東奔西走~刀剣迷走録~
最近の本部はどこかどんよりとした空気が漂っている。
和泉守兼定はそう感じていた。
「対大侵寇防人作戦」から季節は一巡りして、春の某日。
甚大な被害を被った政府本部の防衛機能も更なる堅牢さを備えることとなり、難攻不落の城さながらの盤石さに、ここで働く職員達も次第に精神的な平穏を取り戻しつつある頃だった。
政府本部はさながら最前線に立つ本陣。
ここに勤める者達も覚悟の上か肝の据わった者が多いが、そんな彼らも命の危機をひしひしと感じた先の戦いでは流石に不安は大きかったらしい。
それが解消されつつある、と思っていたのだが・・・
外では桜雨に打たれてしおらしく下を向いた白い花が霞みのように見えるが、この空気は春の長雨のせいだけではないだろう。
そう思いながら和泉守は政府の"病棟"へと向かう。
一一一一一一一一一一一一一一一
「おうおう喧嘩なら他所でやってくれ。ここは病棟だ。…静かにするべきだろう?」
病棟に着いてさっそくいつもの光景に出会してしまった和泉守は、面倒臭く思いながらも見過ごすことも出来ない性分のため、廊下で騒ぐ本部の審神者に後ろから声を掛けた。
病棟は怪我をした刀剣男士が運び込まれる本部の手入部屋だ。手入をする審神者達も集中したいためなるべく静かにするべきなのだが、手入の審神者である「刀剣研磨役」を下に見る一部の人間が、何をそんなに短気となるのか怒声を発する場面を見ることがここでは多かった。
今回もそのようで、狐を模した守護の面を付けた刀剣研磨役が一方的に怒鳴られているのを見て、他の刀剣男士も近づこうとするのを制して和泉守が足を進めた。
「なん…っ、ひぃっ!?」
和泉守の声に怒りのままに振り返った審神者の男が悲鳴を上げた。振り向いたら長身の男が立っている。それに怖じ気付いたわけではない。
和泉守は笑みを浮かべていた。
それは誰の目から見ても立派な作り笑い。
いつもであれば喧嘩腰に睨みつけて病棟から追い出すのが和泉守だが、最近はそれでは効果がない…と言うよりも後で自分も怒られることをいい加減学んだ。
「静かに、出来るな?」
こめかみがひくひくと動くのを抑えた不自然な笑みの和泉守に男は怯む。こくこくと頷くと足をもたつかせながら逃げるように和泉守から離れていく。
「なんだ?話しは終わったのか?」
逃げる男を見ながらわざとらしくそう言ってやれば、取り残された刀研役は和泉守に礼を言い、何度も何度も頭を下げた。「いいってことよ」と部屋に戻らせると、和泉守も目的の場所へと向かうことにした。そう思ったが、
「…ん?」
何やら勘が働いて、ふと視線を巡らせば自身に寄せられた好奇の目の中によく知る気配を見つけた。
「おー!そこにいたのか。すれ違いにならなくて良かったぜ」
先程のひどい作り笑いとは違い、カラカラと気持ちのいい笑顔でその人に手を振る。
「!」
びくっと体を固まらせたその刀剣研磨役は、他と同じように狐の面を付けている。フードを被った真っ黒なお仕着姿では一見して正体が分からないはずなのに、それでも探しに来た人物だと何となく分かってしまうのだから不思議だった。
そいつに近寄って行けば、面の下で嫌そうな顔をしているのが和泉守には分かる。
「主から言付けだ。任務があるみたいだぜ」
「断れませんか」
「断れた試しがあるか?」
「…ないですね」
はぁ、と面の下で息を吐くのが聞こえた。
病棟での手入以外に、この青年には時折外での任務を言い渡されることがある。それは非常に面倒くさくて、時に危険を伴い、和泉守はそんな彼一一藤代の護衛として長年その身を守ってきた1振りだった。
「今はまだ別の用事の途中ですから、後で伺いますと先生に伝えてください」
「別の用事?」
「はい。こちらの3人に病棟内を案内している途中だったんです」
そう言って手の平で指し示すのはすぐ傍にいる男女3人だった。1人はまだ幼い少女、1人は年若い女、1人は中年の男と年齢もバラバラの3人を一瞥して、審神者としての力量低弱だと和泉守は見て取り、ワケアリかと感づく。
