お前、名前はなんて言うんだ?
ルシファー生誕特別版2021【完結】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
近くの時計に目をやると、既に寝る時間を過ぎていた。
「ルシファー、どこに行くんだ?」
「……少し夜風にあたってくる」
シメオンの問いかけに振り返りはせず、手を振って構うな、と合図する。
それを察してか、シメオンが後を追いかけてくる様子はなかった。
今日の魔界も、変わらない。
深い闇。
あざ笑うかのようなギラギラとした赤黒い満月。
嘆きの館のバルコニーから見える景色は、いつもと同じ真っ黒な世界が広がっていた。
「……大切な家族に、親友たち、か」
面と向かってはいえないが、最高の誕生日を迎えられたと思っている。
うるさくて、後先を考えないで、私利私欲ばかりで、邪な奴ばっかりだが。
それでも、いないよりは断然いい。
「これが兄貴の性(さが)ってやつか……」
あいつらがいない、なんてことはやはりこの先も考えられない。
「……リリス。俺は、今日もおまえの分まで胸を張って在り続けられたかな」
人間として生涯を全うしたリリス。
悪魔として在り続ける俺。
なにを求め、なにを得ようとしているか、なんてとうの昔に置いてきてしまった。
目標も、目的もない。
現状維持。
この言葉に尽きる。
「……俺は、俺の世界が維持できれば、それでいいんだ」
言い聞かせるほど、胸の奥が痛い。
「……俺は、」
ズルズルと力が抜けたように膝を曲げ、そのまま座り込む。
顔を上げると、忌々しい月がこちらを見下していた。
「はん。あざ笑うなら好きにしろ。おまえもいつか俺が壊してやる」
月に手を伸ばす。
『ルシファー、そんなことを言わないで』
ふと、声が頭に響く。
聞き慣れた、それでいて温かく、優しい声。
『月は見下しているんじゃないよ。みんなを、この魔界をきっと見守っているんだよ』
「……誰だ」
瞬間、何かの映像がフラッシュバックする。
『……くだらんな。人間のご都合主義は飽き飽きだ』
『そうかな。 だってこの月は、魔界の月でしょ? 必要だから、この闇を少しでも照らすために、きっとこの月はいるんだよ』
なぜ、そんな目であの月を見られるんだ。
『みんな、必要な存在なんだよ。 求められて、生まれて……そして次第に求めて、生きる。その生きた証を、月はきっと記録してくれているんだよ』
あの狡猾な月を。
『ね、そうでしょ? ルシファー』
この、堕落した俺を。
『……おまえじゃなかったら、食い殺すところだった』
『あはは。聞いてくれたのがルシファーでよかった』
「ルシファー。そんなところにいたのか」
「……ディアボロ」
……誰だったんだ。
あと少し。
あと少しで。
この心の穴が空いた理由がわかるのに。
今日だけは、ディアボロの存在が疎ましく思えた。
「ルシファー。今日の誕生日はどうだったかい?」
俺にワイングラスをそっと渡し、バルコニーの柵に背を預けて月を見る。
「……そうだな。あいつらにしてはなかなかな出来だったんじゃないか」
「はは。こりゃお兄さんを満足させられるのはまだまだ先だな」
ディアボロは苦笑しながらワイングラスをゆっくり回す。
「それにしても、今日の誕生日は浮かない顔をしていたね」
ぴく、と反射的に肩が震える。
「……いつもどおりだが?」
それを気取られないよう、俺はワイングラスに口をつけた。
「なにかが足りない。そんな顔をしている」
「ぶふぉっ」
「おや、当たりだったか」
「ゲホ、ゲホゲホ……」
くそ、俺らしくない……。
悟られまいといつも警戒しているのに。
「……なんでそう思うんだ」
「君が珍しく口数が少なかったからね。あと、何回も辺りを見回してた」
ディアボロが俺の目線に合わせようと、しゃがみ込む。
大人二人が(しかも片方は次期魔王)そろいもそろって片膝を立てて気だるげにバルコニーに座り込んでいるなんて、誰かに見られたらたまったもんじゃないな。
悔しいが、今日も俺の負けだ。
「……何か」
いつも確信をもって話している分、今回は不確かすぎて声が小さくなる。
「ん?」
「何かが、足りないんだ」
俺は血のような淀んだワインを揺らし、月に向かって掲げる。
「これから話すことは、誰にも口外しないと誓ってくれるか」
ディアボロが真剣なまなざしで俺を見ているのが横目から見えた。
「もちろんだ」
その言葉を聞いて、俺は残ったワインを一息で飲み干した。
「誕生日だとアスモから迎えられた時から、ずっと感じていたんだ」
