【短(中)編集】その他の高校
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福郎くんに恋をした瞬間は、鮮明に覚えている。
当時6歳で、小学1年生になったばかりの頃のことだった。
商店街でもらった風船を手に歩いていた私は、今にもスキップをしたくなるほど浮かれていた。なんていったって、ただの風船ではない。毎週日曜の朝に放送している大好きなアニメシリーズのキャラクターが書かれた風船なのだ。ぷかぷかと宙に浮かぶ風船の紐を、なにがなんでも手放してやるもんか、という固い意志の元、運命の赤い糸に例えてキツク握っていた。キツク握っていたのに――
「あ、前園さんもそのアニメ好きなんだね」
「ひ、ひるがみくん」
偶然ばったり出くわしたのは、同じクラス及び席が隣の昼神幸郎くん。普通に仲は良い方だとは思う。教科書見せてくれるし、嫌いな給食食べてくれるし。でも、学校の外で会うのは初めてで、しかも私は今アニメキャラものの風船をニマニマしながら持っている。
「もう小学生になるから、私は大人になる!アニメキャラは卒業する!」と親に宣言して、筆箱もハンカチも今まで使ってた可愛いアニメキャラではなく、ちょっとオシャレなものに一新したというのに。
「はっ、こ、これは…」
弟が好きなの、と言おうとして、でもこのアニメは完全に女の子向けのものだ、と思い直して口を閉じる。
「僕の姉ちゃんもよく見てるよ。そのアニメ面白いよね」
「…!! ほんと?!昼神くんも好き!?」
ぶわっ、と一気にテンションが上がって、思わずぐいっと彼に近付いた。その瞬間、足がもつれて転びそうになり、慌てて態勢を立て直すも――
「あっ……」
ふわり、と手から風船が飛び立った。満面の笑みを浮かべるアニメキャラが、私を見下ろしながらゆらゆらと空へ登っていく。必死に伸ばした手は、虚しく虚空を切った。だけど、次の瞬間――
「よっ、と」
不意に、背の高い男の人が空高くジャンプして、宇宙の果てまで飛んでいきそうにも思えた風船を掴んだ。あまりにも彼が高く跳ぶもんだから、風船を掴んだままそのまま空に吸い込まれて行ってしまうんじゃないかと錯覚したほどで。スタッ、と綺麗に着地した彼は、啞然としている私に差し出した。
「はい、どうぞ」
にこにこと笑う彼は「幸郎の友達?」と昼神くんに尋ねてて「そう、隣の席の前園さん」と紹介される。
「俺は幸郎の兄の福郎!その風船のアニメ面白いよね~、俺の妹が好きでさ」
「……あ、はい」
「オープニングも神がかってない?あと13話のさ~」
昼神くんのお兄さんも見てるんだ、と楽しそうにペラペラ語っている彼を見る。
「特典DVD見たことある?」
「ない、です」
「え、それはもったいなさすぎるだろ!幸郎の友達なら今度家に遊びに来なよ!見ようぜ!」
ニカッと笑う彼に、単純な私は、イチコロで恋に落ちた。
「――まあ、あの時はヒーローに見えたんだよ。だって、ああもう私はあの風船と永遠の別れをしないといけないんだって思ってたときに、物凄いジャンプで福郎くんが登場するわけじゃん?それで、私の好きなアニメを楽しそうに語るわけじゃん?見事に私の心を持って行ったよね。はい、これが初恋の話」
と、当時のことを思い出しながら、高校生になった私はそう締めくくる。聞いていた友達は「わかるわぁ、私も小学生のころそのアニメ好きだった~」「風船とってくれて惚れるとかいおり、チョロくない?」「いや小さいころは何にでもときめくでしょ」「少女漫画脳じゃん」などど色々言う。
昼休みの教室で、初恋の話になり白昼堂々と自分の過去を語る羽目になった私は「はいはい、もう昼休み終わりでーす。みなさんそれぞれの席へ戻りましょー」と、恥ずかしさを誤魔化すように手をパンパン叩き、彼女たちを席へ戻す。やっと一人静かになったところで、ふと隣の席で寝たフリをしていた昼神くんが、くるっと、顔だけこちらに向けた。
伏せたままの状態で、私を見上げる彼の目が、ゆっくりと細められる。
「――だいぶ鮮明に覚えてるんだね、初恋」
「寝たフリしてぜんぶ聞いてる昼神くんこわーい」
「兄貴への初恋聞かされる弟の気持ちにもなって欲しいけど」
棒読みの私に対して、彼は特に不快感を示すこともなく、むくっと上半身を起こしてから机に肘をついた。私は午後の授業の準備をしながら、そういえば、と口を開く。
「あの時のアニメが、リメイクされて映画化されるんだって。福郎くん知ってるかなぁ」
「なに、デートにでも誘うの?」