「ほーん。そりゃご苦労なこって」
だが、わざわざ事情を詮索することはしない。
程々に力はあるが本丸を任せられる技量には到達していない審神者は、適性に合わせて本部で仕事を割り振られることがある。特に力の弱い審神者は、手入のみを行うこの病棟へと回されることが多いのだ。
「おーし、オレも今はヒマだからな。手伝ってやるよ」
「え…、お断りします」
「ははっ、そぉんな嬉しそうにすんなよ!」
断る声を聞こえないふりして、和泉守はフードの上からわしわしとその頭を撫でてやる。それを嫌がる藤代の後ろで、年若い女が笑い声を上げた。
「せんぱ〜い!めっちゃ兼さんに好かれてるっすね」
守護の面で顔は見えないがフードを被っていない女はタンポポのように明るい髪色をしていた。屈託のない性格のようで初対面でありながら「兼さん」などと気安く呼んでくるが悪い気はしなかった。
「たりめーよ。俺はこいつが、そこの嬢ちゃんより小さい時からの付き合いなんだからな」
揚々と答えて女の隣にちょこんと立つ少女を話題に上げれば、赤茶色のおさげ髪がびくっと震えた。
「わ、わ、わたし…?」
少女は三つ編みに付けられた可愛らしい花の飾りをいじり、恥ずかしそうにして言葉を続けられずにいた。
おどおどとした姿はどこか五虎退を思わせて、庇護欲をかき立てられる。
「え〜?この子よりちっさい時からっすか。てことは先輩、実は切り株だったんすね〜?」
ごく自然に少女の髪を撫でる女の発言に、「切り株?」と一瞬何の話しかと考える和泉守より早く、
「古株の間違いだろ」
男が冷静な声で言葉の間違いを訂正する。
「いっひひ!ツッコミはやっ。やばっ!」
笑う女とは正反対にひどく真面目な性格なのだろう。3人の中で唯一きちんと仕着せのフードを被り、背筋をまっすぐに保つ姿にはこちらと親しくする意思は感じられない。
「あー…その、俺のことはいいんです。時間も押してますのでさっさと行きますよ」
「おう」
「はーい」
「やっぱり和泉守さんは付いてくる気なんですね」
「そう言ってんだろ?」
へへん、と笑ってやると藤代は諦めたようで、「行きますよ」と廊下を歩き出す。それに付いていく和泉守は、すぐに袖を引かれていることに気が付く。なんだ?と振り向けば、女が歩きながら軽く引っ張っているのが分かった。
「…てかさっきの兼さんちょ〜ヤバかった。変な奴に絡まれてた人助けてたっしょ?めっちゃ大声出してるとこにあたしらちょうど来ちゃってさ、どーすんの!?って思ったら兼さんススーって行ってササーって相手が逃げてって。すごいっしょ。ヒーローじゃん」
声を抑えているのは病棟の廊下ということで気を使っているのか。それでも好奇心は抑えられないようで嬉々としてさっきの場面を、多少語彙力は足りないが、武勇伝のように語ってくれる女にやはり悪い気はしない。
それに遠慮を知らない風でありながら、今も不安げな少女の手を取り安心させようとしている然りげ無い優しさがその気持ちを後押ししていた。
「ここじゃ、ああいう連中がちらほら出てくるから覚悟しておけよ?あー、だが怖がる必要はねぇ。何か言われたら必ず廊下に出てくるんだ。そーすりゃオレみてぇに近く通りかかった刀剣男士が助けに行けるからよ」
そう言ってアドバイスしてやるくらいには、和泉守は女に心を開き始めていた。
反面、押し黙って廊下を歩く男には少し警戒していた。
どうにもこの男の視線が気になるのだ。面をしているから目の動きなど読めないのだが、合流した時からずっと藤代のことを凝視しているような、そんな感じがしていた。
(女連中を舐め回すように見るよりは断然マシだがなぁ…)
もしやそちらの趣味が…?と怖気ながら、合流する前に何もされてねぇよなと心配になり、藤代を守る気構えで和泉守は男への警戒を緩めなかった。
一一一一一一一一一一一一一一一
「病棟はすごく広いですが、2階より上はすべて病室しかなくて作りも同じです。覚えてしまえば迷うことも少ないと思います。自分が担当する部屋のある階以外は行くこともないでしょうから、そんなに不安にならなくても大丈夫です」