自分でも理解できない、不確かな感情。
「この魔界において、今まで俺の計算が狂うことはなかった。わからないことも。君以外はな」
ふっと、苦笑する。
「それはすまないな」
ディアボロも軽く笑った。
「だが、今は違う。失ってはいけないものがそこにあったような気がしてならないんだ。いつもの景色なのに、いつもとは違う。そう、告げるんだ」
口に出すほど馬鹿馬鹿しい気がしてきて、くくっ、と顔を膝に埋める。
「俺もくだらないと思ってはいるんだ。そこにないのなら、必要なかった。ただ、それだけのことだ」
俺はそれでも次々と溢れ出る言葉を止めることなく吐き出す。
「……初めてなんだ。こんなにも、『ない』というものが怖い…だなんて…」
はっ、と顔を上げる。
今、怖いと言った。
俺は、怖いのか。
「そう感じた原因はわからないのか」
心配そうな声色で俺に問いかける。
俺は静かに首を振り、また膝に顔を埋めた。
「……いや。あと少しで思い出せそうだったんだが……泡のように消えてしまったよ」
「そうか……」
酔いが回る感覚。
だが、アルコールを摂取した、という感覚だけで味なんか感じられなかった。
「ルシファー。きっと、それは君にとって大事なもの、なんじゃないか?」
「大事な、ものか?」
「ああ。心当たりはないか? 大事なものとか、大事な人、とか」
「大事な、人か?」
大事な、人。
そんなものが俺の中に存在するのか。
そんなもの、俺自身が一番信じられなかった。
「ルシファー」
突然、ディアボロが空になったワイングラスを床に置き、俺の両肩を掴んで振り向かせる。
「正直に言うんだ。君にとって、それは必要かい?」
「俺にとって、必要……?」
ないものに対し、必要だ、なんてどう判断するんだ。
馬鹿げている、と言い返したいのに、口から零れたのは別の言葉だった。
「俺にとっては、絶対に失いたくない、必要なものだ」
ぶわっと全身に鳥肌が立つ。
突如、走馬灯のように美香夜との記憶が蘇ってきた。
パリン
一瞬の間の後、俺は気付くとディアボロに掴みかかっていた。
粉々に割れたワイングラスの破片を踏みつけ、声を荒らげる。
「美香夜、美香夜はどうしたんだ! なぜあいつの姿が見えない!」
「彼女は今、人間界にいる」
ディアボロとは違う、憎らしい声が聞こえてきた。
「……ソロモン」
赤黒い月に照らされ、悪魔よりも悪魔な男がゆらりと笑みを深めた。
「ルシファー、どこに行くんだ?」
「……少し夜風にあたってくる」
シメオンの問いかけに振り返りはせず、手を振って構うな、と合図する。
それを察してか、シメオンが後を追いかけてくる様子はなかった。
今日の魔界も、変わらない。
深い闇。
あざ笑うかのようなギラギラとした赤黒い満月。
嘆きの館のバルコニーから見える景色は、いつもと同じ真っ黒な世界が広がっていた。
「……大切な家族に、親友たち、か」
面と向かってはいえないが、最高の誕生日を迎えられたと思っている。
うるさくて、後先を考えないで、私利私欲ばかりで、邪な奴ばっかりだが。
それでも、いないよりは断然いい。
「これが兄貴の性(さが)ってやつか……」
あいつらがいない、なんてことはやはりこの先も考えられない。
「……リリス。俺は、今日もおまえの分まで胸を張って在り続けられたかな」
人間として生涯を全うしたリリス。
悪魔として在り続ける俺。
なにを求め、なにを得ようとしているか、なんてとうの昔に置いてきてしまった。
目標も、目的もない。
現状維持。
この言葉に尽きる。
「……俺は、俺の世界が維持できれば、それでいいんだ」
言い聞かせるほど、胸の奥が痛い。
「……俺は、」
ズルズルと力が抜けたように膝を曲げ、そのまま座り込む。
顔を上げると、忌々しい月がこちらを見下していた。
「はん。あざ笑うなら好きにしろ。おまえもいつか俺が壊してやる」
月に手を伸ばす。
『ルシファー、そんなことを言わないで』
ふと、声が頭に響く。
聞き慣れた、それでいて温かく、優しい声。
『月は見下しているんじゃないよ。みんなを、この魔界をきっと見守っているんだよ』
「……誰だ」
瞬間、何かの映像がフラッシュバックする。
『……くだらんな。人間のご都合主義は飽き飽きだ』
『そうかな。 だってこの月は、魔界の月でしょ? 必要だから、この闇を少しでも照らすために、きっとこの月はいるんだよ』
なぜ、そんな目であの月を見られるんだ。
『みんな、必要な存在なんだよ。 求められて、生まれて……そして次第に求めて、生きる。その生きた証を、月はきっと記録してくれているんだよ』
