埋葬編
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「名前様、起きてください。いつまで寝ていらっしゃるのですか、もう朝餉の準備はできていますよ」
私が金山寺に来て、3年ほど経っただろうか。
江流も7歳となり、今では逆によく世話を焼かれるようになった。
「ははは、江流もすっかり生意気になりましたね」
「かわいいものですね」
穏やかな陽差しの中。
縁側に座る光明様のうしろで膝立ちして、長細くやわらかな金の髪を櫛で梳く。
三つに分けて綻びがでないよう、丁寧に触れて編み込む。
「はい、できました。光明様の髪は本当にお綺麗ですね。いつまでもさわっていたいくらいです」
「お好きなだけどうぞ。その代わり、私も思う存分さわり返しますからね」
「こ、光明様……」
「お師匠様!こんなところで、また説法をさぼって……」
足音が聞こえたと思えば、箒片手に眉をつり上げた江流が駆け寄ってきた。
「いえね、さっきまで名前さんに髪を結ってもらってまして」
お茶をすする光明様を、江流は呆れた様子で見つめる。
「江流も、どうです?ほら、名前さんのお膝へ」
「い、いえ……俺は結構です!名前様も!」
「はい?」
「一緒にお茶など飲んでないで、少しはお師匠様に仕事をするようおっしゃってください」
「ふふ、そうですね。飲み終えたらそうしましょうか」
「まったく、お二人方はいつもこう……」
甲斐甲斐しい江流がかわいくて、つい頬がゆるんでしまう。
成長したといっても、その姿はまだまだ子供だ。
「いやー、私は幸せ者ですね。こんな可愛いお嫁さんと、息子に囲まれて」
「光明様。息子はわかりますが、お嫁さんなどまたご冗談を」
「おや?私の片想いでしたか、それは残念」
「こ、光明様……!」
平然と言ってのける光明様に、顔を赤くする。
こういう話は、いつになっても慣れない。
はあ、と目の前から大きなため息が聞こえた。
「毎度見せつけられる、俺の気持ちにもなってくださいよ」
「おやおや。それとも、名前さんの心を射止めるのは江流ですかね?」
「もう、光明様。江流を巻き込まないであげてください」
きっとまたあきれているだろう。
そう思い江流を見ると、頬を染めて伏し目がちになっていた。
色恋の話は、まだ早かったか。
「三蔵様!光明三蔵様!客人が来ておられます」
「はいはい、今行きますよ」
それではあとは若いお二人で、なんて言って光明様はお弟子さんの元へ立ち去る。
そんなお見合いみたいな事を言って、江流はまだ7歳ですよ。
「……名前様が、お師匠様の事をお慕いしているのはわかります」
「江流?」
拳を握り、真剣な顔で話し始めた江流に耳を傾ける。
「それでも、俺は」
「あ、いたいた。名前さん、ただいま」
会話が途切れて、懐かしい声に目を見張り振り返る。
「烏哭様」
笠の指先で持ち上げて、細めた漆黒の瞳と視線が交わる。
烏哭と会うのは、三蔵法師して光明様とともに旅立った以来の事。
二年ぶり、だろうか。
「いつからここに?」
「今さっき。長い事会えなくて、寂しかった?浮気してない?といっても僕ら、カラダだけの関係だけど」
「烏哭、様こんなところで、ちょっと……!」
「いいね、その顔。怯えるウサギみたいで、そそられるよ」
するりと、頬に硬い指をすべらせて、腰を引き寄せられる。
すぐそばに、江流がいるのにも関わらず。
密着する身体に、迫る顔、今にも唇同士がふれそうになる。
その瞬間。
バシッと音を立てて、烏哭の腕を小さな手がつかんだ。
「名前様から離れろ」
「おっと、いたんだおチビちゃん」
怒気を含んだ江流の声に、薄く笑う烏哭は少しだけ身体を離す。
初めからわかってたくせに。
「君が噂の江流クン?ハジメマシテ。可愛い顔してるから、女の子かと思ったよ」
ムッと、眉間にシワを寄せて不機嫌をあらわにする江流。
いきなり女の子だなんて言われるの、そりゃ嫌に決まってる。
江流は私を烏哭から遠ざけるように、その間に割り込み立ちふさがった。
「なるほど。小さいくせに、もうすっかりナイト気取りってわけだ。まあ筆下ろしくらいは、手伝ってあげてもいいんじゃない?名前さん」
「烏哭様」
「まあまあ、そう目くじら立てないでよ」
「……三蔵法師ともあろうお方が、人前で軽率な行動はお控えください。貴方は客人で、ここは金山寺なのですから」
