お前、名前はなんて言うんだ?
ルシファー生誕特別版2021【完結】
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「クソッ……」
生ゴミや汚物が当たり前のように吐き捨てられた路地。
ハエは生き生きと飛び回り、ゴキブリは餌を求めて徘徊する。
馴染みのあるその光景に懐かしさを覚えながらも、異臭の先へと口に溜まった血を吐き出す。
そのまま、朽ちたレンガ壁へ体を預ける。
空が、透き通るように青い。
まるで、俺を見透かしているような。
見るな。
見るな。
「負けたねぇ、オスカー」
視界がふと暗くなる。
今、一番聞きたくない声。
「……ぅるせぇ」
ペッ、と憎い顔に血を吐き捨ててやる。
しかし、そいつは笑みを崩さず半歩下がり、避けられてしまった。
「てめぇだって負けただろうが、ソロモン」
「あぁ。彼女の力を測り間違えたようだ」
ソロモンは腐敗臭が漂う樽を見つけると、軽々と樽の上に乗り、愉快そうに俺を見下した。
「だから、今回の交渉はチャラ、だね」
「……ふざけんな」
怒りに任せて立ち上がろうとするも、激痛が全身に走る。
「……ッ」
「あぁ。無理しない方がいいよ。君の体、内臓まで傷ついているからね。病院へ行かないと、腎臓、使えなくなっちゃうんじゃないかな」
「……」
「もう君は人間なんだよ、オスカー」
視界がぼやける。どうやら呼吸すら満足にできないみたいだ。
「よく聞いて。前世の記憶を持つ、人間。そして、シメオンに降格させられた、哀れな天使さん」
「……軽々と口に出すな」
ソロモンは樽から飛び降り、俺の目の前にかがむ。
その余裕そうな顔面を殴りたい。
「どうして、計画を狂わせたんだ」
「……」
笑顔の裏に、冷酷な殺意。
「あのまま君が暴走しなければ、彼女の記憶からルシファーが消えていた。作戦が成功していれば、君が知りたかったシメオンとの真実を教えていた」
「……」
「そして俺は彼女を交渉に使い、ルシファーを使役することができた」
ソロモンの視線に飲まれぬよう、俯かせる。
その一瞬を見逃すまいと、彼は乱暴に俺の髪を掴み上げ、しっかりと俺と目線を合わせる。
「あそこでどうして彼女に恐怖という感情を与えたんだって聞いてるんだ」
「……知らねぇよ」
絞りだした声は、情けなく枯れていた。
それもそうだ。
俺すらわかっていない。
沈黙。
端から見れば秒であるこの瞬間も、俺にとってはとても長く感じた。
「……君は、分かり合える取引先だと思っていたんだけどな」
ふぅ、とため息を吐くと、俺の髪を離した。
「……ぐぁッ」
気付かぬうちに、ソロモンは拳を振り上げ、俺の腹部を突いた。
「もう、君と交渉することはありません。ご自身で、断ち切りなさい。その悪縁を」
朦朧とした意識の中、その言葉だけが強く頭に残る。
パチン、と何かが弾ける音が響いた。
「…かー。すかー」
……なんだ。
「おい!!オスカー!!」
聞き慣れた、声。
泣きそうな、声。
あぁ。だめだ。
俺、この人は。
この人だけは、泣かしちゃいけねぇ。
この、恩人だけは……。
頼む、悲しまないでくれ……。
俺のために、もう泣かないでくれ……!!