「わかんねーことは同じ病室のリーダーに遠慮なく聞くんだ。道に迷ったとかならそこらにいるオレらに聞いてくれてもいいぜ」
藤代の案内に付け加えるように、和泉守は新米刀研役達にアドバイスをしていく。
病棟で迷いやすいのは事務所や管理室、会議室などがある1階であることが多いが、新米達がそこを使うことはほとんどないため、藤代は2階の案内を重点的に行なっていた。
一部屋に8床のベッドの置かれた大部屋で構成されている病棟には毎日数多くの刀剣男士が運び込まれてくる。
そのベッドが審神者達の手術台であり、刀剣男士の療養場所となる。刀剣研磨役はそれぞれに担当している部屋が決まっていて、和泉守達は十七号室と書かれた部屋の扉の前にいた。
「皆さんには俺の担当している部屋を見学してもらいます。最近何かあったようで忙しくなってきているので、手入中のお仲間の邪魔にならないよう静かに入ってくださいね」
そう注意をしてから藤代は扉を開ける。
中へ入り部屋のリーダー格の女に見学の旨を伝えると、予定を聞いていたリーダーは簡単な注意事項を新米達に伝えて見学の許可を出した。
病室は明るく、ヒーリング系の音楽がいつも流れている。
各ベッドはカーテンで仕切ることが出来るが、余程の重傷でない限りカーテンを引くことはなく、今も狐の面をした審神者達が刀剣男士の手入をしているところを見ることが出来た。
「ここが、手入部屋…」
女が小さく呟くように辺りを見渡す。
知らない環境に不安そうな少女も女の腕に縋りつきながら辺りをキョロキョロと見ながら部屋を一巡している。
男も静かに手入の様子を見学しているようだが、やはり時折藤代を気にするように見ることがあった。
「なあ、シロ…?」
藤代と共に彼の担当ベッドの傍で新米達の見学風景を眺めている和泉守は、男について聞いてみることにした。
「あの男、なんかお前のことずっと見てねぇか?知り合いってわけでもねえよな?」
「うーん…?前から知ってはいますけどね」
「そうなのか?!」
「お静かに。お互い顔は知ってる程度です。記録役のお試し月間的なやつでひと月ほど本丸にお邪魔したことがあるんですよ」
記録役という言葉を聞いて和泉守の胸にモヤっとした感情が顔を見せる。多忙な審神者をフォローするために作られた記録役制度のせいで、藤代は6年近く和泉守達の元を離れ、遠い本丸の記録役となっていた。
時折、任務で戻ってくることはあったが基本拠点はその本丸となるため、そこの審神者に藤代を取られたようで面白くなかった。
だが今はそこに不満顔をしても仕方ない。
モヤモヤを抑えて、意識を会話に戻した。
「本丸に?あいつ、本丸持ちだったのか」
「あの人だけじゃなく、他の2人も」
「ほーん。やっぱりワケアリか…」
理由あって本丸を手放した審神者が本部で働くこととなることはままあった。
理由は人それぞれで、審神者としての力はあれど刀剣男士を統率する力が足りずに運営崩壊することは少なくない。
「まぁ…そんなとこです。手入要員は常に不足してますから、人手が増えるのはいいことです」
「あいつら続くといいな」
「いじめないでくださいよ」
「んなことしねーよ」
刀剣男士は基本的に仕事をしっかりこなすのであれば文句は言わない。ここで文句を言うのはむしろ人間の方だろう。
「でもなんだろう。俺に言いたいことがあるなら言えばいいのに」
見ていると言われて気にしたのだろう。
藤代が男の方を見れば、男はすっと顔を逸らして手入の見学を再開していた。
一一一一一一一一一一一一一一
新米たちは見学を続け、藤代はこの研修経過の提出のためか携帯タブレットと向き合っているのを横目に和泉守は暇を持て余していた。
見学時間はおよそ1時間だっただろうか。
新米達は各々刀剣研磨役達に許可をもらい見学をして、時折質問をしている様子が見られた。
(熱心だねぇ)
狐たちの真剣な仕事ぶりに今後の自分達の身の振り方を意識したのかもしれない。特にあの言葉の軽い女が意外と真面目にやってるためにそう思わされた。
