願い叶えし刻
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青空の下、中庭で私達は食器を洗いながら話していた。
「ごめんね、仕事手伝わせちゃって」
「大丈夫です」
「敬語はなし」
「はい…じゃなくて、うん」
くすっと彼女が笑う。
「私ね、家が貧乏で小さい頃からずっと働いてばっかだから女友達なんていなくて。だから、ひまりちゃんとこうしてお喋りできて嬉しいの!」
ぱぁ、と顔を綻ばせる咲さんの笑顔を見ながら、私とは正反対だな、と心の中で思った。ふと家のこと、学校のことを思い出す。家はそれなりに裕福だったけど、でもそれで得をしたことはないような気がする。むしろそのせいで――
「よっ、お咲と・・・そいつは新しい女中か?」
「あ、松原さん。彼女はまぁ訳あり」
「ふーん、俺は松原忠司。あんたは?」
「…大滝、ひまりです」
すらっと偽りの名前が口に出たことに驚く。もうずいぶんとこの名前に慣れてきたということだろうか。悲しいような、そうでもないような。
「ひまり?あぁ沖田が連れきた女?」
「え、あ、はい」
すると松原さんは残念そうな顔をしたあと、面白そうに微笑んだ。
「そっかぁ、沖田の女には手出せねぇよなぁ。それにしても、あの沖田が。ついに女に目覚めたのかな」
なんか色々と突っ込みたいところがあるけど、まずは誤解を解かなきゃ。沖田さんに迷惑がかかってしまう。
「私は疑いをかけられていて、沖田さんに見張られているだけですから」
「ほら、松原さんも暇なら仕事手伝って下さいよ」
「俺、これから巡察だから、また今度な」
「そう言って、いつも手伝わないんだから!!」
去っていく松原さんの背中に咲さんが叫んだ。日は傾き、西の空がオレンジに染まり始めた頃――
「よしっ!仕事終わった!あとは
咲さんが嬉しそうに言う。こんな膨大な仕事を毎日やっているなんて考えられない。
「ひまりちゃん、今日はありがとうね。本当に助かったし、沢山お喋りできて楽しかったわ!もう疲れたと思うし、休んで。夕餉は他の当番の人もいるから」
慣れない江戸の仕事をしてへとへとな私に対して、彼女はまだ笑顔で元気いっぱいで。
私は彼女のお言葉に甘えて「ありがとうございます。私も楽しかったです」と、お辞儀をして、沖田さんの部屋に戻った。
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__
辺りが真っ暗になって、夜遅くに沖田さんは帰ってきた。
「まだ寝てなかったの?」
「あ、いや、ちょっと目が冴えちゃって」
苦笑しながら、私はふとあることに気付く。微かに漂う血の匂い。沖田さんはそれに気付かないようで、押入れから布団を出してひいていた。少し疲れている顔に、ふと今日はどこに行ってたんだろうと不思議に思う。
「何?」視線を感じたのか、沖田さんがこちらに振り返える。いつもより口調が少し乱雑で、表情がない。
「あ……なんとなく血の匂いがするなぁって……」
「……あぁ、ごめん。今日ちょっと斬り合いになっちゃって、その時の血の匂いがこびり付いているのかもしれない」
「――っ」
いつもと違う、沖田さんの感情の無い声、冷たい目、冷え切った表情。ふと怖く感じた。彼が彼じゃないような。でも同時に、彼が今にもこの闇夜に溶けて消えてしまいそうな、そんな儚さに、胸が竦むような思いがした。
「……怪我は大丈夫ですか?」
「ないよ。返り血浴びただけだから」
しれっと言った沖田さんに、固まる。返り血を浴びたということは、相手を斬ったってこと。つまりは殺したということ。何の言葉も発せずに、沈黙になる。
何故かさっきよりも血の匂いが強くきつく感じる。改めて、ここは幕末。人を斬る世界なんだと思い知らされる。それに、彼は沖田総司は若い天才剣士としても有名じゃないか。彼はどんな気持ちで人を斬ったんだろ?斬られた人はどんな気持ちだったんだろう?考えたらキリがなくて。
「――気分が悪くなったら言って下さい」
「あ、いえ、大丈夫です」
思った以上にはっきりした声が出た。そんな私に驚いたのか、沖田さんは怪訝そうな顔をした。
「君は怖くないの?」
「え?」
思いも寄らない質問に、戸惑っていると、「俺は人の命を奪っているんだけど?」と眉をひそめる彼が私をジッと見つめていた。
知っている。彼は新選組一番組組長として敵を斬らなければならないのだから。そして、私は彼の運命を知っている。これから、沖田総司がどんな生き方をするのかも。
「少しは怖い、と思っているのかもしれません…けど、よく分からないです」
本当に、よく分からない。でも、さっきまで怖いと思っていた感情が少し薄れていたのは事実で。それを聞いた沖田さんは何故か、ふっと小さな笑みを唇の端に浮かべながら「やっぱ変な人」と言った。その笑みに、少し魅入ってしまって――
「……っ!もう寝ますね!おやすみなさい!」
早口で言い、布団に潜り込んだけど、やっぱりその日の夜はなぜか心臓がバクバクして眠れなかった。