ふーん、とこちらを見下ろす烏哭に、負けじと見据える。
これ以上、江流の前で教育上よろしくない事を言うんじゃありません。
「妬けちゃうなぁ。江流クン、一緒にお風呂に入ったり、寝たりして、名前さんのアラレもない姿を毎日見てるんでしょ?」
「!」
「烏哭様、あまり江流をからかわないでください」
「……いいよ。その代わり、今日はここに泊まるから」
今晩、覚悟しておいてね。
すれ違いざまにそうつぶやかれ、耳元に口づけして去っていく。
またこの人は、江流の前で何て事を。
「名前様、あの人は本当に三蔵法師様なのですか?」
「言いたい事はよくわかりますが……先代より継承されたお方ですよ」
後ろ手を振り、小さくなっていく烏哭の背中を見つめる。
明日になれば、きっとまたどこかへ飛び立つだろう。
どれほどの月日が流れても、私と烏哭の距離は変わらなかった。
あの日、三蔵法師を継承した夜から何一つも。
ついと、下から着物の袂を引かれてしゃがみ込む。
江流の顔が近づいたかと思えば、一瞬だけ触れたやわらかくあたたかいもの。
耳まで真っ赤になった江流につられて、私も顔を赤くして口元を押さえる。
……江流の初キスを、奪ってしまったのでは。
「江流、こういう事は好きな人同士と、」
「俺は、名前様が好きです」
なんと、返したらいいのだろう。
身近に私しかいないからとか、年上への憧れや勘違いなどと言って、否定して傷つけたくはない。
かといって江流はまだ7歳で。
この先きっと、私よりも素敵な女性と出会う事があるだろう。
「私も江流の事が大好きです。でも、たぶん江流の好きとは違います」
「俺が、子供だからですか」
ムッとした表情に頭をなでたくなったが、きっと余計に怒るだろう。
引っ込めようとしたその手を、小さな手に取られた。
「俺は、本気です」
「……江流が、いろんな人に会って世界を知って、大人になってもまだ私の事を好きだったら、その時考えさせてくれませんか?」
ずるい言い方だと思う。
でも、江流にはもっと自由でいてほしいから。
「……わかりました。今の言葉、忘れないでくださいよ?」
「はい」
「絶対ですよ?」
「ふふ、はい」
必死な江流がかわいくて、今度は両手を伸ばして抱きしめる。
たどたどしく背中に手をまわす江流が愛しくて、私はまたぎゅっと抱きしめ返した。
私が金山寺に来て、3年ほど経っただろうか。
江流も7歳となり、今では逆によく世話を焼かれるようになった。
「ははは、江流もすっかり生意気になりましたね」
「かわいいものですね」
穏やかな陽差しの中。
縁側に座る光明様のうしろで膝立ちして、長細くやわらかな金の髪を櫛で梳く。
三つに分けて綻びがでないよう、丁寧に触れて編み込む。
「はい、できました。光明様の髪は本当にお綺麗ですね。いつまでもさわっていたいくらいです」
「お好きなだけどうぞ。その代わり、私も思う存分さわり返しますからね」
「こ、光明様……」
「お師匠様!こんなところで、また説法をさぼって……」
足音が聞こえたと思えば、箒片手に眉をつり上げた江流が駆け寄ってきた。
「いえね、さっきまで名前さんに髪を結ってもらってまして」
お茶をすする光明様を、江流は呆れた様子で見つめる。
「江流も、どうです?ほら、名前さんのお膝へ」
「い、いえ……俺は結構です!名前様も!」
「はい?」
「一緒にお茶など飲んでないで、少しはお師匠様に仕事をするようおっしゃってください」
「ふふ、そうですね。飲み終えたらそうしましょうか」
「まったく、お二人方はいつもこう……」
甲斐甲斐しい江流がかわいくて、つい頬がゆるんでしまう。
成長したといっても、その姿はまだまだ子供だ。
「いやー、私は幸せ者ですね。こんな可愛いお嫁さんと、息子に囲まれて」
「光明様。息子はわかりますが、お嫁さんなどまたご冗談を」
「おや?私の片想いでしたか、それは残念」
「こ、光明様……!」
平然と言ってのける光明様に、顔を赤くする。
こういう話は、いつになっても慣れない。
はあ、と目の前から大きなため息が聞こえた。
「毎度見せつけられる、俺の気持ちにもなってくださいよ」
「おやおや。それとも、名前さんの心を射止めるのは江流ですかね?」
「もう、光明様。江流を巻き込まないであげてください」
きっとまたあきれているだろう。
そう思い江流を見ると、頬を染めて伏し目がちになっていた。
色恋の話は、まだ早かったか。