しかし、これほど時間がかかるなら主にそう伝えに行けば良かったかもしれない…。和泉守がそう思い始めた頃に、手入部屋のドアの方で俄に賑わう声が聞こえることに気付く。
それは騒がしいものではなく、湧き立つような感嘆の声。
見れば出入りのドアから三日月宗近が入ってくるのが見えた。見慣れたはずの美丈夫に息を呑むリーダ各の女が、和泉守の方へ手を向けている。
「おい、シロ」
「ん?」
「お前の刀が帰ってきたみたいだぜ」
わざと鼻を鳴らしながら言えば、藤代が「げっ」と声を漏らすのが分かった。
タブレットを肩から下げた荷入れに仕舞うと、藤代はベッドから腰を上げて三日月へと向かった。それに和泉守も続く。
「主。戻ったぞ」
「おかえりなさい。外に出ましょう」
にこにこ笑顔の三日月に素っ気ない返事をして藤代は部屋から出るように促す。リーダーにも少し出ることを伝えると、面の下でぽーっと三日月を見ていた彼女はハッとして、新米達のことは見ているからとそれを許可した。
「大丈夫か。あれがリーダーで」
「優秀な方ですよ」
「つかオレの時はあんな反応しなかったくせによぉ」
「端に好みの問題じゃないですか」
部屋を出てこっそり耳打ちすれば素気ない返事をされてしまう。
(イラ立ってんなぁ)
藤代は分かりやすく不機嫌だった。
和泉守達の前には三日月。それだけでなく、他4振りの刀剣男士も待ち受けていたからだ。
乱藤四郎と薬研藤四郎、山姥切国広にへし切長谷部といつもの顔触れである。
「なんですか。皆さん揃って」
刀剣男士というものは華やかな存在だ。
一振りでも目を引くと言うのに、数振り集まればどうしても視線を集めてしまう。それは毎日嫌というほど刀剣男士を見る病棟でも同じだった。
そんな六振りに囲まれている状況が藤代の機嫌を損ねていた。とにかく目立つことが嫌いなのだ。
「そういや全員で揃うのは久々かもな〜」
目立つことが嫌いではない和泉守は賑やかになったこの状況に胸が踊った。新選組の刀は一振りもいないが、気心知れた仲間が集まると嬉しくなる。
「通行の邪魔になるので向こうに行きましょう」
ノリのいい乱や薬研らとハイタッチをしていると、周囲の目を気にした藤代に注意される。
六振りを従えるように先頭に立つ藤代が向かうのは、手入部屋から廊下を少し歩いた先にある待機所。広めの空間に長椅子がいくつも並べられているそこで用件を聞くことにしたらしい。
「それで?揃ってどうしたんですか」
「出陣から戻ったら管狐から伝言があった。青実が寄越したようでな、任務があるから執務室へ来るようにとのことだ」
広間の奥で顔を揃えて立つと三日月が口を開いた。
「それオレも頼まれたやつじゃねぇか」
「そうなのか?」
「おう。こいつ今新米共の面倒見てるみてぇだから、施設案内が終わるの待ってんだよ」
和泉守が顎を向ければ藤代も頷く。
「俺がなかなか来ないから宗近さんにも呼び出しを頼んだんでしょうね。あのじいさん俺の日程把握してるはずなんだけどな…」
研修中なのだからすぐに向かうのは無理だろ、とぶつくさ文句を言っている。
「てか、言いに来るなら宗近さんひとりで良くない?」
「皆とは偶然会ったのだ。主が今日は病棟にいることは俺も知っていたから、初めはひとりで向かっていたんだ。ところが皆とばったり遭遇してな、だから連れてきた」
「最近は出陣ばかりで病棟の世話になることも増えた。全員揃うのは珍しいが、そういう偶然もあるだろうな」
三日月の言葉に同調したのは山姥切だった。
それに藤代も思い当たるものがあるようで、あぁと呟く。
「確か、新たな戦場が見つかったんですよね。俺はこの数ヶ月手入の仕事に入ってなかったので、皆さんから話しを聞くぐらいしか状況は分かりませんが」
「そう!シロくんずっと手入部屋留守にしてるんだもん。モチベ上がらないよ〜!」
「そんなこと言って人の部屋にしょっちゅう来てんじゃないですか、あんたら」
「あんた「ら」?」
「ここにいる全員だよ」
「長谷部もか?」
「長谷部さんもですよ」
