江、流?」
そんな、まさか。
悲痛な表情を浮かべる、紫暗の瞳と視線が交わる。
だって、江流はまだ7歳の少年で、光明様とともに金山寺にいて。
「混乱されるかもしれませんが、お聞きください。名前様が金山寺から姿を消して、あれから16年の月日が経ちました」
一体、何を。
頭が真っ白になる。
「正直、俺も混乱しています。名前様のそのお姿が、記憶のまま何一つ変わっていないのですから」
「……それは、私が元の世界にいたからで……でも、そんな」
「名前様……!」
くらりと、倒れそうになったところを、三蔵様に抱き止められる。
いや、違う。
今の話が本当なら、彼は江流。
肩幅の広く骨張った大人の男性の身体に、戸惑いと、残酷な月日の流れを感じる。
江流ならば、まずは謝らないと。
「……江流、別れも告げずいなくなってごめんなさい。でも、私の意志ではどうにもできなくて。この桃源郷へ戻って来れたのも、声が聞こえたからで……」
「声……?」
誰かはわからない。
もしかしたら、観世音菩薩様だったのかもしれない。
「光明様……」
そうつぶやくと、私を支える腕がわずかに震えて揺れる。
光明様に会いたい。
そうだ、もう一度会えるんだ。
会って、ごめんなさいと謝りたい。
他にも言いたい事、話さなければならない事が山ほどある。
江流を見上げると、神妙な面持ちでこちらを見下ろしていた。
「光明様は、今どこに」
「……すべて、お話します」