願い叶えし刻
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ふとここで大切なことに気付く。学校では沖田総司は病気にかかって病死するって習った。心が急に冷え切っていく。目の前の彼はいつか病気にかかって死ぬ。いつ?どこで?
――だめだ、そこまで詳しくは覚えていない。あの時は、歴史の勉強はすべて遠い出来事で、私にとっては暗記すればいいだけの教科だった。もっと詳しく勉強しておけば、なんて今更遅い後悔をしていると――
「どうかしました?」
「い、いえ。あの体調の調子は?」
「特に何も?」
「そ、そうですか」
彼には言えない。言っても信じて貰えないし、私が未来から来たって言わなければならない。無理だ。私には彼を助けることなんてできない。それに、そんな素振りは全然見えない。きっと、大丈夫って今は信じるしか――
次の日は快晴で、沖田さんは巡察で留守のため再び一人で書物を縁側で読んでいた。いや、江戸時代の文字なんて読めるわけではないので、ただ単に目をざっと通すだけなんだけど――
「よっ、暇だと思うから来てやったぜ」
「何言ってんだよ、お前が今日ずっと暇なんだろ」
ふと書物から顔を上げる。部屋を訪ねてきたのは、永倉さんと前に私を咲さんと間違えた原田さんだった。
「お前さんとはちゃんと話すのは初めてだよな。俺は10番組組長、
ニカっと笑う彼はどうやら本当に私を咲さんと間違えたのを覚えてないようで。前にも聞いたことある自己紹介に苦笑交じりに、自分の名前を名乗る。
「何読んでんだ?」と、永倉さんが私の書物を覗き込む。
「難しいの読んでんな。面白いか?」
「え、あ・・・。私も難しくて理解できてません」
嘘です。この時代のミミズ文字読めません。
「今度、俺も読んでみっかな」
永倉さんの発言に、え?と驚く。彼が書物を読むなんて想像できない。
「ひまりちゃんもやっぱこいつが書物読むなんて驚くよな!でも、こいつ意外と頭いいんだぜ」
「意外とって失礼だぞ」
ぎゃーぎゃー騒ぐ彼らに苦笑する。賑やかでいいな、なんて少し思った。
「ほら、ひまりちゃんが呆れたるだろ」
「はぁ?何で俺に言うんだよ」
「二人は仲いいんですね」
そう尋ねれば、彼らは顔を見合わせて、笑った。
「確かにこいつとの付き合いが長ぇからな」
「俺らはもともと江戸の試衛館で出会ったんだ」
彼らの思い出話に、私は耳を傾ける。
「俺は19歳の時に松前藩を脱藩して、ふらふらしてたんだ。そこで天然理心流4代目の近藤さんに出会ったんだ。俺は23歳で近藤さんが仕切る試衛館の食客になった。試衛館はぼろくて、人も全然来なかったけど、腕の立つ奴はいっぱいいてよぉ。特に総司と土方さんは強かったな。あの時は楽しかったなぁ。沢山どんちゃん騒ぎして」
永倉さんの目が懐かしむように細められて。原田さんも空を見て、ポツリと呟いた。
「きっと、あの頃にはもう戻れないんだろうな」
あまりにも儚い言葉。繰り返すように、ゆっくりと口に出す。
「戻れない・・・」
「あぁ、俺たちはもう道の途中まで来ている。今、引き返すわけにいかないんだ。ただ信じて前へ進むしか」
原田さんの力強い言葉に、永倉さんも頷いて。彼らは、前に向かって進んでいる。過去に囚われずに。もう戻れないのなら、ただ前へ歩くだけ。
その日の夕方は、なんだか皆慌ただしくて。 沖田さんが帰って来ない部屋の中で、廊下を走る足音と微かに聞こえる人々の会話に耳を澄ませてた。
「・・・・だ・・山崎・・・広間・・」
「・・・です・・・・夜に・・・」
何かあったんだろうか。 気になるけど、わざわざ聞きに行くのも躊躇う。 土方さんからは、一応既に屯所内を歩くのは許可がでている。 もう疑う必要がないからだろう。 だけれども、いきなり自由に歩けと言われても、今までずっと部屋の中に籠っていたから、なんだか出にくくて。 しばらく部屋でミミズ文字の読解に勤しんでいたけど、日も沈み、空には星が瞬き始めた頃になってふと私は違和感を覚えた。
何かおかしい。 いつまで経っても帰って来ない沖田さん。 妙に夕方とは打って変わって静まり返った屯所。
「……どうしたんだろう」
ぽつりと零す独り言はやけに寂しく響いて。 だんだん胸騒ぎがしてくる。 少し部屋から出てみよう、と立ち上がり恐る恐る部屋から足を踏み出す。