あの狡猾な月を。
『ね、そうでしょ? ルシファー』
この、堕落した俺を。
『……おまえじゃなかったら、食い殺すところだった』
『あはは。聞いてくれたのがルシファーでよかった』
「ルシファー。そんなところにいたのか」
「……ディアボロ」
……誰だったんだ。
あと少し。
あと少しで。
この心の穴が空いた理由がわかるのに。
今日だけは、ディアボロの存在が疎ましく思えた。
「ルシファー。今日の誕生日はどうだったかい?」
俺にワイングラスをそっと渡し、バルコニーの柵に背を預けて月を見る。
「……そうだな。あいつらにしてはなかなかな出来だったんじゃないか」
「はは。こりゃお兄さんを満足させられるのはまだまだ先だな」
ディアボロは苦笑しながらワイングラスをゆっくり回す。
「それにしても、今日の誕生日は浮かない顔をしていたね」
ぴく、と反射的に肩が震える。
「……いつもどおりだが?」
それを気取られないよう、俺はワイングラスに口をつけた。
「なにかが足りない。そんな顔をしている」
「ぶふぉっ」
「おや、当たりだったか」
「ゲホ、ゲホゲホ……」
くそ、俺らしくない……。
悟られまいといつも警戒しているのに。
「……なんでそう思うんだ」
「君が珍しく口数が少なかったからね。あと、何回も辺りを見回してた」
ディアボロが俺の目線に合わせようと、しゃがみ込む。
大人二人が(しかも片方は次期魔王)そろいもそろって片膝を立てて気だるげにバルコニーに座り込んでいるなんて、誰かに見られたらたまったもんじゃないな。
悔しいが、今日も俺の負けだ。
「……何か」
いつも確信をもって話している分、今回は不確かすぎて声が小さくなる。
「ん?」
「何かが、足りないんだ」
俺は血のような淀んだワインを揺らし、月に向かって掲げる。
「これから話すことは、誰にも口外しないと誓ってくれるか」
ディアボロが真剣なまなざしで俺を見ているのが横目から見えた。
「もちろんだ」
その言葉を聞いて、俺は残ったワインを一息で飲み干した。
「誕生日だとアスモから迎えられた時から、ずっと感じていたんだ」
自分でも理解できない、不確かな感情。
「この魔界において、今まで俺の計算が狂うことはなかった。わからないことも。君以外はな」
ふっと、苦笑する。
「それはすまないな」
ディアボロも軽く笑った。
「だが、今は違う。失ってはいけないものがそこにあったような気がしてならないんだ。いつもの景色なのに、いつもとは違う。そう、告げるんだ」
口に出すほど馬鹿馬鹿しい気がしてきて、くくっ、と顔を膝に埋める。
「俺もくだらないと思ってはいるんだ。そこにないのなら、必要なかった。ただ、それだけのことだ」
俺はそれでも次々と溢れ出る言葉を止めることなく吐き出す。
「……初めてなんだ。こんなにも、『ない』というものが怖い…だなんて…」
はっ、と顔を上げる。
今、怖いと言った。
俺は、怖いのか。
「そう感じた原因はわからないのか」
心配そうな声色で俺に問いかける。
俺は静かに首を振り、また膝に顔を埋めた。
「……いや。あと少しで思い出せそうだったんだが……泡のように消えてしまったよ」
「そうか……」
酔いが回る感覚。
だが、アルコールを摂取した、という感覚だけで味なんか感じられなかった。
「ルシファー。きっと、それは君にとって大事なもの、なんじゃないか?」
「大事な、ものか?」
「ああ。心当たりはないか? 大事なものとか、大事な人、とか」
「大事な、人か?」
大事な、人。
そんなものが俺の中に存在するのか。
そんなもの、俺自身が一番信じられなかった。
「ルシファー」
突然、ディアボロが空になったワイングラスを床に置き、俺の両肩を掴んで振り向かせる。
「正直に言うんだ。君にとって、それは必要かい?」
「俺にとって、必要……?」
ないものに対し、必要だ、なんてどう判断するんだ。
馬鹿げている、と言い返したいのに、口から零れたのは別の言葉だった。
「俺にとっては、絶対に失いたくない、必要なものだ」
ぶわっと全身に鳥肌が立つ。
突如、走馬灯のように美香夜との記憶が蘇ってきた。
パリン
一瞬の間の後、俺は気付くとディアボロに掴みかかっていた。
粉々に割れたワイングラスの破片を踏みつけ、声を荒らげる。
「美香夜、美香夜はどうしたんだ! なぜあいつの姿が見えない!」
「彼女は今、人間界にいる」
ディアボロとは違う、憎らしい声が聞こえてきた。
「……ソロモン」
赤黒い月に照らされ、悪魔よりも悪魔な男がゆらりと笑みを深めた。