※過去話

あの日、私は世界に捨てられた。
家族も友達も知っている人すべてがなくなって、故郷さえも失い、世界でただ一人本当の孤独を知った。
見るものすべてが虚構で、塗り固められた嘘のようで、この世界の何かもがモノクロに見えた。

「ヨォ、目が覚めたか」

まだ少し幼さが残る、少年の声。
一定のリズムが刻まれる機械音と、薬品のにおいが鼻につく。
ベッドの上、見知らぬ天井から人影へ視線を移すと、視界の悪さに奇妙な違和感を覚えた。

「何があったか覚えてるか？」

頭の中で記憶をたどる。
仕事で流星街を出たあと、事故にあったのか、誰かに襲われたのか。
おそらく後者だろう。
左目に手を当てると布の感触が指先に伝わり、じわりじわりと全身に熱を帯びて痛みが広がった。

「最近、パリストンに会っただろ。オレがどうこう言えた話じゃねーが、アイツは完全に闇側の人間だ」

ベッドの脇に腰かけて窓の外を眺めながら、少年はなぜかバツが悪そうに頭をかく。
その姿が、記憶にある別の誰かと少しだけ重なった。

「悪かったな」

なぜ謝るのか問うと、半分オレのせいみたいなもんだと返ってきて、さらに首を傾げる。

「わかるんだよ、似た者同士だからな」

どこかで聞いたことのあるセリフだとぼんやり思いつつ、装着されていた呼吸器を半ば強引に外して足を降ろす。
床の冷たさが、やけに鋭く感じた。

「オイ！そんな身体でどこ行く気だよ」

自分でも、もうよくわからなかった。
どこに行くべきか、何をするべきか。
憧れていた世界は生易しいものではなく、想像していたよりも平等に、残酷に、不条理は訪れて、死ぬよりもつらい事であふれ返っていた。
追いかけてきた少年に腕を掴まれて、振り払う気力もなく立ち止まる。

「なまえ、お前いつ死んでも構わないって思ってんだろ」

二人の間に、沈黙が流れる。
その通りだった。
記憶に知る人物に出会っても、結局は物語の登場人物としか思えず、ただ一人孤独だった。
この虚構としか思えない空っぽの世界で、夢ならいっそ覚めてくれと数え切れないほど願い、己の運命を呪った。

「理由がないってんなら、探せばいいじゃねーか。べつに、今すぐ見つけないといけねぇもんでもねーし。それでも見つからなかったら…そん時はオレにしとけ。だから死ぬな、なまえ」

目を見開いて、ゆっくりと振り返る。
まっすぐな少年の瞳が、私を捕らえて離さない。
それは熱を持った、生きた人間の言葉。
ああ、そうか。
大切なものは、こんな近くにあったんだ。

「子供のくせに、生意気…」
「うるせー」

この時初めて地に足がついたような、はっきりと目が覚めたような感覚に身を震わせた。
モノクロだった世界が、鮮やかな彩りを見せた。
たとえ幻でもいいと、そう祈り願ってしまった。
目の前の少年が、この世界と向き合う強さをくれた。

「ジン」
「んだよ」
「流星街に戻ったあと、また会いに行くよ」
「おう、会いたきゃ勝手に探してくれ」

いつも自分の気持ちに、正直に。
最期に楽しかったと笑って言えるように、精一杯生きていこう。
あとは想いの強さが導くから。
胸に誓いを立てて、一筋の光に向かって歩き出した。