藤代の言葉に5振りの視線が長谷部に向かう。
「へぇ〜」と和泉守が意外そうに見れば、「なんだ」と眉間に皺を寄せられた。
「こいつは仕事を持ち帰りがちだからな。時間外労働を取り締まりに行っているだけだ」
「仕方ないでしょ。やること多くて時間が足りないんです。ただでさえ慣れないことなのに、無理矢理押し付けられて…あのクソじじい」
恨み言を言う藤代は口が悪い。
「そう文句言いながらシロは一人で何とかしようとするからな。体調が心配で様子を見に行きたくなるんだよ」
と、手当ての知識を持つ薬研らしく健康面を心配する。
それに山姥切も頷いて、
「そうだ。放っておくと飯も食わないからな。強引にでも連れ出して食わせてやらないと、いつか倒れるんじゃないかと心配になる」
こちらは食事面の心配をしていた。
「過保護だね〜。三日月さんがそばにいるんだから大丈夫だろ」
「いや…俺も出陣要請が多いからな。未だ主が修行の許可をくれぬから力量としては他の者より劣ってくると思うのだが、猫の手も借りたいのだろう。だから傍に控えていられることも少ないのだ」
「そういやあんた初の姿のままだったな。貫禄あり過ぎて忘れてたわ」
本部にいる他の三日月宗近は修行へ向かい刀剣男士としての力量を更に向上させている中、藤代の刀となった三日月はいつまでも初の姿だった。
それでも三日月宗近という刀はその重厚な雰囲気のため、穏やかでありながら強者のそれを醸し出している。
そんな三日月にも藤代は遠慮がない。
「俺はあんたの主になったつもりはないので、修行に行かせるつもりもないですよ。嫌ならじいさんの元に帰ってください」
「はっはっはっ」
「何笑ってんだか…。ああ、そうだ。宗近さん刀見せてください」
「?」
急にそんなことを言われて三日月が首を傾げる。
それに手をひらひらさせて急かすようにする。
「帰還してすぐ来たから手入まだ受けてないでしょう?パッと見ケガしてなさそうですけど、念のため見ておきますよ」
「いや研修中だろう?伝言ついでに皆で顔を見せて驚かせようと思っただけだ。そこまで時間は掛けられまいよ」
「今は見学の時間です。あと15分くらいは時間あるんで、ちゃちゃっと直します」
「…うむ。では、主の気が変わらぬ内に世話されるか」
世話されるのは好きだ、と三日月は自身の本体を手渡した。
それに「いいな~」と乱が言うが、長椅子に腰かけ集中する藤代の耳にはもう入っていなそうだった。
「意外と過保護であろう?」
そう言いながら三日月は嬉しそうにしている。
それに薬研がはっと鼻で笑うと、
「あんた、どっかケガしてるだろう。それを勘付かれたんじゃないか?…ほら見ろ、あの集中力。ちゃちゃっととか言って、ガチの手入じゃねぇか。シロの目は誤魔化せねぇよ」
「少し肩を打っただけなんだがなぁ…」
薬研に指摘され打撲傷があることを白状するが、和泉守の目から見ても負傷しているとは分からないほど三日月は平静を装っていた。
「ところで、和泉守」
「あ?」
突然話しを振られてぶっきらぼうに応えてしまう。
だが三日月は気にする素振りもない。
「研修中の者らに関して、主から聞いていることはないか」
「あいつらぁ?…あー、3人共元々は本丸持ちの審神者だって話は聞いたな。本丸でやってくのが難しくなってやめたんだろうな。特にまだこーんなちっさい嬢ちゃんなんか1人で本丸の主とか無茶だろ」
体が小さくまだあどけない少女は多く見積もっても初等部の高学年あたりに見えた。そのくらいの子供であれば本丸運営は親同伴となるがその姿はない。
元々家庭環境に難ありな娘だったのだろうか。
「その娘なら幼く見えるが義務教育期間は過ぎている。契約上では本丸を持ってなんら問題はないよ」
「マジかよ」
十歳そこそこかと思ったら二十歳近いらしい事実に和泉守は度肝を抜かれる。黄色の頭の女も気付いてなさそうだったが、もしかしたらあの2人は同年代かもしれず、不思議な気持ちになった。
そんな和泉守の気持ちを置いてけぼりに、三日月は言葉を続ける。
