埋葬編
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ある日、お師匠様から新しい三蔵法師の行脚のため、ともに旅立つと告げられた。
お師匠様が、金山寺を離れるのはいつもの事だ。
だけど、今回は違う。
「寂しい思いをしますね、江流」
名前様がいる。
それだけで、満たされる何かがあった。
「三蔵様は、なぜあのような者を……」
中庭で一人、掃き掃除をしていると、どこからか話し声が聞こえる。
また陰口か。
出生が不明な上、お師匠様の愛弟子である事を妬み、いつからか川流れの江流とそしられるようになった。
「格式高い、神聖な寺院に……不浄だ。なぜあのような妙齢の女性を」
「川流れの江流と大層仲が良いそうな……下賤な者同士、やはり気が合うのか……」
「三蔵様は一体、何を考えていらっしゃるのか……」
「江流」
「名前、様」
振り返り、目にした名前様の姿にたじろぐ。
いつもの花がほころぶような笑顔ではなく、厳かな面持ち。
先ほどの兄弟弟子の会話を、耳にされたのだろう。
俺は平気だが、俺が隣にいる事により、名前様の風当たりがさらに強くなるのではないか。
そう思い、箒を強く握りうつむいた。
「顔をお上げください、江流」
凛と澄み渡る声。
その時の名前様は、お師匠様によく似た瞳をしていた。
「私が、貴方が恥ずべき事など、何一つないのですから」
「……はい」
「それよりも江流」
ふわっと、いつものようにやわらかな笑みに戻った名前様に安堵する。
縁側に腰掛けて、ちょいちょいと手招きされたので駆けていく。
膝の上へ何かを置き、その包み紙を広げた。
「先ほど、朱泱様から焼き芋をいただきました。一緒に食べましょう」
「はい!」
名前様は半分に分けた焼き芋の、大きい方をくださった。
湯気の出るそれを口にすると、甘さが広がってじんわりとあたたまる。
じっと、こちらを見つめる名前様に気がつく。
「名前様は食べないのですか?」
「いえ、その……江流があまりにかわいいものだから、つい」
顔に熱がたまるのを感じて、眉を寄せて視線をそらす。
可愛いのは名前様の方だ。
その時の焼き芋は、不思議と今まで食べた中で一番美味しい味がした。
◇
夜更けの事。
なかなか寝付けずに、障子を開けて廊下へ出る。
月明かりの下、縁側で夜空を見上げる名前様を見つけて、ぴたりと足が止まった。
「どうしたのですか、江流。こんな時間に」
「そういう名前様こそ……眠れないのですか?」
「はい、そうなんです」
眉を八の字にして、困ったように笑う。
くしゅんっと、口元に手を当てて名前様が震えた。
「お体にさわりますよ。部屋にお戻りください」
「そうですね。今日は一緒に寝ましょうか、江流」
断る理由など、どこにもない。
燭台の炎が揺らめく薄闇の中、ゆっくりと障子が閉められる。
誘われるまま名前様の布団の中へ潜り、すぐ隣へ横になった。
「名前様は、夜空がお好きなのですか?」
「そうですね、私はお月様が好きなのですよ。お月様の光のかたちが」
そう言ってまた、月明かりの下で見た表情をする。
ああ、そうか。
名前様は寂しいのだ。
お師匠様のいない、この夜が。
「俺では、お役に立てませんか?」
「江流?」
「お師匠様の足元にも及びませんが、俺が名前様のそばにいます」
一瞬、驚いたように瞬きされる。
そのあと愛おしむように、やわらかく微笑んだ名前様。
「江流」
「!」
伸ばされた手が優しく髪にふれて、頭からすっぽりと覆うように抱きしめられた。
やわらかな肌に、名前様の匂いでいっぱいになり、頭がくらくらする。
俺はたまらなくなって、名前様の着物をぎゅっとつかんだ。
「大丈夫。光明様が留守の間、私が江流を守ります」
「……そばにいるとは言いましたが、俺、守られるのは嫌です。俺が、名前様を守ります」
「ふふ、ありがとう。江流」
名前様の腕の中で、人知れずため息を吐く。
今の状況に不満があるとすれば、幼い自分だった。
早く大人なって、抱きしめられるのではなく、この手で名前様を抱きしめたい。
そう願って止まなかった。
「……名前、様」
しばらくして、ぽつりと名を呼ぶ。
聞こえるのはかすかな寝息だけ。
まるで姉のように、母のように、いつも慈愛深く包み込んでくれる名前様。
その薄桃色の唇に近づき、己の唇をそっと重ねる。
罪悪感を、羞恥心を隠すように名前様の胸にすり寄り、顔をうずめた。
名前様を目の前にして、湧き上がる感情。
