【短(中)編集】井闥山学院
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指先に視線を落とせば、ネイルがボロボロに剝がれていた。ささくれもある。
「本当に、行くのか?」
さっきから続いていた沈黙を破ったのは、聖臣だった。自分の指先から視線を上げて、今度は数cm上の彼の顔を見上げる。清々しいほどの青空には似合わない、曇った彼の顔。
白い肌に落ちる長い睫毛の影がかすかに震えていた。柔らかな風がふんわりと黒髪をなびかせていて。大きな澄んだ黒目が、ジッと私の心の奥底を捉えようと見つめてくる。
「そう、だね……行くよ」
彼と遠距離になる。私は私の夢を叶えるために、ヨーロッパへ行くことを決意した。聖臣は聖臣で、日本でプロバレー選手としての道を今は進んでいくことに必死で。お互いが夢を追いかけることに、応援しながら付き合っていたけど、いつか”夢”のために”別れる未来”が来るって心のどこかで分かっていたのかもしれない。そしてそれを言い出すのは、きっと自分なんだろうということも。
「――だから聖臣、もう」
と、言いかけたところで、聖臣の大きな手に口を塞がれた。
「俺が先に喋る」
まるで私がこれから言うことを聞きたくない、とでも言うように彼が私を遮って、喋り始めた。
「お前を困らすって分かってるけど、言う。俺は生半可な気持ちでお前と付き合ってたわけじゃない。バレーとお前を天秤にかけたら、正直プロとしてバレーを優先しなきゃならねぇ。けど、俺がバレーをできるのはお前がいつも支えてくれて、お前という存在がいるからこそここまで昇り詰めることができた」
口を塞がれたままだから、なにも言葉を発することができなくて。
珍しく饒舌に喋る聖臣の、綺麗な澄んだ瞳をただただ見つめる。
「お前が思ってる以上に、本気だよ。お前に対する感情は」
と、ふいに口から彼の大きな手が離れて、ぷはっ、と息をする。無意識に呼吸を止めてたみたいで、まるで水泳の息継ぎが苦手な人みたいな呼吸の音が出てしまった。
「あ、わるい」と聖臣が少しびっくりしたように言うから、首を横に振りながら笑った。
「いや聖臣の手のせいじゃなくて。聖臣の饒舌な告白のほうに圧倒されて息止まってた」
久しぶりにちゃんと本音を聞いたかもしれない。最近はお互いが忙しくて、こうして面と向かって話す機会がなかったから。
「私も本気だよ。夢に対しても、聖臣への想いも、両方本気。でも何を言われても今回は夢を選ぶ。我が儘な女で申し訳ないけど、ヨーロッパに行く。そしてきっとそのうちお互いが忙しくて、時差もあるから連絡もとりずらくて、自然消滅するのは目に見えてる」
日本と海外の遠距離で破滅の道を行くカップルを、身近で見たことがあったし。
「だから、こうして顔が見えているうちにちゃんとけじめをつけたほうがいいのかなって思った」
顔をしかめた聖臣だったが「分かった」と、突然聞き分けのいい子どものように返事をした。
「けじめをつけよう。別れるためのじゃなくて、どう二人で進んでいくかの」
――ん?