「初恋はもう終わってます〜福朗くん、彼女さんいますし〜」
「慰め、いる?」
「いや、初恋って言っても恋じゃなくて憧れに近い気持ちだったし、もうだいぶ前に吹っ切れてます〜」
あんなに初恋のことを鮮明に覚えているのは、確かに福郎くんがヒーローみたいな登場をしたのもあるけど、昼神くんもまたあのアニメが好きということが衝撃で、それを機に昼神くんと仲良くなれたのもあるのかもしれない。
「それに初恋は実らないってよく言うしね。あ、昼神の初恋の話も聞かせてよ」
「初恋って実らないって断言された上で、話しにくいよなぁ」
「え?」
ジーッとこちらを見てくる彼の視線と、謎の沈黙に耐えきれなくなって、なにか話題を、と慌てて口を開く。
「そ、そういや席が隣になるなんて、小学1年生以来じゃない?凄くない?」
謎の空気を吹き飛ばすように少し明るめにはしゃいでみれば「そうだね」と、ゆっくり笑う昼神くんが、これまた謎の雰囲気を作り出す。
「――こんな偶然あると思う?」
「え?」
「席替えの時、いおりちゃんの隣譲ってもらったんだよ。もともと俺、窓側の一番後ろだったんだけど」
「え?」
さっきから「え?」しか言ってない私を見て、昼神くんは目を細める。昼休みも終わるガヤガヤとした騒がしい教室の喧噪で、やけにはっきりと彼の声だけが耳に届く。
「初恋は実らないっていういおりちゃんの概念を変えるために、これから頑張るね」
「…う、うん」
「手始めに、アニメのリメイク映画見に行く?」
そう尋ねられて「えっと、招子ちゃんと福郎くんまだそのアニメ好きかなぁ?」と、思わず首を捻ってしまう。あの頃は昼神兄弟と私の4人で仲良く一緒にアニメを見ていて、放送のたびに家に集合してたけど、今はさすがにこのメンバーで映画館に行くのはどうなんだろう、と考え込んでいれば――
「いや、俺といおりちゃんの二人で」
「え?」
「初恋を実らせるための、デート第一弾かな」
「……え?」
ゆるゆると口元に微笑を浮かべた彼に、なにか言おうとしたところでチャイムが鳴って、私はもやもやしたまま午後の授業を受ける羽目になった。
~後日談~
「ううう、良かった。思った以上に泣けた」
エンドロールまでしっかり見て、すっかりアニメの世界に浸って泣いた私に対して、昼神くんは全く涙は流しておらず「映画館でたまに見るのもいいかも」なんて作品には関係ないコメントを零していた。
ふいに映画館の出口付近で、風船を配っているお姉さんが立っていて。「よければどーぞー」なんて、笑顔で渡されるから思わず風船を受け取ってしまった。
赤色の風船をしっかり握りしめながら、映画館から出ると、澄み渡った眩しい青空に目がくらむ。ふわふわ、と風に踊らされる風船が、昼神くんの頭にぽよんぽよんと当たった。
「あの時さ、吸い込まれそうになってたんだよね」
突然語り出した昼神くんに、私は、え?どの時?と聞くタイミングを逃して、彼の話を聞く。
「空があまりにも高いから、小さくなっていく風船を見ながら、ああ風船が青に吸い込まれていくって。で、いおりちゃんが手を伸ばしても届かなくて、俺は手の伸ばすことさえしてなくて。でも兄貴の手がいとも簡単に届いたから、ああ、俺だったら届かなかっただろうなって」
ああ、小学1年の頃のアニメキャラの風船を福郎くんにとってもらったときの話か、と気付いて、昼神くんの横顔を見る。青ガラスのように澄み切った空はなにもかもを吸い込んでしまいそうで、そんな空を眩しそうに見ている彼の目が、どこか遠くを見ていた。だけど、ふいにこちらを向くなり、私の握る風船をジッと見ながら言った。
「でも今は届くから」
え、とまた変な声を洩らしそうになった私はすんでのところで堪える。
「あの時は伸ばしてなかったけど、今は手伸ばすから」
風船が揺れる。
「だから万が一、手放しちゃっても大丈夫だよ。俺が捕まえるから」
ふっ、となぜか嬉しそうに笑う昼神くんの表情は、頭上の青空のように晴れやかで。
「確かに昼神くんの背だったらすぐキャッチできるね。めっちゃジャンプ高いし。まあ、でも別に風船とってもらわなくても、そのまま空に吸い込まれるのを見るのも好きだよ」
「じゃあ、飛ばす?」
「……もうちょっと、あとで」
今はもう少し風船が、ぽよんぽよん、と揺れるのを楽しみたい。
「じゃあうっかり転びそうになって風船手放さないように、空いてる方は手繋ごうね」
「……転びません」
-FIN-
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