お前、名前はなんて言うんだ?
夢の始まり
「お前の名前は?」
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遠い昔。
もはやいつのときだったか。
俺にも白い翼があったとき。
神の使いとして、天界の戦士として。
ときにはその剣をふるい、ときには指揮を執り。
神のために仕え、その成果を貢献することが我が身の存在意義だと思っていた。
そこに愛などなく。
意思もなく。
今日という日を当たり前のように笑って過ごす兄弟たちの成長を眺め、俺はこれが日常だと思って過ごしていた。
その手がたとえ、屠ってきた亡骸の想いで汚れていたとしても。
リリスは、今思えば革命的な存在だった。
俺の日常を壊し、思想を壊し、存在意義を壊した。
あの人間を加護ではなく愛するなど、思いもよらなかった。
選択するものとして、上に立つものとして。
迷う、などという愚行は許さなかった。
いや、許されるはずもなかった。
なのに、リリス。
俺は、いまだに迷っているんだ。
なぜお前は、人間を愛することを決めたのだ。
なぜお前は、すべてを人間に捧げることができたのだ。
神に捧げることが天使として存在する理由。
反対に言えば、ソレ以外に存在する意味がない。
そうではなかったのか。
カシャリ。
膝を抱える腕を少し動かすと、重たい鎖が音を立てる。
すべての空間から遮断された世界。
魔界の七不思議として面白おかしく語り継がれてきた、別名「忘れられた世界」。
魔力が一切存在しない場所で無力感に支配され、次第に存在することへの気力を奪っていく。
力を持つものほど、この空間は「無いこと」への恐怖を味あわせてくる。
出入りできるのは魔王の血縁者のみ。
つまり、ディアボロの許しがない限りここから出られることはない。
当然、会話をする相手などいない。
無の空間でできることと言えば、己と対話するしかなかった。
「ルシファー。 お前も、堕ちたものだな」
その声に顔をあげると、目の前には見慣れた顔が立っていた。
「……」
俺はソレに返事をする気にもなれず、また顔を伏せる。
「とうとう幻覚を見るようになったか、とでも言いたげだな」
いやらしい話し方が耳障りで。
「変わったようなふりをして、結局根本が変わることはない。 お前はいつもそうして歴史を繰り返す滑稽な人間を忌み嫌ってきたではないか」
長い指で俺の顎をすくう。
眼前には、ニタニタと憎らしく笑う俺がいた。
「それがどうだ。 お前も結局、人間に貶められていまここにいる」
俺が顔をしかめるほど、こいつは愉しそうに笑う。
「あの人間が、お前に何を与えた? あのとき捕食されたとて自業自得だろう。 留学生として迎え入れたとき、こちらは忠告したはずだ。 それなのに自らの意思で歩き回り、餌として食われようとした。 ただソレだけのことだ」
「……その汚い手を離せ」
顔を背ける。
気色悪い。
「結局、人間と関わるとろくでもないのだ。 命をドブに捨てていく」
胸糞悪い。
「リリスのときのようにな」
「ッ、この、クソ野郎!!」
手首についた重厚な鎖の重さを利用して勢いよく殴りかかる。
その勢いも虚しく、ソレは軽々と一歩後ろに下がって避ける。
前に対象物がない俺の身体は無様にもそのまま倒れ込んだ。
「だいぶ力を鎖に吸い取られているようだな」
「……お前に言われなくても」
この鎖は魔力を封じるだけでなく拘束している対象が抵抗をするほど力を吸い取っていく。
存在の源である魔力を失わまいとして自然と保存することを優先していき、動きも抵抗力も必要最低限の動きに制限されていく。
「せっかく天界から堕ちたとき、ディアボロの臣下と成り下がることで生き延びたというのに。 またもや人間のせいで、堕ちるところまで堕ちたな」
乱暴に髪の毛を掴まれ、強制的に身体を起こされる。
幻覚だというのに、クソ生意気な野郎だ。
「あの人間になんの価値がある? 力を持たず、食われることしかできないあの人間に。 短い生命は100年の間にお前を忘れていき、あっという間に死んでいるだろうよ」
ギリ、と歯を噛みしめる。
黙らせて殴り倒したいのに、どうしてだか反論が浮かばなかった。
「そもそも、戦うことで存在を証明してきたものが何かを愛するだと?」
後方に投げ出され、バランスを失った身体をかばうこともできず臀部を強打して地面に投げ出される。
そしてゆっくりと靴音を鳴らし、優雅に俺の視界の高さまで座り込む。
「お前は何も護れない。 誰も救えないのだよ」
「……」
その目から、逸らせない。
神に使役し続けていれば、俺はあの日常を壊さずに。
兄弟たちも堕ちることなく。
リリスも生きていたのか。
俺が、意思を持ち、反抗したがために。
もう取り戻せない日常を、壊してしまったのか。
……俺には、愛などという機能は備わってなかったのだ。
無いものを護ろうとして。
すべて、壊したのか。
「ルシファー」
「ルシファー。 私を見て」
……誰だ。
「事情も知らない私だけど、だからこそ気づくこともあるの」
「兄弟たちは、今も幸せそうだよ」
……なんだ、この。
この、感覚は。
「ルシファー。 私は、ルシファーも幸せになるべきだと思うよ」
幸せ?