「俺がバレーに全力を注いでいるように、お前も夢に全力を注いでいる。だから否定はしない。でもだからって別れる要因にはならねぇ。それに自然消滅するとか勝手にそっちの想像で決めつけんな。お前がヨーロッパ行くのは応援する。あとから俺も追いかける。それでいいな?」
「………、え?」
頭に言葉が入ってきても、うまく処理できずにぽわぽわと浮いている。目をぱちくりさせながらもう一度聖臣の言葉を反芻させる。
「それは聖臣が、ヨーロッパリーグに挑戦するってこと?」
ん、と頷いた彼が、
「だから、俺がそっち行くまで、男作んなよ」
と言いながら、少し顔をしかめていて。
空を流れる雲のスピードは早く、青と白が混じりあっては溶けて、目まぐるしく模様を変えていく。
思い描いていた未来には、夢か、聖臣か。片方しかないのだ、と勝手に決めつけていたのかもしれない。キャンバスに何を描こうと自由なのに、私の筆はいつの間にか描くことを諦めていたのかもしれない。
「――ん、わかった。聖臣こそ、かわいい女の子に付いていかないでね」
「いかねぇよ」
帰ったら、指先のネイルを綺麗に塗り直そうと思った。
「本当に、行くのか?」
さっきから続いていた沈黙を破ったのは、聖臣だった。自分の指先から視線を上げて、今度は数cm上の彼の顔を見上げる。清々しいほどの青空には似合わない、曇った彼の顔。
白い肌に落ちる長い睫毛の影がかすかに震えていた。柔らかな風がふんわりと黒髪をなびかせていて。大きな澄んだ黒目が、ジッと私の心の奥底を捉えようと見つめてくる。
「そう、だね……行くよ」
彼と遠距離になる。私は私の夢を叶えるために、ヨーロッパへ行くことを決意した。聖臣は聖臣で、日本でプロバレー選手としての道を今は進んでいくことに必死で。お互いが夢を追いかけることに、応援しながら付き合っていたけど、いつか”夢”のために”別れる未来”が来るって心のどこかで分かっていたのかもしれない。そしてそれを言い出すのは、きっと自分なんだろうということも。
「――だから聖臣、もう」
と、言いかけたところで、聖臣の大きな手に口を塞がれた。
「俺が先に喋る」
まるで私がこれから言うことを聞きたくない、とでも言うように彼が私を遮って、喋り始めた。
「お前を困らすって分かってるけど、言う。俺は生半可な気持ちでお前と付き合ってたわけじゃない。バレーとお前を天秤にかけたら、正直プロとしてバレーを優先しなきゃならねぇ。けど、俺がバレーをできるのはお前がいつも支えてくれて、お前という存在がいるからこそここまで昇り詰めることができた」
口を塞がれたままだから、なにも言葉を発することができなくて。
珍しく饒舌に喋る聖臣の、綺麗な澄んだ瞳をただただ見つめる。
「お前が思ってる以上に、本気だよ。お前に対する感情は」
と、ふいに口から彼の大きな手が離れて、ぷはっ、と息をする。無意識に呼吸を止めてたみたいで、まるで水泳の息継ぎが苦手な人みたいな呼吸の音が出てしまった。
「あ、わるい」と聖臣が少しびっくりしたように言うから、首を横に振りながら笑った。
「いや聖臣の手のせいじゃなくて。聖臣の饒舌な告白のほうに圧倒されて息止まってた」
久しぶりにちゃんと本音を聞いたかもしれない。最近はお互いが忙しくて、こうして面と向かって話す機会がなかったから。
「私も本気だよ。夢に対しても、聖臣への想いも、両方本気。でも何を言われても今回は夢を選ぶ。我が儘な女で申し訳ないけど、ヨーロッパに行く。そしてきっとそのうちお互いが忙しくて、時差もあるから連絡もとりずらくて、自然消滅するのは目に見えてる」
日本と海外の遠距離で破滅の道を行くカップルを、身近で見たことがあったし。
「だから、こうして顔が見えているうちにちゃんとけじめをつけたほうがいいのかなって思った」
顔をしかめた聖臣だったが「分かった」と、突然聞き分けのいい子どものように返事をした。
「けじめをつけよう。別れるためのじゃなくて、どう二人で進んでいくかの」
――ん?
「俺がバレーに全力を注いでいるように、お前も夢に全力を注いでいる。だから否定はしない。でもだからって別れる要因にはならねぇ。それに自然消滅するとか勝手にそっちの想像で決めつけんな。お前がヨーロッパ行くのは応援する。あとから俺も追いかける。それでいいな?」
「………、え?」
頭に言葉が入ってきても、うまく処理できずにぽわぽわと浮いている。目をぱちくりさせながらもう一度聖臣の言葉を反芻させる。
「それは聖臣が、ヨーロッパリーグに挑戦するってこと?」
ん、と頷いた彼が、
「だから、俺がそっち行くまで、男作んなよ」
と言いながら、少し顔をしかめていて。
空を流れる雲のスピードは早く、青と白が混じりあっては溶けて、目まぐるしく模様を変えていく。
思い描いていた未来には、夢か、聖臣か。片方しかないのだ、と勝手に決めつけていたのかもしれない。キャンバスに何を描こうと自由なのに、私の筆はいつの間にか描くことを諦めていたのかもしれない。
「――ん、わかった。聖臣こそ、かわいい女の子に付いていかないでね」
「いかねぇよ」
帰ったら、指先のネイルを綺麗に塗り直そうと思った。
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