お前、名前はなんて言うんだ?
夢の始まり
「お前の名前は?」
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「ふぁぁああ…今日も眠かったぁ…」
マモンが大きな口を開けて、気持ちがよさそうに伸びをする。
「…ぼくは少し目が冴えてきたかも」
「お前は寝すぎだ。ベルフェ」
にこにこしているベルフェと、ベルフェの頭に優しく本を落とすサタン。
馴染んだこの光景に、胸の奥が温かくなる。
普段通りの長い授業が終わって、マモン、サタン、ベルフェと一緒に帰路に着いていた。
「ところでよ!! この後、どうする?」
急に元気になったマモンが、3人の行く手を阻むように両手を広げ、前に飛び出す。
彼に一番近かったベルフェの顔が、マモンの手とぶつかりそうになる。
「わっ! 急になんなの、びっくりするでしょ」
「バカは遊びとなると急に元気になるからな」
その様子を見てたサタンが、やれやれと左右に頭を振る。
「うっせ! おめーら俺の弟のくせに、生意気だぞ!」
ベルフェとサタンからの憐れむ目から逃れるように、マモンは私に視線を向けた。
「な、なぁ! 美香夜! お前はわかってくれるよな! あの窮屈な空間から解放される俺の気持ちを!!」
「…金を盗まれる気持ちも、そろそろわかってくれないかな…」
「う、うぁぁぁあああああ?!」
縋るように私の両手を握った直後、背後からどす黒いオーラを纏った何者かの手が、マモンの肩を掴む。
この声は……。
「お、お、お、おい!! レヴィ!! だからそれ、心臓に悪いって!!」
「……こっちだよ。お前……また性懲りもなく、僕の財布から抜き出しただろう!!」
少し涙目のレヴィが、マモンの胸ぐらを掴みユサユサと体を揺らす。
「は、はぁぁ? し、し、知らねぇよ! お前が寝ぼけて使っちまったんじゃねーの!」
「寝ぼけて使うことあるか! このバカマモン!! 言い逃れできないよう、今回は財布に小型カメラを仕込ませておいたんだよ!!」
「……ちょっと過激になってきてないか? レヴィ」
自信満々に財布から小型カメラを取り出したレヴィの様子を見て、サタンが見てられないとため息をつく。
「ねぇ、美香夜。 ここにいるとバカが移るから、さっさと帰ろう」
ベルフェが私の右手を握り、引っ張るようにこの場から離れる。
「そうだな。俺たちは先に帰る。二人は気の済むまで話し合ってくれ」
そのあとをサタンが呆れながら付いてくる。
「な、お、おい! お前ら! お兄たまが大ピンチだってのに、見捨てるのか!」
「おい……バカマモンッ……!! 今日こそは許さないぞ……!! 今日はアクマックス店舗限定「花ルリタン和洋折衷お着替え限定フィギュア」が付いてくるオフィシャル解説ブック「花ルリタン公式設定ガイドブック~花より可憐な女の子~」の発売日で、今から店頭に並ばなきゃいけないってのに!!」
「お、お、お、落ちつけ、レヴィ!! し、しっぽ、しっぽでてるから?!?!」
さらにどす黒いオーラがレヴィを取り巻き、マモンが今にも喰われそうになっている。
まさに、蛇に睨まれたなんとかだ。
「た、た、た、助けてぇぇぇぇぇ!!」
マモンが涙目で叫んだのを無情にも無視し、私たちはその場を後にした。
「……マモン、置いてっちゃって大丈夫だったかな」
私がぽつりとこぼすと、ベルフェがあくびをしながら返事をする。
「あんなのいつものことでしょ。バカにつける薬はないっていうし。レヴィもお灸を据えれば、少しは落ち着くんじゃない?」
「そうだ。あんなのにいつまでも付き合っていたら、俺たちの身が持たない。放っておけ」
サタンも呆れながらベルフェに続ける。
「マモンってば、モデルの仕事もしてるのに、ほんといつもお金無いよね…。逆にそんなに使うところがあるのかって思うと、ある意味尊敬しちゃうよ」
本屋のファッション雑誌をふと思い出すと、しょっちゅうマモンが表紙を飾っているものを見かけている気がする。
雑誌のマモンは、あんな風に泣き叫んでるなんて微塵も感じさせないほど華やかで格好よく、どのモデルよりもひときわ目立つ存在感を放っている。
「あいつもあんなんだが、読者やモデル業界では一部の熱烈なファンがいるくらいだからな。仕事が尽きることもないだろうが、金の消費がそれを上回ってる」
「需要と供給バランス崩壊。財布の紐と一緒で、その辺の感覚がガバガバなんだよ。まぁ、どうでもいいけど」
ベルフェが私の手を放し、ふぁ……と眠たそうに欠伸をする。
「さっき目が冴えてきたって言ってなかった?」
「ん……そうだと思ったんだけど。嘆きの館が見えてきたら、なんだか眠くなってきた」
ベルフェがうとうとしながら目をこする。
その姿がとても愛らしく頭を撫でたくなるが、今にも寝てしまいそうで気が気でない。
「そういや、俺も図書館から面白い本を見つけてきたんだ。今日読んでみて面白そうだったら、次、美香夜も読むか?」
サタンが分厚く、歴史のありそうな古書を私に見せてくれる。
結構、サタンとは本の趣味が合うようで、RADで悪魔語を習ってから読むのが楽しくなっていた。
それに読めない文字があると、サタンが嫌がらずに私に意味を教えてくれるので、余計に楽しい。
「うん! あ、でもまた読めない文字があったら、教えてもらってもいい?」
「もちろんだ。むしろ、一緒に読んでもいいが?」
サタンが爽やかに微笑む。
その表情に心臓が跳ねる。
「ふぁ……。そんな本読んでたら、眠くなりそう。ねぇねぇ、そんな眠たくなりそうな本を読むより、添い寝してよ? その方が有意義だよ」
ベルフェが甘えるように私の袖を引っ張りながら眠たそうに言う。
サタンもこれに気づき、少し困りながらも口元を緩ませた。
「ふぅ……。相変わらず、だな、ベルフェは。ほかの兄弟には強気にいけても、どうしてもベルフェには敵わない」
「ふふ。さすがサタンお兄様。弟第一に考えてくれて、弟冥利に尽きるよ」
「なに変なこと言ってるんだ。お前は少しは兄を敬え」
いたずらっ子の顔をしたベルフェに、またサタンが優しく本を落とす。
そんなたわいのない話をしているうちに、嘆きの館の扉の前まで着く。
ギィィィィイイ…。
「…ねぇ、なんか、変じゃない?」
「…あぁ。変だな」
「…え?」