お前、名前はなんて言うんだ?
ルシファー生誕特別版2021【完結】
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「すすすすみません……!! まともな自己紹介もしていないだなんて……!!」
激しく落ち込んだ彼は、アンティーク調の丸テーブルに両肘を乗せて頭を抱えている。
「いや、私が先に名乗らなかったから……」
昔の西洋ドラマに出てきそうな長椅子の座面が固いため、何度か座り直す。
おしゃれだけど、ずっと座ってると腰が痛くなりそう……。
「いつまでもメソメソしてんじゃねぇぞ」
ドガシャ。
ティーカップが二つ、目の前に乱暴に置かれる。
よく見ると、ティーカップは金のふちで彩られ、何かの地図や王冠、帆船を描いたモダンでシックなデザインをしていた。また、ティーカップの中は王冠の絵が描かれたコーヒーアートが施されており、さらに香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
「すてき……」
辺りを見回すと、外観とは裏腹に、店内は隅々まで掃除が行き届いており、少し暗めの照明がアンティーク調のインテリアをより美しく輝かせていた。
日本でいう純喫茶の西洋版、という言葉がぴったりな気がした。
「ふん。若造のわりには見る目があるようだな」
私が感動している様子に満足してくれたのか、おじいさんが鼻であしらうも、少し雰囲気が和らぐ。
「おめぇ、名前はなんていうんだ」
「あっ、美香夜といいます!」
反射的に背筋を伸ばし、答える。
おじいさんはそれに気にも留めず、彼をちらりと横目で見ると、勢いよく頭をはたいた。
「いって!」
「いい加減にしやがれ、亮平! 情けねぇな」
そして私の方を向く。
「俺の名はローガン。しがないバーを経営しているただのジジイだ。そしてこの細っこいもやし野郎がオスカー」
「急にたたくなよぉ……。しかももやしじゃねぇよぉ……。」
彼はしくしくと殴られた頭をさすると、私の視線に気付いたのか我に返ったように姿勢を正した。
「し、失礼しました! えっと、ご紹介にあずかりましたとおり、僕はオスカーといいます! マールズ社の編集部に所属してまして、ピジオン先生には日頃お世話になっております!!」
「お世話って、ほとんどあいつに小説の設定資料渡したり、取材の調整したりとかしか接点ないだろうが」
ローガンさんが呆れて訂正する。
「そ、そりゃそうだけど! それでも数回しか会っていない入社したての僕の名前を憶えていてくれてたんだよ!」
彼はそのときの様子を思い出しているのか、恍惚(こうこつ)とした表情でだらしなく頬を緩ませる。
「お二人は随分と親しいんですね」
私はその二人のやり取りが親子のように見えて、つい口に出てしまった。
「親しい? ハッ。んなガキ、うるさくて仕方ねえから相手してるだけだ」
ローガンさんは怪訝そうな顔をすると、そのままバーの奥へと移動した。
まずいことを言ったかもしれない、と落ち込んでいると、彼は気遣うように慌てて明るい調子で声をかけてくれた。
「気にしないでください! 彼は昔からああいうそっけない感じなんですが、実はすごく人情味がある優しい人なんですよ!」
そしてローガンさんが消えていった方を見やる。
「ローガンさんは、僕の唯一の恩人なんです。日本語だって、僕が日本生まれだってことを知って、数年かけて覚えてくれたんですよ! 昔は片言だったのに、今じゃすっかり日本人よりも饒舌になっちゃって」
そこでふと、忘れていた違和感に気付く。
「あれ?そういえば、最初ローガンさん、オスカーさんのことを『亮平』って……。しかも、日本生まれなんですか?」
オスカーさんは不意打ちを食らったような顔をした後、少し困ったように目を逸らした。
「あー……。へへ、実は僕、親がいないものでして。7歳のときにローガンさんのご友人夫婦の養子になって、もともとの亮平という名前を生かした『ジョーンズ・亮平・オスカー』と名付けてもらったんです」
彼は懐かしむような目でシャンデリアのような照明を見つめる。
「もともとはここも、ローガンさんと僕の両親が経営していたそうです。だから、ローガンさんとは家族同然って感じで」
そしてにこっと、屈託のない笑みを見せてくれた。
「そうだったんですね……。急に深く立ち入った質問してすみません……」
「いえいえ! 僕の話なんか、大したことありませんよ! それよりも、ローガンさんのコーヒーはロンドン一、いや、世界一美味しいんです! ぜひ、飲んでみてください!」
オスカーさんに勧められるがまま、私はティーカップに口をつける。
すると、深みのある苦さが広がった後、キャラメルのような優しい甘さが舌に残る。
きっと、ローガンさんが気を遣って甘めにしてくれたのだろう。
「……美味しい」
「でしょう!? 他の店なんか掠れるほどのコーヒーを淹れるのに、ローガンさんったら『俺は俺の気に入った客にしか出さねぇんだ』とか意地張って頑なに店の外観を綺麗にしないんですよ!」
ローガンさんの口調を真似して、冗談めかして話してくれる。
最初の弱弱しい暗いイメージとは一転、親しくなるほど彼の根っからの明るさが伝わってくる。
ふふ、とつい笑いがこぼれる。ロンドンに来たばかりのときは、孤独でつぶされそうだったのに、今じゃ彼の明るさに気持ちが晴れ晴れとしているのを感じた。
「それにしても、ピジオン先生にこんな綺麗な妹さんがいたなんて……ますます憧れちゃうなぁ」
彼はうっとりとした目で私をじっと見つめてくる。
私はメデューサに睨まれて石になったかのように、カチンコチンに固まってしまった。
「わわ、私が……綺麗……?」
力を振り絞って聞くと、オスカーさんは真顔で元気よく頷いてくれた。
「ええ! それに物腰も柔らかで、一つ一つの仕草もコロコロと変わって可愛らしいから、目が離せなくなります。ピジオン先生も歩くだけで女性の目を奪う人だから、なんだか本当にご兄妹なんだなぁって思って」
本音のように聞こえてしまうから、余計恥ずかしい……。
私は耳まで真っ赤になるのを感じながら、回らない頭で一生懸命返事を考える。
「え、ええと……兄は確かに素敵ですが……私はそんなに美人ではないですよ。……でも、なんだかオスカーさんにそう言ってもらえると、本当に綺麗になれるような気がして、すごく嬉しいです」
あはは、とぎこちなく体を少し傾けて笑う。
途端、オスカーさんが今度は石のように固まる。
「お、オスカーさん……?」
名前を呼ぶと、彼はびくっと体を震わせ、慌ててコーヒーを一口飲む。
「そ、そうだ! 今日は長旅で疲れたでしょうから、ホテルまで案内しますよ!」
オスカーさんの質問で、近くにあった時計を見る。
時計の長針は7時を示していた。
「あ……そういえば、もうこんな時間なんですね」
そして私はやっと、今まで思いつかなかった疑問を口に出す。
「あれ……そういえば、いつまでここにいるんだろう……?」
私の疑問に、不思議そうに見つめるオスカーさん。
「あれ、美香夜さん。もしかして……今日泊まるホテルを予約していなかったり……?」
「……えっと、実は……していません」
ソロモン大先生……!!
泊まることになるなら、それも先に伝えてほしかった……!!