「……ここ、は」
焦燥感にかられ、目を開ける。
突然の真っ白い景色に目が慣れず、何度か瞬きをする。
「……!!目が覚めたか……!!」
「……ろー、がんさん……」
いつも凛々しい眉毛も、今は八の字に垂れているが、俺を握る手はとても力強かった。
「ばッッかやろう……!!」
「いッ…てぇ」
さらに力がこもり、握られた手の骨が折れるのではないかと心配になる。
「どうして……俺……」
「交通事故に遭ったと聞いて、飛んできてみりゃ軽傷だとか……。つくづく悪運が強い野郎だよ」
はぁ、と力が抜けたかのように、だらんと椅子に背を預ける。
俺はまだはっきりとしない頭で、先ほどまで感じていた痛みの場所をあちこち確認する。
だが、ほとんど体に痛みもなく、試しに腕を回してみても何ら問題なく動かせた。
「……俺、内臓系やられてなかった?」
「無事だとよ。だから、医者もびっくりしてたんだよ。あんなド派手な交通事故に遭っておきながら、擦り傷だけで済んでるなんてよ」
擦り傷……。
確かに数か所、コンクリートで転んだ時のような傷が生々しくついていた。
「相手はひき逃げだそうだが……。地の底まで絶対見つけて、ぶん殴ってやる…!!」
今度は俺の寝ているベッドに拳を叩きつけて、宣戦布告。忙しい人だ。
「……ローガンさん」
「あ?」
「なぜ、あの時、俺を助けてくれたんですか」
両親が目の前で殺され、最後に焼き付いた奴の顔がこびりついて離れなかったあの日。
犯人こそわからなかったが、奴のあの目が、脳内に焼き付いて離れなかった。
そうして面倒くさい前世の記憶も蘇り、すべてがどうでもよくなったとき。
悪いことは一通りこなし、俺はそこらの獣よりも汚い獣だった。
そんな荒くれた人生を、見捨てなかった、唯一の恩人。
「俺は、あなたに生かされました。あなたを恩人と思う反面、俺は時折思うのです。
生きていればいるほど、歳を重ねれば重ねるほど、記憶というものはどうしてもこびりついて俺を拘束する。
そうして俺は過去に解放されたくて、真実を追い求める。
だけど、俺は……」
真っ白い寝具を、血が出そうなほど強く、握りしめる。
ローガンさんは少しの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「真実がおめぇの味方とでも思ってんのか」
「……え」
「人間ってぇのは、わからないものをわからないままにしておくのが苦手な生き物なんだよ。
だから求めるのは仕方ねぇかもしれねぇ。
でも、俺たちは選べる。
知るか、知らずにいるか。
その選択が毒になるか、薬になるかすらもな」
「……」
「オスカー」
「……はい」
「俺もよ、過去に生きてた。体ん中の時計がぶっ壊れてよ、外の世界と俺の世界がちぐはぐで、正直どうでもよくなってた」
「……」
「そんな時、お前がいたんだ。絶望しているくせに、本能で生きてることを選ぶお前がな」
ローガンさんが俺の頭に手を乗せる。
「その時、俺の時計が進んだんだよ。こいつを生かしてぇな。こいつのぶっ壊れた時計を、進ましてやりてぇなって」
初めて俺が人のぬくもりに触れた、安心する手つき。
「オスカー。これは老いぼれの無茶苦茶な頼みだがよ」
「……」
「今だけは、俺のために生きてくれねぇか」
「……!」
「老い先みじけぇからよ。俺がいなくなった後は、好きに生きりゃあいい。
ただ、今だけは。
俺の時計を進めるために、生きていてくれねぇか」
「……なんだよ。ローガンさんらしくない、回りくどい表現」
「たまにはいいじゃねぇか。こんなんは、伝わりゃいいんだよ」
シュボ、となれた手つきで葉巻に火を点ける。
「ちょ、ちょっと!あなた、こんなところで葉巻吸う気ですか?!」
