【長編】伸ばした手の先に。
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居酒屋で同期と別れて、一人夜道を歩いていれば、不意に元彼から通話がきた。
『……っ』
どくん、と心臓が嫌な音を立てて、画面を見ながら考える。このまま無視する?いや、でもいつまでもこのままじゃダメだ。
さっき「ええか?いつまで経っても問題解決できへんで?このままズルズル、もやもやを抱えとくの嫌やろ?」と、同期に言われたばかりじゃん。ふぅ、と息を吐いて、通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。
元彼の声を聞けば、もっと心が激しく揺さぶられると思った。あんなに好きで好きで付き合った彼のことを、どうにかしてこの1年で過去の思い出にしたんだから、今更また連絡をとりあってしまえば、またあの時みたいに苦しくなって、しんどくなるんじゃないか、と。
でも、違った。通話越しの彼の声に、私の心はときめくこともなくて。
そして彼の「ーーなあ、また仲良くできないかな?」という彼の言葉に、舞い上がることもなくて。むしろ、自分でもびっくりするくらい、冷静な自分がいた。
なにやら、くどくどと電話越しに喋る彼に対して、早く通話終わらせたいな、とも思った。
「ーーいおり?聞いてる?……俺、本当にいおりともう一度やり直したいって思ってて」
ーーやり直したい。
私だって、1年前は何度もそう願った。私の何がいけなかったんだろう?どうしてこんなことになっちゃったんだろう?突然切り捨てられた恐怖に、なんども苦しんだ。彼からの「やり直したい」という言葉を、あの時は切実に望んでいた。
だけど、今はーー、そんなこと1mmも思っていない自分がいる、ということに気付く。
不意に、前の暗がりの方から、大きなシルエットが走ってくるのが見えた。徐々に近づいくるそのシルエットに見覚えがあるな、と思えばーー
「ハァハァ…ッ」
息を切らしながら、走ってきた侑くんで。え、と目をぱちくりさせながら、固まる。
『(なんで、ここに…)』
内心そう思いながらも、侑くんは息を切らしたまま、私をジッと見ている。通話中の私を、ただジッと静かに。耳に当てているスマホからは「なあ?いおり?」と、まだ元彼が色々と言っている声が響いていた。
元彼の声を遮るように、私は口を開く。
『ーーすっごい好きだった』
「…え?」
スマホ越しの彼に喋るけど、目線は侑くんを真っすぐ見つめたまま言う。
『別れてから苦しかったし、もうこんな思いしたくないから恋愛しないって決めたくらい人生どん底だった。仕事のおかげで日々忙しくて立ち直れて、仕事一筋で頑張ろうって思った。恋愛は懲り懲りで思っていたはずだった。ーーでも、それはきっと怖かったからだったんだと思う。また恋に溺れて、傷付くのが怖かった。また振られるのが怖かった』
そんな、恋愛に臆病になっていた私の前に、現れたのが侑くんだった。助けてくれた人だけど、同時にナンパしてきた人、という変な第一印象。だけど、カラカラと楽しそうに笑う姿、よく喋っては表情がコロコロ変わって、どんなことにも馬鹿正直で素直で。
ああ、でも好きになったら、きっと辛くなるだけだ、と心にブレーキを踏んでいた。好きじゃない。好きじゃない。そう暗示をかけていたのかもしれない。
でもそれって、つまり、もう完全に意識しているということじゃない?好きじゃないって思い込もうとしている時点で、好きになっているということじゃない?
『ーー今日久しぶりに声聞いて、はっきりと分かった。私が電話したいのは、侑くんなんだなって』
そう言えば、スマホ越しの元彼が「は?あつむ?だれ?」と怪訝そうな声をあげた。一方で、私の前に立つ侑くんが、目を見開いて私を見ている。