ヨークシン編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
※回想
クロロ視点
自分が何者なのか、ただ知りたかった。
煙の上がる街を、沈みゆく夕焼けが赤々と照らす。
同じような境遇の子供たちと身を寄せ合って生きていた。
盗みも殺しも日常だった。
力と知恵のない者は、すぐに死んでいった。
「オイ、そっちは殺すなよ」
「ちょっと殴っただけでこれだ。だからガキは嫌いなんだよ」
床の冷たさに、口いっぱい鉄の味が広がる。
ぼやける視界に、青い布をまとった女のステンドグラスが見えた。
外からの光が差し込んで、きれいだと思った。
「こいつは高く売れそう、だ?」
どさりと倒れたガスマスク。
それはもうすでに、ただの肉塊と化していた。
「わざわざここで事を起こすなんて、外の連中も困ったもんですねェ」
足音とともに、しわがれた男の声が聞こえる。
体にふれられる感触。
殺される。
「生きてるのはこの子だけです、神父」
声は女のものだった。
そっと頭を持ち上げられて、口の端から垂れる血を指でぬぐわれる。
逆光で顔はよく見えない。
さっき見たステンドグラスとその女の姿が重なって、なぜか心臓を握りしめられたような気がした。
生きている。
次に意識を取り戻したときは、ベッドの上だった。
閑散とした部屋のろうそくが揺れる。
逃げるより先に、誰かが部屋に入ってくる。
「少年、行くあてがなければこの教会にいなさい」
さっきの女の声だった。
ズキリと頭が痛み、手をあてると包帯が巻かれていた。
しばらく安静に、と言うと背中を向けられ部屋を出て行こうする。
無意識に手を伸ばしていた。
ガクンと体がベッドから落ちて、浮遊感に目をつむる。
しかし、いつまでたっても衝撃はなく、女の顔がすぐ近くにあった。
横抱きに抱えられたまま、再びベッドへ寝かされる。
名前はあるのかと聞かれてクロロ=ルシルフルと答えると、わずかに女の肩が震えた。
「因果な世界かな」
どこか憂いを帯びた顔で、小さくつぶやく。
女の名前を聞いて、心の中で何度も繰り返す。
なまえ、なまえ…。
ぐう、と二人以外誰もいない部屋に、腹の虫が鳴り自身の腹を押さえる。
「蒸した芋があるから取ってこよう」
まともな食事は何日ぶりだろう。
あっという間に胃の中に消えていき、それでもまだ満たされることはない。
あとは寝て回復に専念しなさい、と言うなまえを見上げる。
ベッドに腰かけたなまえの指先が、包帯を避けて髪をとかす。
ぬるま湯に溶けていく感覚に襲われる。
大人にふれられても嫌と感じないのは、初めてだった。
なぜだか知りたかった。
眠気に襲われる中、離れていかないようその手をつかんだ。
眠りから覚めると、いつもと逆で不思議と空腹が満たされたようだった。
顔を上げるとなまえの鼻先がふれそうなほど近くて、心臓がどくりと跳ねる。
瞳は伏せられて、肩が静かに上下する。
なまえの手はオレにつかまれたまま、同じベッドで一緒に眠っていた。
やわらかくて、あたたかい。
なまえの心地よい心音を耳にして、頬をすり寄せながら目を閉じた。
しばらくして、ふいにぬくもりが消えてゆく。
お腹がすいた、とつぶやきながら眠気まなこで離れていくのを名残惜しく感じる。
ふと、テーブルに置かれたナイフが妖しく光るのを目にした。
「あげる」
物欲しそうに見てたのがわかったのか、ケースに入れて手渡される。
ベンズナイフと言うらしい。
熱狂的なコレクターもいるから、狙われたら殺すか逃げるかの二択だと言われて頷いた。
教会には名ばかりの神父、シスターがいたが、なまえ以外は老人ばかりだった。
怪我で動けない間、たくさんの本を与えられた。
誰が集めたのか、読める状態の本というのはとても貴重だ。
回復したあとも書庫へ入り浸るようになった。
そこは、オレにとって宝庫だった。
それからなまえは、よく子供を拾ってくるようになった。
流星街にいる大人の中でも、なまえは極めて特異な存在だった。
礼拝堂の扉の隙間を、そっとのぞき込む。
一人膝をそろえて折り曲げ祈る、神秘的な後ろ姿を目にする。
オレは音を立てないよう、静かに歩み寄っていた。
まぶたを開けたなまえと目が合って、その横顔に息を呑んだ。
「神様に祈ってたの?」
「いいえ」
「じゃあ、何に?」
「…この世界に」
そう言ってなまえは顔を上げて、ひび割れたステンドグラスを見上げる。
なぜだろう。
理由はわからないが、今にもそこから消えていなくなりそうな気がした。
「なまえ」
すがりつくように彼女の手を、自身の小さな手で握りしめた。
不思議そうな瞳で、見下ろされる。
「何、クロロ」
「オレ、なまえのこと好きだよ」
「そう」
「ウソじゃないよ、ホントだよ!」
やわらかな手で、そっと頭をなでられる。
この世界、オレにはなまえしかいない。
だが、なまえは違う。
教会の神父やシスター、なまえ自身が拾ってきた子供たちに囲まれて生きている。
聖母のようなあなたにも、オレしかいないと言ってほしかった。
なまえ。
名を呼ぶ度に、羨望が執着が欲望が、黒い塊が渦を巻いて膨れ上がる。