その音に反応したお隣の女性が、勢いよくカーテンを開けて怒鳴りつけた。
ローガンさんはその真っ赤な顔に慌てつつ、俺に1分だけ、と人差し指で合図してそそくさと廊下へ消えていった。
「もう、病室で吸うなんて信じられない……!あなたも注意しなさいよね?!」
よほど不愉快だったのか、乱暴にまたカーテンを閉める。
そりゃそうか、と苦笑して、光が差す窓を眺める。
「……。なぁ、シメオン。
俺はよ、お前を信じていた。お前に仕えることこそ、俺の存在意義だと思っていた。
なのに、大戦争のあの日、俺を人間へと降格させ……。
そして、また、凄惨なあの日にお前は姿を現した。
お前はいつも答えをくれない。
だから、俺は余計、求めてしまうんだ。
だが、知らなくてもいいと思える日が、来るもんなんだな」
生ゴミや汚物が当たり前のように吐き捨てられた路地。
ハエは生き生きと飛び回り、ゴキブリは餌を求めて徘徊する。
馴染みのあるその光景に懐かしさを覚えながらも、異臭の先へと口に溜まった血を吐き出す。
そのまま、朽ちたレンガ壁へ体を預ける。
空が、透き通るように青い。
まるで、俺を見透かしているような。
見るな。
見るな。
「負けたねぇ、オスカー」
視界がふと暗くなる。
今、一番聞きたくない声。
「……ぅるせぇ」
ペッ、と憎い顔に血を吐き捨ててやる。
しかし、そいつは笑みを崩さず半歩下がり、避けられてしまった。
「てめぇだって負けただろうが、ソロモン」
「あぁ。彼女の力を測り間違えたようだ」
ソロモンは腐敗臭が漂う樽を見つけると、軽々と樽の上に乗り、愉快そうに俺を見下した。
「だから、今回の交渉はチャラ、だね」
「……ふざけんな」
怒りに任せて立ち上がろうとするも、激痛が全身に走る。
「……ッ」
「あぁ。無理しない方がいいよ。君の体、内臓まで傷ついているからね。病院へ行かないと、腎臓、使えなくなっちゃうんじゃないかな」
「……」
「もう君は人間なんだよ、オスカー」
視界がぼやける。どうやら呼吸すら満足にできないみたいだ。
「よく聞いて。前世の記憶を持つ、人間。そして、シメオンに降格させられた、哀れな天使さん」
「……軽々と口に出すな」
ソロモンは樽から飛び降り、俺の目の前にかがむ。
その余裕そうな顔面を殴りたい。
「どうして、計画を狂わせたんだ」
「……」
笑顔の裏に、冷酷な殺意。
「あのまま君が暴走しなければ、彼女の記憶からルシファーが消えていた。作戦が成功していれば、君が知りたかったシメオンとの真実を教えていた」
「……」
「そして俺は彼女を交渉に使い、ルシファーを使役することができた」
ソロモンの視線に飲まれぬよう、俯かせる。
その一瞬を見逃すまいと、彼は乱暴に俺の髪を掴み上げ、しっかりと俺と目線を合わせる。
「あそこでどうして彼女に恐怖という感情を与えたんだって聞いてるんだ」
「……知らねぇよ」
絞りだした声は、情けなく枯れていた。
それもそうだ。
俺すらわかっていない。
沈黙。
端から見れば秒であるこの瞬間も、俺にとってはとても長く感じた。
「……君は、分かり合える取引先だと思っていたんだけどな」
ふぅ、とため息を吐くと、俺の髪を離した。
「……ぐぁッ」
気付かぬうちに、ソロモンは拳を振り上げ、俺の腹部を突いた。
「もう、君と交渉することはありません。ご自身で、断ち切りなさい。その悪縁を」
朦朧とした意識の中、その言葉だけが強く頭に残る。
パチン、と何かが弾ける音が響いた。
「…かー。すかー」
……なんだ。
「おい!!オスカー!!」
聞き慣れた、声。
泣きそうな、声。
あぁ。だめだ。
俺、この人は。
この人だけは、泣かしちゃいけねぇ。
この、恩人だけは……。
頼む、悲しまないでくれ……。
俺のために、もう泣かないでくれ……!!