幸せとは、なんだ?
それは人間が抱く妄想の一種だろう。
幸せなど虚言でしか無い。
「悪魔だろうが、天使だろうが、人間だろうが。 そんなの、関係ない。みんな、幸せになっていいんだよ。 求めていいんだよ」
ただ……。
心地の良い、声だ。
「……俺の、幸せ……」
なら、教えてくれないか。
お前なら知っているのか。
幸せと言われるものの正体を。
どんなものが、幸せと言えるものなのかを。
存在意義を果たすことが、お前の言う幸せというものなのか。
「俺の幸せって……なんだろうな……」
発した言葉に懐かしさを覚える。
だがいつだったか、そもそも過去の出来事かすらもわからない。
ふわり、と嗅いだことのある優しい香りが鼻をかすめる。
その香りに誘われて顔をあげると、温かなものに頬を包まれる。
「……あ」
ぼんやりとした視界に飛び込んだのは、美しい光。
その形容は、女性らしきもので。
俺はその女性をよく知っているような気がした。
包まれた両手の温かさが気持ちよくて、ずっと触れていて欲しくなる。
離したくなくて、自分の両手でその手を強く握った。
「……幸せ、なんて目に見えないもの。 そんなもの、わかるわけがないじゃないか」
この湧き上がる感情はなんだろうか。
人間と契約したときに伝わる感情とは違う、自らの意思で湧き上がってくるもの。
嫉妬や憎悪、嫌悪などとも違う、もっときれいで、温かくて、形容しがたいもの。
存在する理由がなくても、存在していいと。
俺自信が意思を抱いても良いのだと。
すべてが許されているような。
そんな、居心地の良い空間。
あぁ。
そうか。
これが。
俺は眼の前の光を慈しむように見つめる。
「今は、幸せ……かもしれない」
そして愛おしい美香夜の唇に、キスをした。
もはやいつのときだったか。
俺にも白い翼があったとき。
神の使いとして、天界の戦士として。
ときにはその剣をふるい、ときには指揮を執り。
神のために仕え、その成果を貢献することが我が身の存在意義だと思っていた。
そこに愛などなく。
意思もなく。
今日という日を当たり前のように笑って過ごす兄弟たちの成長を眺め、俺はこれが日常だと思って過ごしていた。
その手がたとえ、屠ってきた亡骸の想いで汚れていたとしても。
リリスは、今思えば革命的な存在だった。
俺の日常を壊し、思想を壊し、存在意義を壊した。
あの人間を加護ではなく愛するなど、思いもよらなかった。
選択するものとして、上に立つものとして。
迷う、などという愚行は許さなかった。
いや、許されるはずもなかった。
なのに、リリス。
俺は、いまだに迷っているんだ。
なぜお前は、人間を愛することを決めたのだ。
なぜお前は、すべてを人間に捧げることができたのだ。
神に捧げることが天使として存在する理由。
反対に言えば、ソレ以外に存在する意味がない。
そうではなかったのか。
カシャリ。
膝を抱える腕を少し動かすと、重たい鎖が音を立てる。
すべての空間から遮断された世界。
魔界の七不思議として面白おかしく語り継がれてきた、別名「忘れられた世界」。
魔力が一切存在しない場所で無力感に支配され、次第に存在することへの気力を奪っていく。
力を持つものほど、この空間は「無いこと」への恐怖を味あわせてくる。
出入りできるのは魔王の血縁者のみ。
つまり、ディアボロの許しがない限りここから出られることはない。
当然、会話をする相手などいない。
無の空間でできることと言えば、己と対話するしかなかった。
「ルシファー。 お前も、堕ちたものだな」
その声に顔をあげると、目の前には見慣れた顔が立っていた。
「……」
俺はソレに返事をする気にもなれず、また顔を伏せる。
「とうとう幻覚を見るようになったか、とでも言いたげだな」
いやらしい話し方が耳障りで。
「変わったようなふりをして、結局根本が変わることはない。 お前はいつもそうして歴史を繰り返す滑稽な人間を忌み嫌ってきたではないか」
長い指で俺の顎をすくう。
眼前には、ニタニタと憎らしく笑う俺がいた。
「それがどうだ。 お前も結局、人間に貶められていまここにいる」
俺が顔をしかめるほど、こいつは愉しそうに笑う。