「主はその3名もどうにか本丸に残らないか説得を続けていたが、その意思は変えられなかったらしい。刀剣研磨役とすることで落とし所は見つけたようだが、他の10名のように記録役を付けて再出発、とはいかなかったらしいな」
少し声を落としながら三日月が和泉守達にそう語れば長谷部の眉が動いた。
「…待て。10名と言ったな。研修の奴らを含めたら13人の審神者の面倒をシロが見ていたことになるが…まさか」
「ちょっと待って。鳥肌ぁ。ボクも分かっちゃったかも」
長谷部の指摘に乱が自分の両腕をさする。
「13人もの審神者が、同時期に本丸での活動を辞めようとするなんて他に例がない。つまり、そういうことか」
「つかこのタイミングで新たに任地へ向かわせるとか大将抜かりないな…。あの時の審神者への説明やら今後の身の振り方やらをシロに全部やらせて、すべて終わりそうな今、別の仕事を差配するとか…。そりゃシロも苛立つわけだ」
山姥切も薬研も三日月の言いたいことを把握したようで、薬研に関しては自分の主の抜け目なさに呆れ果てている。
そんな5振りの様子を見て、和泉守も声を落としながら口を開く。
「なるほど…。つまり、あいつらは大侵寇ん時に行方不明になっていた審神者本人なんだな」
和泉守達が後始末に向かった本丸。その元主達が今は手入部屋で研修を受けている。そういうことらしい。
「大侵寇の後始末はまだ続いてたってわけか」
本部では大侵寇の傷跡は薄まりつつある。
だがここには当事者がいて、その始末に一人追われていた藤代には頭の下がる思いだった。
一一一一一一一一一一一一一一一
後始末の顛末については、本部に帰還して数日経った頃に和泉守も青実から聞かされていた。
他の者は帰還後すぐに召集されたらしいが、和泉守だけ日付をずらされた。その理由は自身の向こう見ずで短気な…良く言えば実直な性格を作戦として組み込まれた為で、業腹だが納得はしている。
さて、青実の語る顛末はこうだ。
和泉守達が向かったのは審神者が行方不明となった本丸、その数十三。何ヶ月もかけてそのすべての刀剣男士の手入を終えて本部へと帰還している際に、審神者達が見つかり保護されたことを管狐から伝えられた。
何ヶ月も見つからなかった審神者が各所同日に現れるなど怪しんでくれと言っているようなもので…
事実、各本丸の刀剣男士達が「審神者を本丸から追い出すために審神者を隠した」と青実から聞かされて和泉守はひどく驚いた。審神者を追い出したいほど嫌っているようには全く見えなかったからだ。
和泉守の思いの通り、刀剣男士は審神者を嫌っていなかった。むしろ大事に思うからこそ、そうした。戦を知らない平和な日常を生きていた者に突然歴史を守れと戦場に送り込むような政府のやり方に辟易した者達の謀反。
真相の上澄みでは「行方不明だった審神者が見つかり一件落着」
真相の只中では「審神者を想って本丸解体を狙った刀剣男士達が審神者を隠した」
けれどその真の目的は本丸の解体後にあると、ほんの一握りの人間が気付いていた。だからそうならないように裏で手を回して、表沙汰にならない内に事を納めた。
『最悪の未来にあの子は気付いたんだよ』
青実が最悪の未来と呼んでいた刀剣男士達の真の目的は「政府への嘆願としての、大量自刃」
表立って口には出せないが審神者を隠した刀剣男士の殆どは本来引き継ぎを待つ刀剣男士だった。
かつて別の主の
だが、次の主に手渡される時、刀剣男士達は引き継ぎとしてではなく新刀剣男士として手渡された。何も知らない新人の審神者に騙すような形で譲渡される。真実を口に出来ぬまま、それでも健気に本丸を守り立てようとする新たな主に尽くそうと心に決めた刀剣男士達。その先の未来で大侵寇の恐怖に心を壊された審神者を"視た"一振りの三日月宗近が立ち上がるまで、皆確かに新たな本丸でやり直すことを決意したはずだった。
けれど審神者を支えるだけでは足りなかった。
もっと根本から変えてやらないといけなかった。
三日月宗近がどのような手段で他の本丸を扇動したのか、それは人間達には分からない。