それは愛慕であり、のちに激しい劣情だと知るのには、そう時間はかからなかった。
お師匠様が、金山寺を離れるのはいつもの事だ。
だけど、今回は違う。
「寂しい思いをしますね、江流」
名前様がいる。
それだけで、満たされる何かがあった。
「三蔵様は、なぜあのような者を……」
中庭で一人、掃き掃除をしていると、どこからか話し声が聞こえる。
また陰口か。
出生が不明な上、お師匠様の愛弟子である事を妬み、いつからか川流れの江流とそしられるようになった。
「格式高い、神聖な寺院に……不浄だ。なぜあのような妙齢の女性を」
「川流れの江流と大層仲が良いそうな……下賤な者同士、やはり気が合うのか……」
「三蔵様は一体、何を考えていらっしゃるのか……」
「江流」
「名前、様」
振り返り、目にした名前様の姿にたじろぐ。
いつもの花がほころぶような笑顔ではなく、厳かな面持ち。
先ほどの兄弟弟子の会話を、耳にされたのだろう。
俺は平気だが、俺が隣にいる事により、名前様の風当たりがさらに強くなるのではないか。
そう思い、箒を強く握りうつむいた。
「顔をお上げください、江流」
凛と澄み渡る声。
その時の名前様は、お師匠様によく似た瞳をしていた。
「私が、貴方が恥ずべき事など、何一つないのですから」
「……はい」
「それよりも江流」
ふわっと、いつものようにやわらかな笑みに戻った名前様に安堵する。
縁側に腰掛けて、ちょいちょいと手招きされたので駆けていく。
膝の上へ何かを置き、その包み紙を広げた。
「先ほど、朱泱様から焼き芋をいただきました。一緒に食べましょう」
「はい!」
名前様は半分に分けた焼き芋の、大きい方をくださった。
湯気の出るそれを口にすると、甘さが広がってじんわりとあたたまる。
じっと、こちらを見つめる名前様に気がつく。
「名前様は食べないのですか?」
「いえ、その……江流があまりにかわいいものだから、つい」
顔に熱がたまるのを感じて、眉を寄せて視線をそらす。
可愛いのは名前様の方だ。
その時の焼き芋は、不思議と今まで食べた中で一番美味しい味がした。
◇
夜更けの事。
なかなか寝付けずに、障子を開けて廊下へ出る。
月明かりの下、縁側で夜空を見上げる名前様を見つけて、ぴたりと足が止まった。
「どうしたのですか、江流。こんな時間に」
「そういう名前様こそ……眠れないのですか?」
「はい、そうなんです」
眉を八の字にして、困ったように笑う。
くしゅんっと、口元に手を当てて名前様が震えた。
「お体にさわりますよ。部屋にお戻りください」
「そうですね。今日は一緒に寝ましょうか、江流」
断る理由など、どこにもない。
燭台の炎が揺らめく薄闇の中、ゆっくりと障子が閉められる。
誘われるまま名前様の布団の中へ潜り、すぐ隣へ横になった。
「名前様は、夜空がお好きなのですか?」
「そうですね、私はお月様が好きなのですよ。お月様の光のかたちが」
そう言ってまた、月明かりの下で見た表情をする。
ああ、そうか。
名前様は寂しいのだ。
お師匠様のいない、この夜が。
「俺では、お役に立てませんか?」
「江流?」
「お師匠様の足元にも及びませんが、俺が名前様のそばにいます」
一瞬、驚いたように瞬きされる。
そのあと愛おしむように、やわらかく微笑んだ名前様。
「江流」
「!」
伸ばされた手が優しく髪にふれて、頭からすっぽりと覆うように抱きしめられた。
やわらかな肌に、名前様の匂いでいっぱいになり、頭がくらくらする。
俺はたまらなくなって、名前様の着物をぎゅっとつかんだ。
「大丈夫。光明様が留守の間、私が江流を守ります」
「……そばにいるとは言いましたが、俺、守られるのは嫌です。俺が、名前様を守ります」
「ふふ、ありがとう。江流」
名前様の腕の中で、人知れずため息を吐く。
今の状況に不満があるとすれば、幼い自分だった。
早く大人なって、抱きしめられるのではなく、この手で名前様を抱きしめたい。
そう願って止まなかった。
「……名前、様」
しばらくして、ぽつりと名を呼ぶ。
聞こえるのはかすかな寝息だけ。
まるで姉のように、母のように、いつも慈愛深く包み込んでくれる名前様。
その薄桃色の唇に近づき、己の唇をそっと重ねる。
罪悪感を、羞恥心を隠すように名前様の胸にすり寄り、顔をうずめた。
名前様を目の前にして、湧き上がる感情。
それは愛慕であり、のちに激しい劣情だと知るのには、そう時間はかからなかった。