願い叶えし刻
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沈黙のまま、”新選組屯所”と木札が掲げられた建物に着いた。
「あとは俺が土方さんの部屋まで連れてくから」
「はいっ!失礼しますっ!」
元気よく挨拶して去っていた隊士達の背中を見ながら、ぼんやりと考える。この時代って尋問あったよね?怪しい者として尋問受けるのかな?ここで死ぬのかもしれない、とやけに客観的に自分の死を考えながら彼のあとを付いていく。
「土方さん、入りますよ」と、ある一室に入るなり、私は凄まじい目つきで私を睨んでいる男の人の前に座らされた。
「俺は土方歳三だ。お前の名は?」
ピリピリと緊迫した空気の中、眉間に皺を寄せた土方歳三が口を開いた。
――この人が新選組の鬼の副長と言われた”土方歳三”。
「大滝ひ……大滝ひまりです」
さっき、幸さんたちを庇うために自分の名前を否定したのを思い出して、慌てて偽名を言う。
「ひまり……向日葵みたいな名前だな」
「…………」
ネーミングセンスの無さに呆れながら「すみません…」となぜか謝ってしまう。
「いや、いい名だと思うが」
思ってもみなかった返答に私は驚き、固まる。
「――土方さん、何仲良くなってるんですか」
ふと黙っていた沖田さんが口を挟み、土方さんはこほんと咳払いした。
「えっと、お前は変な恰好していた、と聞いたが」
「それは……ある知り合いから貰って。それで…興味があったので、着てみただけです」
「知り合い?どういう関係だ?」
「……た、たまたま江戸の町で知り合っただけです。どうやらその人は旅人のようで、服は異国からの輸入らしいです」
言葉を選びながら、嘘に嘘を重ねていく。出身地も家族も生い立ちも全て偽る。質問攻めが終わり、少し安心した次の瞬間。
「――お前は長州のものか?」
獲物を獲るかのような冷たい目。低い低い土方さんの声に、身震いする。
「総司、こいつは甘味屋の手前の家に匿ってもらってたと言ったな。そいつらも屯所に連れてきたか?」
「いいえ」
このままだと幸さんと五郎さんまでもが疑われる。
「私はその人たちと知り合いじゃありません。それに長州じゃないです」
手に冷や汗をかきながら、声を絞り出す。喉がカラカラする。あぁ、早く帰りたい。……どこに?私はどこに帰りたいの?
ふと心が冷めきる。現代に戻っても私の居場所はない。この時代にも居場所はない。どこにも居場所がなくて、あの日神社で死にたいって願ったことを思い出して、自嘲しそうになった。
「おい、聞いてるのか」
首筋にひんやりとした感触が襲って。
「本当のことを言え。じゃないとお前の首は飛ぶぞ」
土方さんの刀の先端が首にあたったと思えば、首筋に生暖かい感触が伝った。どうやら刃が皮膚を切ったらしい。ツーと赤い血が滴る。
痛くはない。怖くもない。ただじっと彼の目を見る。もう、どうにでもなれという思いが強かった。
「――長州のものじゃないというのは調べれば分かることです。別に死んでも構いませんけど」
投げやりに吐き出された私の静かな冷たい言葉に、土方さんと沖田さんが目を見張った。そう、もともとは死ぬはずだったんだ。嘉納神社でその願いを叶えて貰うはずだったのに、何故か江戸に飛ばされて。そして、刀を首に突き付けられている。きっと、神様が私の願いを聞き入れてくれたんだ。ようやく解放されるんだ、と思うとふ自嘲の笑みが零れて。
「「っ!?」」
彼らが、私が笑ったことに驚いて固まっているとも知らずに、目を閉じてやってくる痛みを待った。けれでも、痛みなんてやってこず、代わりに土方さんの呆れた声がした。
「ったく、こんな女は初めて見た」
カチャッと刀を鞘に入れた音がして、私は目を開けて、怪訝な顔をする。
「……こ、殺さないんですか?」
「変な人ですね、君」
感心したように言う沖田さんに首を傾げた。
「お前は新選組お預かりとする。勿論、疑いが晴れた訳じゃねえ。あくまで監視だ」
え?と間抜けな顔をする私を他所に、2人は話を進めていく。
「当分は総司が見張る」
「え?俺?」
「ったりめぇだろ、お前が拾ってきたんだから」
「土方さん人使い荒いなぁ」と苦笑しながらも「1番組組長、沖田総司。よろしく」と、にっこりと微笑まれた。
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沖田さんの部屋に辿り着き、私はそっとため息をついた。
「ん、どうかしました?」
「……いえ、なんでもないです」
まだ一日が始まったばかりの午前だといのに、さっきの出来事で一日の労力を全て使ってしまった気分だ。今更になって、大胆なことしたなぁって実感する。まだ生きていることが不思議で。でも、この時代に来たからにはきっといつか死ぬ運命なんだろうな、と目を伏せた。
「ひまりさん」
「何ですか?」
「本当はあの夫婦に助けて貰ったんですよね?」
「・・・・・」
なんて返そうか、しばらく黙っていると、再び沖田さんが口を開いた。
「君はあの2人を助けるために、知り合いじゃないと2人の前で演技した。じゃないと、彼女たちも疑われて拷問にかけられると判断したんですね」
やっぱ沖田さんにはバレていたのか。つまりわざと騙されてくれたってこと。
こくり、と頷きながらも私は幸さんと五郎さんのことを思い描いていた。最後、私の為に新選組に叫ぶのは予想していなかったから、戸惑った。何故、そこまでして私なんかを助けようとしてくれたんだろう。
「ひまりさん、俺は用があるので、大人しくここに居て下さい」
「はい」
彼が部屋を出てってから、急に睡魔が襲って来て。私はふと意識を手放して、深い眠りに落ちていった。