これは祈りか、呪いか。
オレは、なまえのすべてが欲しかった。
クロロ視点
自分が何者なのか、ただ知りたかった。
煙の上がる街を、沈みゆく夕焼けが赤々と照らす。
同じような境遇の子供たちと身を寄せ合って生きていた。
盗みも殺しも日常だった。
力と知恵のない者は、すぐに死んでいった。
「オイ、そっちは殺すなよ」
「ちょっと殴っただけでこれだ。だからガキは嫌いなんだよ」
床の冷たさに、口いっぱい鉄の味が広がる。
ぼやける視界に、青い布をまとった女のステンドグラスが見えた。
外からの光が差し込んで、きれいだと思った。
「こいつは高く売れそう、だ?」
どさりと倒れたガスマスク。
それはもうすでに、ただの肉塊と化していた。
「わざわざここで事を起こすなんて、外の連中も困ったもんですねェ」
足音とともに、しわがれた男の声が聞こえる。
体にふれられる感触。
殺される。
「生きてるのはこの子だけです、神父」
声は女のものだった。
そっと頭を持ち上げられて、口の端から垂れる血を指でぬぐわれる。
逆光で顔はよく見えない。
さっき見たステンドグラスとその女の姿が重なって、なぜか心臓を握りしめられたような気がした。
生きている。
次に意識を取り戻したときは、ベッドの上だった。
閑散とした部屋のろうそくが揺れる。
逃げるより先に、誰かが部屋に入ってくる。
「少年、行くあてがなければこの教会にいなさい」
さっきの女の声だった。
ズキリと頭が痛み、手をあてると包帯が巻かれていた。
しばらく安静に、と言うと背中を向けられ部屋を出て行こうする。
無意識に手を伸ばしていた。
ガクンと体がベッドから落ちて、浮遊感に目をつむる。
しかし、いつまでたっても衝撃はなく、女の顔がすぐ近くにあった。
横抱きに抱えられたまま、再びベッドへ寝かされる。
名前はあるのかと聞かれてクロロ=ルシルフルと答えると、わずかに女の肩が震えた。
「因果な世界かな」
どこか憂いを帯びた顔で、小さくつぶやく。
女の名前を聞いて、心の中で何度も繰り返す。
なまえ、なまえ…。
ぐう、と二人以外誰もいない部屋に、腹の虫が鳴り自身の腹を押さえる。
「蒸した芋があるから取ってこよう」
まともな食事は何日ぶりだろう。
あっという間に胃の中に消えていき、それでもまだ満たされることはない。
あとは寝て回復に専念しなさい、と言うなまえを見上げる。
ベッドに腰かけたなまえの指先が、包帯を避けて髪をとかす。
ぬるま湯に溶けていく感覚に襲われる。
大人にふれられても嫌と感じないのは、初めてだった。
なぜだか知りたかった。
眠気に襲われる中、離れていかないようその手をつかんだ。
眠りから覚めると、いつもと逆で不思議と空腹が満たされたようだった。
顔を上げるとなまえの鼻先がふれそうなほど近くて、心臓がどくりと跳ねる。
瞳は伏せられて、肩が静かに上下する。
なまえの手はオレにつかまれたまま、同じベッドで一緒に眠っていた。
やわらかくて、あたたかい。
なまえの心地よい心音を耳にして、頬をすり寄せながら目を閉じた。
しばらくして、ふいにぬくもりが消えてゆく。
お腹がすいた、とつぶやきながら眠気まなこで離れていくのを名残惜しく感じる。
ふと、テーブルに置かれたナイフが妖しく光るのを目にした。
「あげる」
物欲しそうに見てたのがわかったのか、ケースに入れて手渡される。
ベンズナイフと言うらしい。
熱狂的なコレクターもいるから、狙われたら殺すか逃げるかの二択だと言われて頷いた。
教会には名ばかりの神父、シスターがいたが、なまえ以外は老人ばかりだった。
怪我で動けない間、たくさんの本を与えられた。
誰が集めたのか、読める状態の本というのはとても貴重だ。
回復したあとも書庫へ入り浸るようになった。
そこは、オレにとって宝庫だった。
それからなまえは、よく子供を拾ってくるようになった。
流星街にいる大人の中でも、なまえは極めて特異な存在だった。
礼拝堂の扉の隙間を、そっとのぞき込む。
一人膝をそろえて折り曲げ祈る、神秘的な後ろ姿を目にする。
オレは音を立てないよう、静かに歩み寄っていた。
まぶたを開けたなまえと目が合って、その横顔に息を呑んだ。
「神様に祈ってたの?」
「いいえ」
「じゃあ、何に?」
「…この世界に」
そう言ってなまえは顔を上げて、ひび割れたステンドグラスを見上げる。
なぜだろう。
理由はわからないが、今にもそこから消えていなくなりそうな気がした。
「なまえ」
すがりつくように彼女の手を、自身の小さな手で握りしめた。
不思議そうな瞳で、見下ろされる。
「何、クロロ」
「オレ、なまえのこと好きだよ」
「そう」
「ウソじゃないよ、ホントだよ!」
やわらかな手で、そっと頭をなでられる。
この世界、オレにはなまえしかいない。
だが、なまえは違う。
教会の神父やシスター、なまえ自身が拾ってきた子供たちに囲まれて生きている。
聖母のようなあなたにも、オレしかいないと言ってほしかった。
なまえ。
名を呼ぶ度に、羨望が執着が欲望が、黒い塊が渦を巻いて膨れ上がる。
これは祈りか、呪いか。
オレは、なまえのすべてが欲しかった。