【長編】運命の糸
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ぐるぐる、ぐるぐる、と取り留めもない思考を巡らせていたけど、刹那ーー
「ーーいおりっ!」
グイッと腕を掴まれたと思えば、いつの間にか倫くんが私に追いついていた。彼に腕を掴まれた私は、どんな顔をして彼に向き合えばいいのか分からなくて。全速力で走ったおかげで息が苦しくて、白い息が冬の夜空に昇っていく。
「ーー…ごめん、ちゃんと話がしたい」
倫くんが私を真っすぐ見つめて、久しぶりの倫くんに胸の奥がうるさいくらいに高鳴って。握られたままの手首が、ドクドクと熱を帯びていく。
『………』
どうすればいいか分からなくて黙ったままでいれば「怪我、完治したんだね。足、早すぎ」と彼がくしゃっと笑うように目を細めた。
『…うん、リハビリちゃんとしたから。おかげさまで元気になりました…』
「よかった」
本当に心の奥底から、安心したように嬉しそうに彼が笑うものだから、胸に熱いものが込み上げてきて、涙腺が緩んだ。
高校生の時と変わらない、目尻を少し下げて笑う姿を見て、彼と過ごした過去の日々が、途端に色づいて、走馬灯のように脳内で鮮やかに蘇る。
いつも私を第一に考えて、心配してくれて、優しくしてくれていた。あんなに一方的に、酷い別れ方をしたのに、今もこうして追いかけてきて、心配してくれてーー
涙が溢れて、頬を伝った。
「…どこか痛い?」
突然涙を流し始めた私に、彼が眉をひそめた。言葉が出ない私はただただ首を横に振るだけで、涙を止めようにも、次から次へと溢れていく。
『…ご、めんっ…、いつも…倫くんを困らせてばかりで…迷惑かけてばかりで…っ』
胸が苦しい。大好きだけど、大好きな人の重荷にも迷惑にもなりたくないし、嫌われたくない。
「ーーねえ、俺一度も”迷惑”って思ったことないんだけど」
不意に、倫くんの静かな声が響いた。
「高校生の時も、いおりが怪我した時も、今も、迷惑だとか重荷とか考えたこと、一度もない」
『……っ』
「あの日、教室で別れたときの言葉覚えてる?」
”ーーでもこれだけは忘れないで。俺は、なまえのこと好きで、簡単に嫌いになんかなれないから”
高3のあの時の霞んだモノクロの記憶が、ゆっくり色づいていく。倫くんの切なそうな声と表情と共に。
「嫌いになんかなれないし、忘れることなんかできなかったよ、ずっと、ずっと」
いつの間にか空からは、白い雪がハラハラと舞い降りてきて。
柔らかな羽のような牡丹雪が、私の頬の涙と混じりあって、解けていく。
「あの時のいおりは、自分のことで精一杯で、俺が思っている以上に毎日がしんどくて辛かったんだと思う。俺がなまえを苦しめているのなら、なまえが少しでも楽になるなら、離れようと思った」
だけどさ、と言葉を切った倫くんが、少しだけ顔を歪ませた。
「ずっと考えてた。あの時の俺の選択は本当に正解だったんだろうかって」
辛い思いをしているいおりの傍になにがなんでもいるべきだったんじゃないか。もっと自分にできることがあったんじゃないか。
「ごめん、」
ぽつりと囁かれたその言葉に、胸が締め付けられた。
『倫くんが、謝ることじゃないよ。私が…、私が自分勝手で…っ、倫くんは優しいから、そこに漬け込んだんだよ…嫌われたくないから…好きな人に捨てられたくないから…っ』
ずっと自分を責めていた。倫くんを一方的に振って、傷つけたこと。それなのにまだ彼への気持ちを捨てられなくて、彼を想っている諦めの悪い自分。
『ごめんなさい…っ、もっとちゃんとあの時話し合えばよかった…今もこうして逃げてばかりでごめんなさ――』
不意に、グイっと腕を引かれたと思えば、ぎゅっと彼に抱き締められていた。ふわり、と彼の香りに包まれる。懐かしくて優しい香り。ずっと恋しかった温かいぬくもり。目を見開いて、息をのむ。
「もういいよ、もう…自分を責めたり、一人で抱え込まないでよ」
『……っ』
「遅いかもしれないけど、俺も一緒にいおりの苦しみ分けて」
倫くんの掠れた声が耳元で優しく響いて。唇を噛みしめて嗚咽を堪えていたのに、その一言で、全てが決壊した。
「離れている方が俺は辛い。頼むから、俺の隣にいて」
あの日、事故にあった日から倫くんに対して少しづつ見えない壁を作っていた。
生きることに絶望した日、自分の左肩に負った怪我を見て気持ち悪いと思った日、優しくしてくれることに微かな罪悪感を覚えた日、きついリハビリをしながら人知れず涙を流した日。
どうして自分だけ、と運命を呪って、壁を作ることで、彼と距離を作ることで、自分の心を守ろうとした。だけどその壁をいとも簡単に壊して、彼は私に手を差し伸べて、救ってくれようとする。