けれど深く深く人間を想い、愛した一振りの太刀は、これから審神者となる後継の者達のために、時の政府の眼前で自らを折るという"陳情"を画策した。
およそ1000振り近い刀剣男士の大量自刃。
そのくらいやらなければ時の政府には届かない。
結局のところ、それは未遂に終わる。
計画に気付いた藤代が青実に報告したためだ。
鶴の一声という言葉のまさに鶴とは青実のような男のことで、発言力のある高位の審神者が上層部へ物申した。
それだけだ。
それだけで刀剣男士達の揺るぎない決意を打ち砕いた。
時の政府がどのような手段で刀剣男士達を止めたのか、それは付喪神にも分からない。
ただ後日、各本丸の審神者宛てに記録役制度の申請書類が送付され、また政府より遣わされた青年の説得により本丸は再出発することとなる。
一一一一一一一一一一一一一一一
「お前もホント苦労人だよなー」
任務出発の朝、病棟のホールで集合を待つ和泉守は藤代と話しながら思い出したようにそんなことを言う。
「なんつーか、行方不明だった奴らのアフターケア…?とかで、あちこち飛び回ってたんだろ」
護衛任務ではないため和泉守達ではなく、管狐と他の刀剣男士が付けられたらしい、という話しを三日月から聞いていた。自分は他の審神者の元で出陣していたため付いていけなかったことを悔しそうにもしていた。
「全部の本丸の解体は防げなかったけど、まぁ10人残せれば上も満足でしょう」
春の長雨をロビーのガラス越しに眺めながら藤代は呟くように言う。今は刀剣研磨役の黒い服ではない外着で、狐の面も付けていないが、その顔は疲れが抜けていないのか血が通っていないように白く見えた。
「結局のところ、審神者に本丸を回すだけの実力がなかったからアレは起こったようなものです。だから手助けしてくれる人間の存在が必要だったんですよ」
「人間の」
「刀剣男士は人間ではないですからね」
審神者とは物の心を読み取る者だ。
人間のように振る舞っても付喪神は付喪神。
人間とはどこか違う刀剣男士の心の機微を無意識に感じ取り、審神者は孤独となる。
「成功例が割りかし身近にいたので俺も気付けたことですけどね。記録役としての経験がなければ防げなかったことです。つまり俺を記録役に指名してくれた赤羽様はやはり神!ということですね」
「いやそうはならねーだろ」
「なりますよ。赤羽様ですよ?」
「知らねーって」
赤羽の名は和泉守も知っている。
元兵士の審神者で、当時と名は変えたようだがその特徴的な赤髪は敵方にとって恐怖の象徴だった。
「記録役と言やあ…あの男、記録役になったんだってな」
話題を変えようと思ったわけではないが、ふと思い出して聞いてみれば藤代は頷く。
「はい。自身の適性を考え続けていたそうで、記録役が向いているという考えに至ったようです」
「お前のこと気にして見てたのも、それを考えていたからかねぇ」
「それ本人に聞いてみたんですけど」
「聞いたのかよ」
「なんかちょっと勘違いしてたみたいなんです。俺が今も記録役やってると思ってたみたいなんですよね。で、刀研役やりながら記録役もやって、その上今回のような研修もやったりー…あっ、あと和泉守さんが「任務だ」って伝えに来たでしょ?それで「まだ別に仕事あんの?!」って本部での仕事が多忙そうに見えて不安になっていたみたいです」
基本的には仕事は一本で、複数掛け持ちは滅多にあるものではないことを伝えたら少しは安心していたらしい。
「でも確かにあの人は補佐に向いてるタイプですし、記録役もまだまだ少ないですから立候補してくれるのは助かります」
記録役が増えれば本丸の審神者の負担は軽減する。
審神者との相性もあるから全てが上手くいくわけでもないだろうが、そこはトライアンドエラーだろう。
「あ、そうだ。思い出した。あの任務の前に皆さん花束くれたじゃないですか」
何か思い出したらしい藤代に何の話しだと思いながら、和泉守は記憶を辿る。長期任務前の、花束…
「…ああ!雑草の」
「言い方悪いな」