「三蔵様!光明三蔵様!客人が来ておられます」
「はいはい、今行きますよ」
それではあとは若いお二人で、なんて言って光明様はお弟子さんの元へ立ち去る。
そんなお見合いみたいな事を言って、江流はまだ7歳ですよ。
「……名前様が、お師匠様の事をお慕いしているのはわかります」
「江流?」
拳を握り、真剣な顔で話し始めた江流に耳を傾ける。
「それでも、俺は」
「あ、いたいた。名前さん、ただいま」
会話が途切れて、懐かしい声に目を見張り振り返る。
「烏哭様」
笠の指先で持ち上げて、細めた漆黒の瞳と視線が交わる。
烏哭と会うのは、三蔵法師して光明様とともに旅立った以来の事。
二年ぶり、だろうか。
「いつからここに?」
「今さっき。長い事会えなくて、寂しかった?浮気してない?といっても僕ら、カラダだけの関係だけど」
「烏哭、様こんなところで、ちょっと……!」
「いいね、その顔。怯えるウサギみたいで、そそられるよ」
するりと、頬に硬い指をすべらせて、腰を引き寄せられる。
すぐそばに、江流がいるのにも関わらず。
密着する身体に、迫る顔、今にも唇同士がふれそうになる。
その瞬間。
バシッと音を立てて、烏哭の腕を小さな手がつかんだ。
「名前様から離れろ」
「おっと、いたんだおチビちゃん」
怒気を含んだ江流の声に、薄く笑う烏哭は少しだけ身体を離す。
初めからわかってたくせに。
「君が噂の江流クン?ハジメマシテ。可愛い顔してるから、女の子かと思ったよ」
ムッと、眉間にシワを寄せて不機嫌をあらわにする江流。
いきなり女の子だなんて言われるの、そりゃ嫌に決まってる。
江流は私を烏哭から遠ざけるように、その間に割り込み立ちふさがった。
「なるほど。小さいくせに、もうすっかりナイト気取りってわけだ。まあ筆下ろしくらいは、手伝ってあげてもいいんじゃない?名前さん」
「烏哭様」
「まあまあ、そう目くじら立てないでよ」
「……三蔵法師ともあろうお方が、人前で軽率な行動はお控えください。貴方は客人で、ここは金山寺なのですから」
ふーん、とこちらを見下ろす烏哭に、負けじと見据える。
これ以上、江流の前で教育上よろしくない事を言うんじゃありません。
「妬けちゃうなぁ。江流クン、一緒にお風呂に入ったり、寝たりして、名前さんのアラレもない姿を毎日見てるんでしょ?」
「!」
「烏哭様、あまり江流をからかわないでください」
「……いいよ。その代わり、今日はここに泊まるから」
今晩、覚悟しておいてね。
すれ違いざまにそうつぶやかれ、耳元に口づけして去っていく。
またこの人は、江流の前で何て事を。
「名前様、あの人は本当に三蔵法師様なのですか?」
「言いたい事はよくわかりますが……先代より継承されたお方ですよ」
後ろ手を振り、小さくなっていく烏哭の背中を見つめる。
明日になれば、きっとまたどこかへ飛び立つだろう。
どれほどの月日が流れても、私と烏哭の距離は変わらなかった。
あの日、三蔵法師を継承した夜から何一つも。
ついと、下から着物の袂を引かれてしゃがみ込む。
江流の顔が近づいたかと思えば、一瞬だけ触れたやわらかくあたたかいもの。
耳まで真っ赤になった江流につられて、私も顔を赤くして口元を押さえる。
……江流の初キスを、奪ってしまったのでは。
「江流、こういう事は好きな人同士と、」
「俺は、名前様が好きです」
なんと、返したらいいのだろう。
身近に私しかいないからとか、年上への憧れや勘違いなどと言って、否定して傷つけたくはない。
かといって江流はまだ7歳で。
この先きっと、私よりも素敵な女性と出会う事があるだろう。
「私も江流の事が大好きです。でも、たぶん江流の好きとは違います」
「俺が、子供だからですか」
ムッとした表情に頭をなでたくなったが、きっと余計に怒るだろう。
引っ込めようとしたその手を、小さな手に取られた。
「俺は、本気です」
「……江流が、いろんな人に会って世界を知って、大人になってもまだ私の事を好きだったら、その時考えさせてくれませんか?」
ずるい言い方だと思う。
でも、江流にはもっと自由でいてほしいから。
「……わかりました。今の言葉、忘れないでくださいよ?」
「はい」
「絶対ですよ?」
「ふふ、はい」
必死な江流がかわいくて、今度は両手を伸ばして抱きしめる。
たどたどしく背中に手をまわす江流が愛しくて、私はまたぎゅっと抱きしめ返した。