「あの人間が、お前に何を与えた? あのとき捕食されたとて自業自得だろう。 留学生として迎え入れたとき、こちらは忠告したはずだ。 それなのに自らの意思で歩き回り、餌として食われようとした。 ただソレだけのことだ」
「……その汚い手を離せ」
顔を背ける。
気色悪い。
「結局、人間と関わるとろくでもないのだ。 命をドブに捨てていく」
胸糞悪い。
「リリスのときのようにな」
「ッ、この、クソ野郎!!」
手首についた重厚な鎖の重さを利用して勢いよく殴りかかる。
その勢いも虚しく、ソレは軽々と一歩後ろに下がって避ける。
前に対象物がない俺の身体は無様にもそのまま倒れ込んだ。
「だいぶ力を鎖に吸い取られているようだな」
「……お前に言われなくても」
この鎖は魔力を封じるだけでなく拘束している対象が抵抗をするほど力を吸い取っていく。
存在の源である魔力を失わまいとして自然と保存することを優先していき、動きも抵抗力も必要最低限の動きに制限されていく。
「せっかく天界から堕ちたとき、ディアボロの臣下と成り下がることで生き延びたというのに。 またもや人間のせいで、堕ちるところまで堕ちたな」
乱暴に髪の毛を掴まれ、強制的に身体を起こされる。
幻覚だというのに、クソ生意気な野郎だ。
「あの人間になんの価値がある? 力を持たず、食われることしかできないあの人間に。 短い生命は100年の間にお前を忘れていき、あっという間に死んでいるだろうよ」
ギリ、と歯を噛みしめる。
黙らせて殴り倒したいのに、どうしてだか反論が浮かばなかった。
「そもそも、戦うことで存在を証明してきたものが何かを愛するだと?」
後方に投げ出され、バランスを失った身体をかばうこともできず臀部を強打して地面に投げ出される。
そしてゆっくりと靴音を鳴らし、優雅に俺の視界の高さまで座り込む。
「お前は何も護れない。 誰も救えないのだよ」
「……」
その目から、逸らせない。
神に使役し続けていれば、俺はあの日常を壊さずに。
兄弟たちも堕ちることなく。
リリスも生きていたのか。
俺が、意思を持ち、反抗したがために。
もう取り戻せない日常を、壊してしまったのか。
……俺には、愛などという機能は備わってなかったのだ。
無いものを護ろうとして。
すべて、壊したのか。
「ルシファー」
「ルシファー。 私を見て」
……誰だ。
「事情も知らない私だけど、だからこそ気づくこともあるの」
「兄弟たちは、今も幸せそうだよ」
……なんだ、この。
この、感覚は。
「ルシファー。 私は、ルシファーも幸せになるべきだと思うよ」
幸せ?
幸せとは、なんだ?
それは人間が抱く妄想の一種だろう。
幸せなど虚言でしか無い。
「悪魔だろうが、天使だろうが、人間だろうが。 そんなの、関係ない。みんな、幸せになっていいんだよ。 求めていいんだよ」
ただ……。
心地の良い、声だ。
「……俺の、幸せ……」
なら、教えてくれないか。
お前なら知っているのか。
幸せと言われるものの正体を。
どんなものが、幸せと言えるものなのかを。
存在意義を果たすことが、お前の言う幸せというものなのか。
「俺の幸せって……なんだろうな……」
発した言葉に懐かしさを覚える。
だがいつだったか、そもそも過去の出来事かすらもわからない。
ふわり、と嗅いだことのある優しい香りが鼻をかすめる。
その香りに誘われて顔をあげると、温かなものに頬を包まれる。
「……あ」
ぼんやりとした視界に飛び込んだのは、美しい光。
その形容は、女性らしきもので。
俺はその女性をよく知っているような気がした。
包まれた両手の温かさが気持ちよくて、ずっと触れていて欲しくなる。
離したくなくて、自分の両手でその手を強く握った。
「……幸せ、なんて目に見えないもの。 そんなもの、わかるわけがないじゃないか」
この湧き上がる感情はなんだろうか。
人間と契約したときに伝わる感情とは違う、自らの意思で湧き上がってくるもの。
嫉妬や憎悪、嫌悪などとも違う、もっときれいで、温かくて、形容しがたいもの。
存在する理由がなくても、存在していいと。
俺自信が意思を抱いても良いのだと。
すべてが許されているような。
そんな、居心地の良い空間。
あぁ。
そうか。
これが。
俺は眼の前の光を慈しむように見つめる。
「今は、幸せ……かもしれない」
そして愛おしい美香夜の唇に、キスをした。