お前、名前はなんて言うんだ?
夢の始まり
「お前の名前は?」
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「よぉ。お前たち。随分と早いお帰りだな」
私たち3人を迎えたのは、割烹着姿のルシファーだった。
「ルシファー……」
「そんな格好して何してんの。 あんた、ディアボロとの仕事はどうした」
サタンが絶句し、ベルフェも心の底から引いているような顔をして、後ずさりする。
私も正直、びっくりして言葉が出なかった。
「あぁ。何を驚いているのかと思ったら。この姿か?」
そんな3人から向けられた奇異の目をもろともせず、ルシファーは淡々と続ける。
「今日から1週間、暇をもらうことになった。
そこで、美香夜の言う『大掃除』とやらをしてみようかと思ってな」
腕組みをしたルシファーの目線を追うと、壁にはまだ新品であろう、汚れていない竹箒があった。
「1週間の休み?
それに、おお…そうじ? って、なんだ、美香夜」
サタンが不思議そうに私に話を振る。
私は戸惑いながらサタンに答えた。
「私が住んでいた場所では、新しい年を迎えるのに、年末に大掃除っていう家の片づけとかをする行事的なものがあってね。
年神様といわれる神様をお迎えするのに、家の中をお清めする意味合いとかで、普段できない掃除をみんなですることをいうんだけど……」
ここまで言い、満足げなルシファーに視線を移す。
「まさか、魔界でこの光景を見ることになるとは思わなかった……」
「ふぁ……あぁ。
なんだそれ。ぼくみたいに、寝て過ごせばいいのに」
ベルフェはもう興味を失ったようで、大きな欠伸をしながら目をこすった。
「悪魔の俺達が神を招き入れるなど、随分皮肉な行為だな」
サタンが呆れて溜息を吐く。
ルシファーは別に気にも留めず、改めて竹箒を手に取り、床掃除を始める。
その見慣れた一連の動作ですら目を奪われるくらい、美しい。
「その大掃除とやらの話で、重労働だが、終えたあとの部屋はなかなかの景色であるという話を聞いてな」
こちらには目もくれず、竹箒で掃きながら階段へ移動するルシファー。
「せっかくだ。
たまには、自分の視野を広げるのに、変わったことをするのも一興だと思わないか?」
ちらりとこちらを見たルシファーと目が合う。その妖艶な目つきに、油断していた心が少し跳ねる。
「はぁ……。勝手にしてくれ。
俺の邪魔さえしないのなら、後は好きにしてくれ」
サタンがこれ以上関わりたくないといった風に、何度目かわからない溜息を吐き、自分の部屋へと歩き出す。
「ふぁ……。ぼくもどうでもいいや。興味ないし。眠いから寝る」
ベルフェも続いて何度目かわからない欠伸をし、ふらふらしながら自分の部屋へと戻っていった。
「はは。あいつらがどんな反応をするかと思ったが、思ったより大人しく帰っていったな」
ルシファーが愉快そうに口元を緩ませる。
「いつも館は綺麗だけど、大掃除する必要あるの?」
「一応下等悪魔が住み込みで清掃をしているが、あいつらは目を離すとすぐサボるからな。
それに、今日は休みを与えてやったんだ」
ルシファーのいる階段を上る。
「一人でこの広い屋敷を掃除するなんて……。 それってゆっくり休んでることになるの?」
「このような奇怪で面白い行動は今しかできない。 新しいことを自分のペースですることが、俺にとっての「ゆっくり」になるんだ」
「そう、なんだ」
反射的に相槌を打ったものの、正直今でも驚いている。
ルシファーがまさか、大掃除に興味を示すだなんて思っていなかった。
だって、兄弟の中でも一番大掃除と縁が遠そうに思えていたから。
喋りながらも、気づいたらルシファーの隣に立っていた。
「でも……。 なんだか、嬉しいかもしれない」
ぽつりとこぼした言葉に、明らかに戸惑うルシファー。
「……なぜ、お前が喜ぶ?」
「んー……。 なんていうのかな。
なんだか……懐かしくて、あったかい気持ちになっているのかも」
まるで異国に留学しているとき、恋しくなった日本食が突然出てきたときのような、そんな嬉しい気持ち。
……なんて言っても、ホームステイはしたことないから、うまく言葉にできなくて私は言葉を濁した。
そんな私の様子をルシファーは訝しげに見ていた。
「あ、それなら」
ふと、その懐かしさの勢いにまかせて、ルシファーに提案してみる。
「私も大掃除、一緒にやってもいい?」
「……は?」
キョトンとしたルシファーに畳みかけるように、私はルシファーの手から竹箒を取った。
「だから、大掃除! まさか、人間界の恒例行事を魔界で見られるとは思わなくって! 混ぜてほしいんだけど…」
と、ここまで勢いで言ったものの、ルシファーの表情があまりにも変わらなくて、最後の言葉に自信を無くしてしまう。
勢いをなくした私は、恐る恐る言葉を続ける。
「だ、だめ……かな?」
表情は変わらない。
だけど、なんとなく嫌がってはいないような気がした。
「お前も、俺に負けず劣らず、かなりの変人だな」
ふっと吹き出すように軽く笑う。
パチン。
軽快に弾かれた指の音と同時に、どこからか竹箒と割烹着が出てきた。
「うわ?!」
「驚きすぎだ。 お前もそろそろ慣れてきただろう?」
「いや……。 あまりにも世界が違いすぎて……ははは……」
「魔界への適応が早いくせに、初歩的なことではまだ順応しないんだな」
悔しくなり、顔をしかめる。
「む……」
「まぁそう膨れるな。丸い顔がますます丸くなるぞ?」
ルシファーが口元を手で隠しながら悪戯の目を向けてくる。
「なっ!? レディに対して、容姿をからかうのは禁句だから!!」
「ほう? お前がレディだと?
そう扱って欲しければ、もっと慎ましくなることだな」
「うっ」
言い返してみるも、のれんに腕押し。あっさりと受け流されてしまった。
「ほら、いいから受け取れ。 レディ?」
しゅんとなってしまった私の様子がよほど面白かったのか、くつくつと肩を揺らしながら私に割烹着を渡してくれる。
「〜〜……!
わかった! この大掃除で、私の女子力、見せてやる!!」
やる気に満ち満ちた私のガッツポーズを見て、ルシファーがとうとう噴き出す。
「くっ……はは!
まぁ、精々足掻いてみればいい」
「あとで謝ることになっても知らないからね!
……あれ? 塵取りは?」
「ちりとり?」
「そう! さっきから竹箒しかないけど、掃いた塵を塵取りでとって、捨てなきゃ掃除したことにならないよ!」
見返してやろうとハイテンションになってしまった私は、なぜか鼻息荒くルシファーに問う。
ルシファーはそんな私とは裏腹に、落ち着いた様子で「ああ」と先ほど出した竹箒の柄を見せてきた。
「この竹箒は、直接塵を食べる下等悪魔の1種でな。塵を餌として魔力を回復するんだ」
「……ふぇ?」
つい、想像しえないことを言われ、間抜けな声が出てしまう。
「……つまり、悪魔の竹箒、てこと?」
「そうだ」
塵を食べる竹箒……。
つまり、悪魔として生きている竹箒……。
ルシファーが持つ竹箒の柄から、パクパクと口らしきものが小刻みに動いていた。
竹箒を持ったまま硬直した私に、ルシファーがまた楽しそうに肩を揺らした。