「長期任務の景気付けにってみんなでその辺探し行ったんだったな。オレら金持ってねぇから花とか買えねーしよ。アレがどうした?」
「和泉守さん、オレンジ色のヒナゲシに似た花摘んできたでしょ?」
「よく覚えてんな」
「あれ毒ありますよ」
「はぁ!?毒!?」
思いがけないことに大声が出てしまう。
「茎の汁で手がかぶれるらしいです。だから贈り物としては避けたほうがいいですよーって言おうとしてすっかり忘れてました」
「マジかよ。あんな元気の出る色してんのに毒草かよ。裏切られた気分だぜ…」
「また誰かに花をあげる時に気を付けたらいいですよ」
「他の奴に花あげる予定ねぇしなー…てか手ぇ大丈夫だったのか?」
ショックを受けながらも心配する。今更だがと思いながら。
「薬研さんが気付いて触れないようにしてくれてましたよ。触るなとも言われました」
「薬研〜…気付いてたんなら言ってくれりゃあいいのによ」
「和泉守さんがあまりに張り切って持ってくるから言うに言えなくなったみたいです。毒性があると言っても死ぬわけじゃないし」
「刀研役は手が命だろうが」
「初めて聞きました」
「後で薬研にはオレにちゃんと注意しろって言っとくか。他の連中もオレが年数的には若手だからって甘やかし過ぎなんだよな」
「え?…え?自分で言うんだ」
明らかに戸惑う様子を見て、なんだよとへの口になる。
言ってくれなきゃ直せねーだろ、と。
「お前もなんか気付いたらちゃんと言えよ?あん時も、お前一人で全部背負い込もうとしたんだろ?」
「あれは、言わなかったんじゃなくて言えなかったんですよ」
周りを気にしてか、内緒話のようにこそこそと言う。
「あの時、管狐が何匹か来てたでしょ?皆さんに話してうっかり漏れたらヤバい内容もあったし、こっそりじいさんに丸投げしとけばいいだろって思ったんです。そもそも俺の仕事じゃないし関わりたくない」
「一貫してそれだよな」
「手入の物量がエグすぎてそれどころじゃないの、皆さんには理解してほしかったですね」
「あー…まぁ、お前のおかげで何百って付喪神の命が助かったんだ。その内なんか良いことあるだろ」
「テキトーですね」
事実、最悪の未来を防ぐ手立てを作ったのは藤代だ。
覚悟を決めた刀剣男士達の企てを頓挫させたことは、彼等にとって何も変えられなかった未来となり、彼等にとっては最悪の未来となったのかもしれない。
それでも命を捨てることを見て見ぬふりが出来なかった。
未遂とは言えこのことは青実の口から、一部分を除いて、上層部には伝わっている。また同じ過ちをすれば同じことを考える刀剣男士は出てくるだろうと釘を刺してあるためしばらく下手なことはしないだろう…と言うのが青実の見解だ。
「でも良いことかぁ…。一日中何もしなくていい休日が来ないかなー…3日くらい」
「お前の願望ささやかすぎねぇ?」
ささやかで慎ましすぎる藤代の願望に和泉守は破顔して、その薄紫の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
当然「やめろ」と嫌がられ抵抗されるがやめる気はない和泉守の耳に笑い声が聞こえてくる。
見れば見覚えのある女二人組がこちらに手を振りながらロビーを通り過ぎていくところで、それに手を振り返してやりながら見送った。
新米2人と記録役となった男は自分の刀剣男士達と袂を分かち新たな道を進んでいる。本丸で再出発することを決めた審神者達も含めて13名。
願わくばこの審神者達が争いの日々を乗り越えられるよう、そう思うばかりだ。
「それにしても他の奴ら遅すぎねーか?」
ロビーを見渡すが見知った仲間達の姿はまだ見えない。
チラッと隣を見れば和泉守の手から解放された藤代が長い髪を結び直しているのが見えた。
一一主を独占してるって知ったら、あいつらどんな顔するかな。
視線に気付いて藤代がこちらを見る前に、和泉守は外に目をやる。桜雨は穏やかに降り続いている。
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