「……ここ、は」
焦燥感にかられ、目を開ける。
突然の真っ白い景色に目が慣れず、何度か瞬きをする。
「……!!目が覚めたか……!!」
「……ろー、がんさん……」
いつも凛々しい眉毛も、今は八の字に垂れているが、俺を握る手はとても力強かった。
「ばッッかやろう……!!」
「いッ…てぇ」
さらに力がこもり、握られた手の骨が折れるのではないかと心配になる。
「どうして……俺……」
「交通事故に遭ったと聞いて、飛んできてみりゃ軽傷だとか……。つくづく悪運が強い野郎だよ」
はぁ、と力が抜けたかのように、だらんと椅子に背を預ける。
俺はまだはっきりとしない頭で、先ほどまで感じていた痛みの場所をあちこち確認する。
だが、ほとんど体に痛みもなく、試しに腕を回してみても何ら問題なく動かせた。
「……俺、内臓系やられてなかった?」
「無事だとよ。だから、医者もびっくりしてたんだよ。あんなド派手な交通事故に遭っておきながら、擦り傷だけで済んでるなんてよ」
擦り傷……。
確かに数か所、コンクリートで転んだ時のような傷が生々しくついていた。
「相手はひき逃げだそうだが……。地の底まで絶対見つけて、ぶん殴ってやる…!!」
今度は俺の寝ているベッドに拳を叩きつけて、宣戦布告。忙しい人だ。
「……ローガンさん」
「あ?」
「なぜ、あの時、俺を助けてくれたんですか」
両親が目の前で殺され、最後に焼き付いた奴の顔がこびりついて離れなかったあの日。
犯人こそわからなかったが、奴のあの目が、脳内に焼き付いて離れなかった。
そうして面倒くさい前世の記憶も蘇り、すべてがどうでもよくなったとき。
悪いことは一通りこなし、俺はそこらの獣よりも汚い獣だった。
そんな荒くれた人生を、見捨てなかった、唯一の恩人。
「俺は、あなたに生かされました。あなたを恩人と思う反面、俺は時折思うのです。
生きていればいるほど、歳を重ねれば重ねるほど、記憶というものはどうしてもこびりついて俺を拘束する。
そうして俺は過去に解放されたくて、真実を追い求める。
だけど、俺は……」
真っ白い寝具を、血が出そうなほど強く、握りしめる。
ローガンさんは少しの沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
「真実がおめぇの味方とでも思ってんのか」
「……え」
「人間ってぇのは、わからないものをわからないままにしておくのが苦手な生き物なんだよ。
だから求めるのは仕方ねぇかもしれねぇ。
でも、俺たちは選べる。
知るか、知らずにいるか。
その選択が毒になるか、薬になるかすらもな」
「……」
「オスカー」
「……はい」
「俺もよ、過去に生きてた。体ん中の時計がぶっ壊れてよ、外の世界と俺の世界がちぐはぐで、正直どうでもよくなってた」
「……」
「そんな時、お前がいたんだ。絶望しているくせに、本能で生きてることを選ぶお前がな」
ローガンさんが俺の頭に手を乗せる。
「その時、俺の時計が進んだんだよ。こいつを生かしてぇな。こいつのぶっ壊れた時計を、進ましてやりてぇなって」
初めて俺が人のぬくもりに触れた、安心する手つき。
「オスカー。これは老いぼれの無茶苦茶な頼みだがよ」
「……」
「今だけは、俺のために生きてくれねぇか」
「……!」
「老い先みじけぇからよ。俺がいなくなった後は、好きに生きりゃあいい。
ただ、今だけは。
俺の時計を進めるために、生きていてくれねぇか」
「……なんだよ。ローガンさんらしくない、回りくどい表現」
「たまにはいいじゃねぇか。こんなんは、伝わりゃいいんだよ」
シュボ、となれた手つきで葉巻に火を点ける。
「ちょ、ちょっと!あなた、こんなところで葉巻吸う気ですか?!」
その音に反応したお隣の女性が、勢いよくカーテンを開けて怒鳴りつけた。
ローガンさんはその真っ赤な顔に慌てつつ、俺に1分だけ、と人差し指で合図してそそくさと廊下へ消えていった。
「もう、病室で吸うなんて信じられない……!あなたも注意しなさいよね?!」
よほど不愉快だったのか、乱暴にまたカーテンを閉める。
そりゃそうか、と苦笑して、光が差す窓を眺める。
「……。なぁ、シメオン。
俺はよ、お前を信じていた。お前に仕えることこそ、俺の存在意義だと思っていた。
なのに、大戦争のあの日、俺を人間へと降格させ……。
そして、また、凄惨なあの日にお前は姿を現した。
お前はいつも答えをくれない。
だから、俺は余計、求めてしまうんだ。
だが、知らなくてもいいと思える日が、来るもんなんだな」